第四十三話 「線を見る者」
焚き火の残り火がくすぶり、夜風が灰を運んでいく。
弟弟子が深く眠りについたころ、私はそっと息を吐いた。
(……あの子、本当に“昨日の自分”を置いていく速度が速い)
剣気に触れ、精霊素の線に触れ、
身体の線も、霊素の線も、魔素マナスの線も、
全部が“守りたい”という一点に吸い寄せられるように結びついていく。
――普通の成長じゃない。
そんな曖昧な言葉では足りない。
◇
朝。
川の水面からの光が、淡い赤茶の髪を照らしていた。
「……いてて……」
と小声で呟きながら、アイザックが傷の様子を確かめつつ身体を洗っている。
十三歳の少年の背中にしては、あまりにも濃い線がある。
痛みを抱えながらも、どこか静かに火が燃えているような背中。
(冒険者になって半年で、“核”がここまで形になるなんて……)
私が初めて剣気に触れたときよりも、
ずっと自然で、ずっと綺麗だった。
後ろから草を踏む音がした。
「師匠。弟弟子、今日も気持ち悪い成長してますね」
カールアだった。
腕を組み、呆れた顔で川を眺めている。
「昨日あれだけ反動を食らったのに、今日普通に立ってるって……
剣気に初めて触れた日の私は、丸一日寝込んでたんですけど?」
「私もそうだったよ」
「弟弟子、なんでそうならないんですかね?
限界を越える、じゃなくて……」
カールアは少し考えたあと、ぽつりと呟いた。
「限界という概念を知らないだけなんじゃ?」
思わず吹き出しそうになった。
「でも、それはあるかもしれないね」
「でしょ!? あいつ絶対おかしいですよ!!」
川べりのアイザックが、
淡い赤茶の髪をタオルで拭きながら、ぼんやり空を眺めている。
その姿を見て、カールアは小さく息を呑んだ。
「……師匠。あいつの背中、たまに思い出すんですよ」
「何を?」
「昔訓練で倒せなかった“あの人”の背中です。
本気で挑んでも、一度も地面に膝をつかせられなかった……」
その名は口にしない。
けれど、私はその背中を知っている。
見るだけで分かる、異質な“線”を持つ男の背中。
剣の線も、魔素の線も、霊素の線も、全部が異常なほど綺麗に整っていた。
(……似ている。
線のまとまり方が、怖いくらいに)
「弟弟子、あの人の息子なんじゃないですか?」
カールアが冗談めかして言う。
私はただ微笑んだ。
肯定も否定もしない。
(血というより……“意志の線”の方がよく似てる)
アイザックが川から戻ってくる。
包帯の位置を気にしながらも、どこか軽やかに歩いている。
「おはようございます、シルファさん! カールアさんも」
「おはよ。動けそう?」
「まだ痛いですけど……問題ないです!」
本当に痛いのか疑うような元気な顔。
カールアが呆れたように頭を抱える。
「問題しかないんだよなぁ……」
「今日は軽くね?」
私は念を押す。
「はいっ!」
素直で、まっすぐで、
気を抜くとすぐ何かを吸収してしまう子。
(この二週間ほど……ずっと見てきたけれど)
剣気に触れる前から、
霊素の円を描いたあの日から、
魔素を掴んだあの日から、
きっとこの子はずっと“線”を積み続けてきた。
努力で積む線と、
才能で伸びる線と、
守りたいという願いで太くなる線。
その全部が重なって、今を形作っている。
「アイザック」
「はい?」
「君はね、異常だよ」
「えっ」
目を丸くする少年に、私は笑って続ける。
「悪い意味じゃない。
守りたいと思うだけで全部の線が繋がるなんて、
本来なら誰にもできないことだから」
アイザックは頬をかきながら、少し照れくさそうに笑う。
(……本当に、この核は綺麗だ)
「じゃあ、今日は身体をほぐす練習から入ろう」
「はい!」
光を受けた淡い赤茶の髪が揺れる。
その後ろ姿は、どこまでも真っ直ぐだった。
遠い村の家で、
幼い双子を抱くあの人の背中とは違う形。
けれど、確かに同じ“線”が繋がっている。
(見届けるよ、アイザック。
君がどんな“創命”を描いていくのか)
朝の森に、鳥の声が優しく広がっていった。




