第四十一話 「オーラと精霊素」
目が覚めた瞬間、後悔した。
少しでも動こうとしただけで、全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げる。
「……いっ……たぁ……」
指を曲げただけでも、腕の奥がじんじんと軋んだ。
(これ……昨日の、剣気の……)
胸に意識を向ける。
そこには、何本もの“糸”が絡み合っていた。
剣。魔術。霊術。そして――昨日触れた第三の力《剣気》。
それぞれが胸の“核”のまわりで、ぎこちなく束ねられている。
動かすたびに体は痛むのに、その核だけはむしろ昨日より落ち着いていた。
(折れてない……。ちゃんと残ってる)
寝袋の口がばさっと開いた。
乱れた髪を押さえつつ、カールアさんが覗き込んでくる。
「うわ。……その顔、もう人の形してないんだけど」
「……筋肉が全部、反乱起こしてます……」
「だろうね。昨日のあれはやりすぎ。よく生きてるよ、弟弟子」
言い方は辛辣だが、声の色はちゃんと心配だった。
焚き火の前で鍋を混ぜていたシルファさんが振り返る。
「おはよう、アイザックくん。起きられたようだね」
「……一応、起きてます」
「無理に動かなくていいよ。今日の君は“全身ぐったり”だから」
くすっと笑いながら続ける。
「剣気は、心だけじゃなく身体の線にも負担がかかるんだ。
初日はね、だいたいみんなそんな顔になるよ」
「……みんな、ですか」
「昔の話だけどね。私も動けなかったよ」
そう言って、湯飲みを二つ持ってきてくれた。
「今日はね、走り回る訓練はやめ。
座ったままでできる“授業”にしようと思って」
「授業……ですか」
「うん。昨日の剣気に関わる、“身体の線”と“精霊の線”の話だよ」
胸の糸が、ぴくりと震えた。
昼前、小休憩を挟みながら、僕たちは広場へ出た。
といっても今日は立てず、僕は丸太に寄りかかったままほぼ座りっぱなしだ。
「見てるだけで痛いんだけど、その歩き方」
カールアさんが、石の上に腰掛けたまま呆れ顔で言う。
シルファさんは僕の正面に座り、静かに息を整えた。
「じゃあまず――昨日の続き、“身体の線”から」
右手を軽く持ち上げる。
その手のまわりに、薄い灰青色の揺らぎがにじんだ。
「……魔素……とは違う」
「そう。これは“オーラ”。
世界の外から集める魔素とは違い、身体の内側からにじみ出る揺らぎ」
シルファさんは小枝をつまみ、力を入れる。
ぱきん、と音を立てて折れた。
「身体能力を底上げする。筋力、速度、反応、耐久力。
身体の“線”に沿って流れる力だよ」
「……全部、強くなるんですね」
「うん。武器に纏わせれば“オーラブレイド”にもなる」
そう言って、肩をすくめる。
「でも今日は触らせないよ。
昨日の剣気の反動の上にオーラなんて流したら、本当に歩けなくなる」
そこで横から声が飛んだ。
「だから言ったじゃないですか。
師匠、弟弟子は何でも吸うスポンジじゃないんですよ」
カールアさんだった。
「剣、魔術、霊術、剣気。で今日はオーラに精霊素?
普通の冒険者が一年かけて学ぶ内容ですよ、それ」
ツッコミが正確すぎて反論できない。
シルファさんは小さく笑った。
「分かってるつもりだよ。
でも――君の線は“詰め込んでも壊れない形”になりつつある」
その目は、まっすぐ僕の胸へ向けられていた。
◇
「さて、じゃあ次は……精霊素」
その名を聞いた瞬間、胸がどきりと脈打つ。
金の揺らぎをまとったルファス。
銀の静寂を纏ったデゼル。
白い欠片のようだったレーヴェ。
彼らの気配が胸の奥にフラッシュバックする。
「精霊素は、霊素を扱える者ほど親和性が高い。
霊術の“気配円”を扱える子は、精霊素への感覚にも入りやすい」
「……精霊とつながる線、のようなもの……ですか」
「うん。いい表現だよ」
シルファさんの指先から、小さな光の粒が生まれる。
霊素より細かく、透明感のある粒子が揺れ、空気へ溶けていく。
「霊素が“命の気配”なら、精霊素は“命の集合が持つ自我への線”。
精霊魔術はそれを借り受けて形にする」
「……威力が高い、って聞きました」
「うん。規模も桁違い。
だからこそ扱える者が少ないし、精霊に嫌われれば二度と触れられない」
胸がずきんと鳴った。
(……僕は嫌われていないんだろうか)
そんな不安がよぎった瞬間、シルファさんは優しい声で続けた。
「精霊素の話を急いでいるのはね、
君はすでに“二柱”の精霊と接触しているから」
言われるまでもない。
ルファス。
デゼル。
そして――レーヴェ。
胸の核が震える。
「昨日、剣気にも触れた。
身体の線、魔素の線、霊素の線、精霊素の線、剣気。
普通なら混線して壊れるところを――」
胸の前で、一本の指を立てた。
「君の“核”が全部受け止めている」
「僕の、核が……?」
「君の核は“魂の線”そのものに近い。
剣士が何十年もかけて重ねる線を、君は“守りたい”という想い一つで掴んだ」
その言葉は、重くて、でも温かかった。
◇
「ニュートラルってさ、本来は真ん中で迷う型なんだよ」
カールアさんが、焚き火の横で枝を拾い、地面に線を引く。
「剣に振れば伸びる。術に振れば伸びる。
ニュートラルはどっちも握れるぶん、どっちも中途半端になる」
「……はい」
「でもさ」
枝の先で中央をとん、と叩く。
「剣、魔術、霊術、精霊素、剣気。
今さら全部、その真ん中に吸い込んでるニュートラルってどう思う?」
「……どう、と言われても」
「普通じゃない。以上」
あまりにシンプルで返事に困る。
けれど、その表情はどこか誇らしげ。
「昨日の剣気だってさ。
守りたいって線だけであそこまで届くなんて、私十六のときでも無理だったよ」
さり気なく悔しそうに言う。
「……すみません?」
「謝るなっての。そういうとこがムカつくんだよ」
言いながら口元は笑っていた。
シルファさんも穏やかに続ける。
「カールアが剣気に触れたのは、その数年後だからね」
「師匠、それ言う必要あります?」
「あるよ」
「……もう……」
ふたりのやり取りに、少し肩の力が抜けた。
◇
夕暮れ。
焚き火の火が落ち着き、包帯を巻き直す。
胸の核に意識を向けると、さまざまな線がゆっくり整理されていく。
剣の線。
魔術の線。
霊術の線。
精霊とつながる線。
そして――昨日触れたばかりの《剣気》。
全部が完璧につながっているわけじゃない。
絡まり、ねじれ、まだ不器用でいびつだ。
それでも、全部がひとつの場所から伸びていた。
(守りたい、が全部の線の起点になってる……)
胸が少しだけ軽くなった。
そのとき、すぐ隣から声がした。
「……にやにやしてない?」
「え、してました?」
「してた。筋肉痛の顔のまま変な笑顔してたよ」
「……恥ずかしいです」
「まぁ、それでいいんじゃない?
強くなるやつって大体ちょっと変だし」
焚き火に枝をくべながら笑う。
シルファさんが、湯の残りをコップに注ぎながら言う。
「オーラも精霊素も、いずれ君の線になる。
でも焦らなくていい。身体が治ってからでいいんだ」
「……はい」
「ただね――」
わざと間を置き、少し悪戯っぽく続けた。
「君の吸収の速さを見てると……
そろそろ“エンフォルス”の話もしてみたくなる」
「エンフォルス……?」
その瞬間、横のカールアさんの顔が固まった。
「ちょ、待ってください師匠!?
エンフォルスまで教える気なんですか?」
「いずれ、ね」
「“いずれ”の師匠って、だいたいすぐじゃないですか!
弟弟子、そのうち”歩く天災”になりますよ!」
「そのときは、カールアが止めてあげればいい」
「簡単に言わないでください!!」
二人のやり取りを聞きながら、僕は思わず笑った。
(世界の線に絡まる、か……)
悪くない、と少し思う。
剣の線。
術の線。
霊の線。
精霊の線。
そして――いつか触れる“エンフォルス”の線。
全部を、ただの力じゃなく。
誰かを守るために束ねられるなら。
(これが、“創命”の最初の形なのかもしれない)
夜風が焚き火の煙をさらっていった。
僕はそっと、拳を握りしめた。
また明日、少しでも動けますように。




