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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
師弟修行編

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第四十話 「ニュートラルと、目覚める第三の力《剣気》」

森での野営生活が始まって――十二日が過ぎた。


硬い地面で眠ることにも、夜の冷気にも、もうだいぶ慣れた。

“心の線を霊術で整える訓練”を始めてからも、すでに五日が経つ。


けれど、胸の奥だけは、まだ慣れない。


胸の中心――“核”のまわりに張りついている、細い“糸”。

霊素で包み込むように意識を向けるたび、その震えは少しずつ静かになり、代わりに芯が太くなってきているのが分かる。


(折れない。……ちゃんと、強くなってる)


寝袋から上体を起こすと、焚き火の残りがじゅっと音を立てた。


「おはよう、アイザックくん」


焚き火のそばで、シルファさんが振り返る。

薄い朝靄の中でも、その“線”のぶれなさは、まるで一本の刃みたいだった。


「……生きてる?」


反対側で、寝袋から上半身だけ這い出してきたカールアさんが、髪をぐしゃぐしゃにかきながら半目でこっちをにらむ。


「なんとか、です」

「なら今日も、しごけるね」

「その基準やめませんか?」


思わずツッコむと、シルファさんがくすっと笑った。


「大丈夫。ちゃんと“生きたまま”帰れるようにしごくから」


安心なんだか不安なんだか分からない励ましを背中に受けながら、僕たちはいつもの“揺らぎが澄む広場”へ向かった。



エルドの森の奥――魔素と霊素の流れが素直に通り抜ける小さな広場。


死律の波も、まだ薄く残っている。

それでもここは、今の僕にとって“いちばん呼吸がしやすい場所”になりつつあった。


「今日は、“剣”に寄せていくよ」


広場の中央で、シルファさんがそう宣言する。

淡い青灰色の瞳が、まっすぐ僕を射抜いた。


「魔術と霊術の線が、だいぶ整ってきた。

 そろそろ、それを“剣に通す”段階に入っていいと思う」


カールアさんが横で木剣を肩に担ぎ、ニヤッと笑う。


「というわけで――午前は、ひたすら模擬戦。

 ニュートラルの真価、見せてもらおうか、弟弟子」


(……ニュートラル)


ギルドで冒険者登録をしたあの日。

ミーナさんが「最初はちょっと不遇職なんだよね」と苦笑していたのを思い出す。


複数の方向性を持てるけれど、どれも伸びにくい“器用貧乏”。

それが“ニュートラル”だと、あのとき説明されていた。


(不遇、か……今の僕は、どうなんだろう。

 でも器用貧乏ってところ僕に合ってるのかな)


胸の糸を霊素で包み直す。

呼吸を整え、木剣を握り込む。


「じゃ、いくよ」


カールアさんの気配が、すっと細くなる。


「お願いします!」




最初の一撃は、いつも通り重かった。


木剣と木剣がぶつかり合った瞬間、腕にずしんと鈍い衝撃が走る。

足裏から地面へ逃がしきれなかった分が、じんじんと骨を鳴らした。


「ふっ!」


肩口へ滑り込んでくる二撃目を、半歩下がって受け流す。

胸の糸がびくりと震えたが、すぐに霊素で包んで落ち着かせる。


(怖い。でも――“怖いまま動く”)


修行が始まってから叩き込まれた、“折れない心の霊術”。

恐怖や焦りを消そうとするんじゃない。

細い糸として形にして、霊素で優しく包み、揺れを受け止める。


「フレイム・ライン!」


足元の魔素の線を一瞬だけ掴み、火の魔素を流し込む。

細い火が地面を走り、カールアさんの足元へ噛みついた。


「っと」


彼女は軽く跳ねて躱す。

その着地の“前”を狙って、僕は踏み込んだ。


「はぁっ!」


木剣と木剣が擦れあい、火花の代わりに火の粉が散るイメージだけが浮かぶ。


(……見えてきた)


腰の切り返し、肩の入り方、目の揺れ。

昨日より、カールアさんの“線”がよく見える。


とはいえ――


「よし、そろそろ本気出していい?」


「えっ、今まで――」


言い終わる前に、世界が跳ねた。




そこから先は、ひたすら受け続ける時間になった。


右。左。上段。足元。

動きの“始まり”を追いかけても、すぐに次の一手が重なる。


「視線、落ちてきてるよ、弟弟子」


一瞬の指摘のあと、喉元すれすれで木剣の切っ先が止まる。


「……っ」


息が詰まりそうになる。

それでも胸の糸は、ぎりぎりのところで折れなかった。


「はい、そこまで」


二十合以上打ち合ったところで、シルファさんの声が落ちる。


木剣を下げると、腕と肩から力が抜け、膝が笑いそうになった。


「……はぁ……っ」


呼吸を整えていると、カールアさんが少し距離を取り、木剣の先で土に線を引いた。


「ねぇ、弟弟子」


木の先で描かれた線は、真ん中から左右にわずかに分かれていた。


「ニュートラルってさ、本来は――“真ん中で迷子になる型”なんだよ」


彼女は土の真ん中をぐりぐりと突きながら続ける。


「剣術に振り切った方が伸びるし、術特化の方が分かりやすいのに、

 ニュートラルはどっちも握れる分、どっちも中途半端になりやすい。

 今さらだけど、最初に聞いたとき、正直“あー不遇だな”って思ったもん」


「……ですよね」


ミーナさんの「最初はちょっと不遇なんだよね」という声が頭に残っている。

あのときの自分の不安も、思い出と一緒に胸の奥で揺れた。


カールアさんは、そこでふっと表情を変えた。


「なのに――今さらだけどさ」


土に引いた線の真ん中を、とん、と指で叩く。


「ニュートラルでこれって、普通じゃないんだよ。

 本来なら剣も術も“どっちつかず”になるのにさ。

 あんた、真ん中で全部吸い込んでる。剣も、魔術も、霊術も。

 中途半端が一つもない」


「……そんなことは」


「ある。剣を握ってる私が言うんだから、信用しな」


軽口みたいな調子だけれど、その瞳は真剣だった。


シルファさんも、小さく頷く。


「ニュートラルは、“何でもできる”と同時に、“何にもなりきれない”素質でもある。

 だからこそ――“一本の線”を通せる子は、ほとんどいない」


彼女の視線が、僕の胸元――核のあるあたりに落ちる。


「アイザックくんは、その真ん中から“守りたい”って一本の線に全部繋げてる。

 剣も、魔素も、霊素も。……それは、私から見ても少し“おかしい”くらいだよ」


「おかしい……?」

「もちろん、“良い意味で”ね」


胸の糸が、じんわりと熱を帯びた。


(不遇のはずのニュートラルで、“全部”を守る線を通してる……?)


信じきれない自分と、どこか嬉しい自分とが、胸の中でぶつかり合う。



簡単な携行食で昼を済ませたあと、シルファさんが腰の剣に手を添えた。


「じゃあ――午後は、私とやろうか」

「えっ」

「カールアとの模擬戦で、“土台”はよく見えた。

 あとは、少しだけ“剣気”の匂いを嗅がせてみたい」


(剣気?初めて聞くけどなんだろう…)


「ん、待ってください!僕は木剣なのにシルファさんは真剣なんですか!」

「安心して、君なら大丈夫だから」


カールアさんが眉をひそめる。


「師匠、本気出しすぎないでよ? 弟弟子、まだ壊れやすいからね」

「大丈夫。四割も使わない。……そうだね、三割と少し」

「絶対嘘だ……」


ひそひそ声でぼやくカールアさんを横目に、胸の糸がぴんと張った。

それでも、足がすくむ感覚は、不思議と薄い。


(怖い。でも――逃げたくはない)


“折れない心”を、ここで試したかった。


「お願いします」


木剣を握り直すと、シルファさんが静かに剣を抜いた。

鞘走りの音が、妙に遠く聞こえる。


剣を構えた瞬間――気配円が、ざわりと逆立った。


(……空気が、違う)


さっきまで同じ森にいたはずなのに、

揺らぎそのものが、ひとつ上の層にずれたような感覚。


「来なさい、アイザックくん」


その声と同時に、地面が“鳴った”。




最初の一太刀で、腕が痺れた。


木剣ごしに受けたはずなのに、

一瞬だけ骨が軋むような感覚が走る。


「ぐっ……!」


受け止めきれなかった衝撃が身体の芯まで届き、足元が滑った。

視界の端で、頬をかすめた風が遅れてヒリつく。


そのまま二撃目。

反応しきれなかった僕の肩に、浅く刃が食い込んだ。


「っ――!」


熱と冷たさが同時に走り、じわりと血が滲む。

僕は歯を食いしばった。


「これくらいの線は、現場じゃ当たり前」


シルファさんの声は、相変わらず穏やかだ。


「問題は、ここから先――“心の折れ方”だよ」


胸の糸が、嫌なふうに震えた。


(また……守れない?)


レーヴェが消えた夜。

死律の精霊デゼルの牙の前で、足がすくんだあの瞬間。


あのときの“間に合わなさ”が、喉の奥にせり上がってくる。


「意地悪なことを言ってもいい?」


シルファさんの声が、すぐ目の前から落ちてきた。


「ここで君が倒れて、二度と立てなくなったら――

 ナティアの人たちはどうなるんだろうね。

 風灯り亭のラナたちは? ミーナやミリエルは?

 遠くのトーヴェルで、弟と妹を抱いているご両親は?」


胸の糸が、きしんだ音を立てた気がした。


「“守りたい”って言った命は、誰に託されるんだろう。

 君がここで折れたら――」


「それ以上言うな……」


自分の口から出た声が、いつもの僕のものじゃなかった。


喉が焼けるみたいに熱い。

胸の糸が、切れそうなくらい震えている。


「俺は――」


言葉が喉に詰まる。

それでも、吐き出さずにはいられなかった。


「俺は必ず守るんだ!!」


その瞬間――胸の核が、爆ぜた。




魔素でも霊素でもない、“第三の揺らぎ”。

それが一気に膨れ上がり、剣へと駆け抜ける。


胸から腕へ。

握った柄へ。

そして鞘の外にある刃の線へ。


白を基調に、淡い金と赤が混ざった光が、剣のまわりにぼうっと灯る。

風が一瞬だけ止まり、空気がぴんと張り詰めた。


「……出たね」


シルファさんが目を細める。


「それが――君の第三の力。《剣気》」


剣気。

魔素や霊素と似て非なるもの。

“剣を極めようとする者だけが扱う刃の揺らぎ”。

そして――誰かを守りたい、その気持ちに微笑む力。


(これが、僕の――)


世界が、静かになった。


風も、森も、遠ざかる。

目の前にあるのは、ただ一本の“線”。


――守りたい人たち。

――守りたい街。

――守りたい命。


それらすべてが、胸の核から剣先まで一直線につながっていた。


「はぁッ!!」


踏み込む。

剣気が空気を裂き、シルファさんの刃とぶつかって火花を散らす――ように“感じた”。


実際には木剣と鋼の剣がぶつかっているだけなのに、

ぶつかり合った瞬間、世界の線が一瞬だけ交差した気がした。


「……ふふ」


シルファさんが楽しそうに笑う。


「四割にも満たない力でしか振っていないのに――

 ここまで食い下がってくるなんて、君、本当に“普通じゃない”ね」


広場の端で見ていたカールアさんが、ぼそっと漏らした。


「……なんなの、ほんと。

 私が十六のとき、ここに届くのにどれだけかかったと思ってるのさ」


木剣を握る手に、ほんの少し力がこもる。


「ニュートラルのくせに、今さら剣気まで掴むとかさ……

 弟弟子のくせに、ちょっとずるいんだけど」


言葉とは裏腹に、その瞳には悔しさと同じくらいの“誇らしさ”が混ざっていた。



それからしばらく、僕は剣気をまとったままシルファさんと打ち合った。


もちろん、一太刀ごとに圧倒される。

切っ先を弾かれ、足を払われ、何度も地面に背中を叩きつけられた。


腕には紫色の痣が増え、肩口の傷からは細い線のように血がにじむ。

呼吸も荒く、肺が焼けるように痛い。


それでも――胸の糸は、切れなかった。


むしろ、一本だったはずの糸が、二本、三本と束になっていくような感覚があった。


「……っ、はぁ……っ、はぁ……!」


最後の一撃を受け損ね、僕の木剣が跳ね飛ばされる。

その切っ先が地面に突き立ったところで、シルファさんが剣を引いた。


「――ここまで」


静かな声が、森のざわめきを戻す。


膝から崩れ落ち、土の感触を掌で受け止める。

肩で息をしながら、胸にそっと手を当てた。


(まだ――いる)


第三の揺らぎは、さっきよりずっと穏やかだった。

けれど完全には消えず、剣の線のそばで小さく灯り続けている。


「よく、折れなかったね」


シルファさんが歩み寄ってきて、片膝をつく。


「……さっきは、ごめん。

 さっきの言葉は、きっと君にはきつすぎた。

 君のためを思って刺したつもりだったけれど――少し、やりすぎた」


その顔は、少しだけ申し訳なさそうで、同時にとても嬉しそうだった。


僕は首を横に振る。


「……大丈夫です。

 守りたいって、僕が口にしたから。

 だったら――あのくらい、ちゃんと痛く刺してもらった方がいいです」


胸の糸が、ぽん、と軽く鳴った気がした。


「俺は……必ず守ります。

 ニュートラルでも、不遇だって言われても。

 剣も、術も、霊術も――ぜんぶ、“守るため”に使いたい」


シルファさんは、少しだけ目を丸くし、それからやわらかく笑った。


「……うん。

 そうだね。それが君の“第三の力”を目覚めさせたんだろう」


カールアさんが、少し離れたところで腕を組みながら言う。


「剣気ってさ、本来は“剣だけ”を突き詰めた武器バカ……じゃなかった、剣士が辿り着く領域なんだよ。

 なのにニュートラルで、魔術と霊術を中途半端にせず、

 その上で“守りたい”なんて変な線を通したから――」


そこで言葉を切り、僕を指差す。


「剣気の方から、“じゃあ付き合ってやるよ”って寄ってきたんだよ。

 ほんと、変な弟弟子」


「誉めてるんですよね、それ」


「もちろん」



夕暮れ。

焚き火の炎が、オレンジ色の小さな線を空へ伸ばす。


包帯を巻き直した肩が、じんわりと痛む。

でも、その痛みは嫌なものじゃなかった。


「剣気は霊素、魔素とは別の“エネルギー”だけれど――」


火を見つめながら、シルファさんがぽつりと言う。


「剣気は、その中でも“剣士という生き方”に縛られた揺らぎ。

 守りたいって気持ちに、いちばん強く反応する力だよ」


「守りたい、に……」


「うん。だから、今日の覚醒は、きっと間違ってない」


胸の核が、静かに明滅した。


ニュートラル。

不遇と言われる“真ん中”。


でもその真ん中から――

剣も、魔術も、霊術も、そして今、第三の力《剣気》さえも、“守る一本”で繋げることができるなら。


(これが、僕の“創命”の一歩目だ)


夜風に焚き火の煙が流れていく。


僕は、そっと剣を握り直した。

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