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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
師弟修行編

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第三十九話 「霊術で“線”を整える」

焚き火が細くなった夜のあと、空が白み始めるまでのあいだ、

僕はほとんど眠ったのかどうか分からなかった。


深く眠った気もするし、ずっと胸の“糸”のことを考えていた気もする。


(折れない心……か)


あの細い糸を霊素で包んでから、胸の奥のざわめきは少しだけ静かだ。

それでも、遠くの“濁った穴”を思い出すたび、糸はかすかに震える。


「おはよ、弟弟子」


寝袋から抜け出した僕に、カールアさんが手をひらひら振ってくる。

髪は相変わらず跳ね放題だが、目だけは完全に覚めていた。


「今日も、師匠にしぼられる準備はいい?」

「……たぶん、はい」

「たぶんでいいうちは、まだ余裕あるってことだね」


からっと笑う声を背に、僕たちは簡単な朝食を済ませて広場へ向かった。


シルファさんは、すでに中央に立っていた。

風の揺らぎと、土の匂いと、遠くの小川の音――その全部を背に受けながら、静かにこちらを振り向く。


「じゃあ、今日は昨日の続き。“霊術の二段目”から始めようか」

「二段目……」


胸の糸が、ぴん、と小さく鳴った気がした。




「昨日、焦りの“糸”を見つけて、霊素で包んだよね」


シルファさんは、僕の胸のあたりを軽く指でなぞる。


「今日は、その糸を“戦いの中で握り直す”練習をする」

「戦いの中で……ですか」

「うん。霊術は戦う術じゃない。戦い続けるために、自分を折れにくくする術」


その言葉は、昨日よりも重く響いた。


(戦い続ける……か)


僕はまだ冒険者としての経験が少ない。

それでも、分かってきたことがある。


――恐怖は、一度じゃ終わらない。

――迷いは、何度も襲ってくる。


“折れない心”とは、一瞬だけ強くなることじゃなく、

何度折れそうになっても、そのたびに立ち上がるための“線”を持つことなんだ。


カールアさんが木剣を肩に担ぎ、軽く首を回す。


「じゃ、軽めにいくよ。今日は師匠が見てるから、いつもより丁寧にやる」


「いつものは丁寧じゃないってことですか?」

「当たり前じゃん。弟弟子、すぐ吹っ飛ぶから加減してんの」


……知らなかった。


「アイザックくん。気配円を広げて。胸の糸に霊素を添えたら、意識を切らさないように」


深呼吸をして、意識をゆっくり外へ流す。

土、風、水、小川の音……そして胸の糸。


その糸は細く、切れやすい。

けれど、確かに“僕の中心”と繋がっている。


(大丈夫……震えても、切れなきゃいい)


その瞬間――


「いくよ〜?」


カールアさんが、音もなく飛び込んできた。


(速い……!)


胸の糸がびくりと震える。

昨日までなら、この震えに飲まれて動きが止まっていた。


だが今日は――


震えごと、霊素で包み込む。


“恐怖の揺れ”を隠すのではなく、支える。


(揺れてもいい……折れなければ)


横へ一歩。

木剣が空気を裂き、僕の肩の横を通り抜けた。


「今の、いいね」


シルファさんが小さく頷く。


「糸が揺れても呼吸を戻せた。心の線が折れていない証拠だよ」


「もう一回いくねー!」


カールアさんは完全に楽しんでいる。


そこから十本。

左右からの踏み込み、速度の変化、フェイント、踏みとどまり――

胸の糸は何度も揺れたが、切れなかった。


切れないように、僕が“包んだ”からだ。



「……はぁ、はぁ……」


十本終わったころには、脚がわずかに震えていた。

でも、胸の中心だけは不思議と静かだった。


「どう?やってみて」

「怖いのは、怖いままです。でも……前より、“怖いまま動ける”気がします」

「それで十分」


シルファさんの言葉は、霊素よりも静かに、胸へ沁みた。


「恐怖を消す必要はないよ。霊術は心を壊す術じゃない。

 揺れたまま、それでも動けるように形を整える術だからね」


胸の糸に意識を向ける。

細いまま。でも、確かに昨日より張りがある。


(これが……折れない心の“形”……)




短い休憩を挟んで、魔術の時間になった。


「心の線が整ったいまなら、魔素の切り替えが安定するよ」


シルファさんが地面に線を描く。


「心の線と、魔素の線。これを“ずらさずに繋げる”。

 焦るとね、火に水を混ぜたり、その逆をやりかねないから」


(そんな……本当にあるの?)


「あるよ〜。新人の頃の私、よくやって怒られてた」


カールアさんが胸を張る。


怒られてたんだ。


「じゃあ、やってみよう。火 → 水 → 火。連続で」


まず火。


「ファイア・バレット!」


次の瞬間、水へ。


「アクア・バレット!」


そして、もう一度火。


「フレイム・ライン!」


三つの術が、一本の線のように繋がって流れていった。


「……できた……」


「うん。心の線がぶれなかった証拠だよ」


胸の糸は静かに揺れながら、折れていない。




そして、実戦。


「魔術は三回まで。霊術は糸を包むだけ。いい?」


「……はい」


霊素を糸に添え、木剣を握る。


「――始め」


空気が、緊張を帯びる。


(揺れてもいい。折れなければ)


カールアさんが踏み込む。


足の線、腰の線、肩の線――

気配円に生まれる“線”の情報が、いまは少しだけ鮮明だ。


(ここ……!)


「フレイム・ライン!」


跳んだ瞬間――


(来る!)


「アクア・ベール!」


霊術を使って、恐怖と焦りを包んだまま、前へ出る。


木剣が頬をかすめる音。

それでも足は止まらない。


「っ……!」


木剣の切っ先を、カールアさんの胸元へ突き込む。

もちろん当たらないが――


ほんの一瞬だけ、彼女の表情が驚きに変わった。


「今の、すっごく良かったよ」


シルファさんの声が落ちる。


(……折れなかった)


胸の糸が、確かに強くなっている。




訓練が終わり、空を見上げる。


雲の流れ。風の筋。森のざわめき。


気配円を通して見る世界は、昨日よりも線が増えていた。


「霊術で心を整えて、魔術で世界をなぞる。

 そして、その二つを繋げるのが――君の剣だよ」


シルファさんの言葉は、一本の線のように胸へ入ってくる。


斬る線。守る線。越えられない線。

そして、自分自身が折れないための――心の線。


「今日は、心と魔素の線を“折らずに繋げた”ところまで。

 それで十分。よくがんばったね」


「……ありがとうございます」


遠くの“歪み”は、まだそこにある。

でも今は――


(僕の線は、まだ切れていない)


胸の核が、静かに明滅した。


明日もきっと怖い。

それでも、一歩。


折れない心で、前へ。


僕は木剣を握り直した。

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