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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
師弟修行編

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第三十八話 「折れない心をつくる霊術」

今日やるべきことは、朝からはっきりしていた。

剣でも魔術でもなく――“心の方”だ。

胸の奥の細い糸は、昨夜包んだまま、かすかに震えている。

折れてはいないけれど、まだ細い。

その状態を確かめたところで、焚き火の向こうから声が飛んできた。


「おはよう、アイザックくん。今日は“霊術”に集中するよ」


見上げると、シルファさんはもう風の向きを読んでいて、

カールアさんは寝袋を蹴り飛ばすみたいに起き上がりながら、いつも通りひと言。


「……腹減った」


シルファさんはというと、すでに朝の空気を吸い込み、目を閉じて風の向きを感じていた。


「まず聞くけど、アイザックくん」


シルファさんは両手を腰に当て、ひとつ首をかしげた。


「霊術って、何をするための術だと思う?」

「世界を“なぞる”。それから、“守る”……ですか?」

「半分正解」


彼女は、僕の胸の前を指先で軽くつついた。


「霊術は、“心を扱う術”でもあるんだよ。自分の心、相手の心、揺らぎ……その全部」


心。

昨日までの魔術の話とは質が違う言葉に、核がわずかに震える。


「気配円はもう扱えているよね。

 でも、あれは“世界を見るための術”。今日やるのは――“自分を見るための術”」

「自分を……見る……?」


シルファさんは頷く。


「霊術の基礎は、“心を澄ませること”。

 余計な恐れ、怒り、雑念。それらが濁っているとね……気配円も、剣も、魔術も、全部が鈍る」


カールアさんが木剣を担ぎながら言う。


「要するにさ、心の掃除。戦場で一番折れるのってね、身体じゃなくて心だから」


(心……折れる……)


あの日。

デゼルの牙が迫った瞬間の“恐怖”。

レーヴェが消えた瞬間の“空白”。


あれは、確かに身体じゃなく、心が揺らいだ結果だった。




「じゃあまず――座って」


シルファさんは広場の真ん中に膝をつき、僕に向かい合うように座らせた。


カールアさんは大あくびしながら後ろの丸太に座り、「私は見てるだけー」と手を振った。


「目を閉じて。気配円を、いつもより“ゆっくり”広げてみて」


深呼吸を一つ。

意識を静かに沈めていく。


土の重さ、風の通り、小川の冷たさ。

いつもより“柔らかく”世界が触れてくる。


「そこから――“心の中心”を感じて。胸の中の核じゃなくて、

 その周りに漂ってる感情の膜。怒り、迷い、不安……全部ひっくるめて“濁り”になってるところ」


(……濁り)


胸の奥をそっと探る。

核自体は澄んでいるけれど、その外側――そこには、確かに色々な感情が渦巻いていた。


レーヴェを失った空洞。

ナティアの街を守りたい焦り。

強くならなきゃいけない、と急ぎたくなる心。


目を閉じれば、それらが薄い煙のように胸にまとわりついている。


「それを、押し流すんじゃないよ。受け止めて、形を探す」


自分でさえ触れたくなかったものに、少しだけ手を伸ばすような感覚。


胸の周りで渦を巻いていた感情が、ゆっくり輪郭を持ち始める。


「……見えてきた?」


「……少し、だけ……」

「十分。霊術は、まずそこから。心の揺れに“名前”をつけてあげることで、扱えるようになるの」


名前――?


シルファさんは、自分の胸に手を当てた。


「例えば私なら、恐れは“影”。怒りは“火の粒”。迷いは“霧”。そうやって形をつける」

「形に……する……」

「うん。形にすれば、霊素で“触れる”ようになる」


胸の奥の濁りに意識を重ねる。

黒くもなく、赤くもなく、ただ“ざわざわ”している感じ。


(これは……何だ……?)


カールアさんの声が少しだけ届いた。


「弟弟子はたぶん、焦りが濁りになってるタイプですね」


シルファさんもうなずく。


「たぶんね。でも、それは悪いものじゃない。焦りは“進みたい”って気持ちの裏返しだから」


焦り。

確かにそうかもしれない。


(間に合わせたい……)

(追いつきたい……)

(守りたい……早く……強く……)


胸の核が、少しだけ熱を持つ。


「その“焦り”を形にして」

「形……」

「線でも、石でも、水でもいい。君の中の焦りがどんな形をしているのか、自分で決めてみて」


焦りの揺らぎをゆっくり眺める。

昨日までの疲れでも、痛みでもない。


(……これは……細い糸……みたいだ)


(切れそうなくらい細いのに、引っ張られてる)


「……細い糸、に見えます」

「うん。じゃあ、その糸を守るように――霊素を“重ねて”みて」


胸元にそっと意識を当て、糸を包むように霊素を流す。


まるで冷たい手で温かいものを包むような、不思議な感覚が胸に満ちていく。


(……整って……いく……?)


揺れていた糸の震えが、少しだけ静かになった。


「それが“心を整える霊術”。雑念を消すんじゃなく、受け止めて形にして、包む」

「これが……霊術……」


核が、今までよりも澄んだ音を立てた。




「じゃあ――それを使って、もう一度気配円を広げてみよう」


立ち上がると、世界が“ひとつ大きくなった”ように見えた。


小川の音が、遠くまで届く。

風の通りが、いつもより長く感じる。

木々の揺れが、どこを支点に揺れているのか分かる。


「……すごい……」


シルファさんは柔らかく微笑む。


「心が濁っていると、世界の揺らぎは“短く見える”んだよ。君は今、それを少し広げられた」


カールアさんが立ち上がり、木剣を握って構えた。


「じゃ、実戦。……と言っても殴らないよ。今日は“心が揺らいだときの反応”を見るだけ」


彼女が一歩踏み出した瞬間――胸の糸が震えた。

だが、すぐに霊素の膜が包み、糸の震えをおさめてくれる。


「それ、それだよ」


カールアさんは満足そうにうなずく。


「心が揺れても、すぐ呼吸が戻ってる。昨日とは全然違う」

「斬り方や守り方を教えるのが剣と魔術だとしたら――

 霊術は、“立ち続ける理由”を守る術だよ。」


シルファさんの言葉が静かに落ちる。


(折れない心……)


レーヴェを失った夜の自分。

森で震えた自分。

デゼルの前で足がすくんだ自分。


その全部を、“糸”という形にして包めるなら――。


少しだけ、救われた気がした。



夕暮れが近づき、焚き火の準備を始めたころ。


シルファさんがふと、森の奥へ視線を向けた。


「……気づいてる?」


「……はい。さっき“糸”を整えたあと……急に遠くの濁りが、はっきりしました」


それは、昨日まで感じていた“欠け目”とは違う。

もっと重く、深い。

世界の音がそこだけ吸い込まれるような、暗い穴。


「近くなってるね。歪みの核が」


カールアさんが木剣を握りしめる。


「明らかに昨日より強いよ、あれ」


「うん。まだ距離はあるけれど……このまま成長すれば、

 アイザックくんなら“触れずに見抜ける”ようになる」


触れずに、見抜く。

それはまるで――レーヴェがいた頃の“あの感覚”に近い。


胸の糸が震え、それを霊素が包む。


(……負けない。折れない)


「明日から、霊術はもう一段階上げるよ。怖くても大丈夫。

 心が折れそうになったら――今日作った“糸”を思い出して」


シルファさんの言葉は、焚き火のように温かかった。


夜の森が風に揺れ、その音の奥で、遠い濁りがゆっくりと蠢いた。


(明日も、一歩。折れない心で――)


胸の核が、静かに、力強くうなずいたように感じた。

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