第三十二話 「家族の知らせと、祝福の夜」
ギルド長への報告を終えたあとだった。
椅子に腰を下ろした瞬間、全身から力が抜ける。
霊術を酷使した疲労。
死律の精霊デゼルと真正面から対峙した緊張。
胸の核にはまだ微かな熱が残っている。
(……あれが“死律の精霊”。
ルファスとは正反対……。でも、同じ“律の端”。
世界は……どれだけ深いんだ)
思考がまとまらない。
ただ胸だけがずっと熱い。
そんなとき――
「アイザックくん!!」
いつもの明るい声。
顔を上げるとミーナが息を切らせながら走ってきた。
「これっ! トーヴェルから新しい手紙が届いたよ!」
「えっ? こんなに早く?」
「収穫祭の荷物便に、特例で便乗したんだって!」
ミーナは頬を紅潮させながら、封筒を差し出してくれた。
手が震える。封を開ける。
たったそれだけなのに、胸がどくどくと脈打っていた。
――『アイザックへ。
元気にしているかな? お母さんは相変わらず忙しいよ。
実はね……伝えたいことがあるの』
息が止まった。
ページをめくる手が汗で湿る。
そこに書かれていたのは――
――『あなたが村を出てしばらくしてね、弟と妹が生まれました。
元気な双子よ。あなたに会わせるのが、家族みんなの楽しみです』
「…………っ」
涙が、にじんだ。
(……弟……妹……?
僕に……家族が……増えた?)
前世では、一人っ子だった。
でも今は違う。この世界は違う。
「えっ、えっ、え、えぇっ!? 双子!?」
ミーナの爆発した声で、現実に引き戻された。
「ミ、ミーナさん……声が……!」
「ごめん無理!! こんなの叫ぶしかないよ!!」
そして彼女は、信じられない行動に出た。
ミーナが息を吸い、胸いっぱいに空気をためて――
「パトロール・ファングの皆さーーーん!!
アイザックくんにーー!!
弟と妹ができましたーーー!!!」
「ちょっ!? なんで言うの!?」
ギルド内は、一瞬静まり返る。
……そして。
「おおおおおおおおっ!? マジか!!」
「祝うしかねぇだろ!!」
「双子とか神様の祝福じゃんよ!!」
冒険者たちがどっと押し寄せた。
肩を叩かれ、頭を撫でられ、笑顔があふれる。
(……すごい……。
ここに来た頃は僕のこと、誰も見てくれなかったのに)
レントが腕を組んでニヤリとした。
「やるじゃねぇか、兄貴」
「やめてくださいよ!」
ロッカが笑いながら酒を差しだす。
「これもう飲むしかねえ! 今日の主役はお前だ!」
「いや僕未成年――」
「気にすんな! 酒じゃなくてもいい!」
ロッカは笑いながら肩を抱く。
すると――
「……ふん」
壁にもたれて腕を組む、不機嫌そうな男がいた。
ガルドだった。
彼は僕をちらりと見て、ため息をつく。
「……ひとつ聞いたぞ」
「え?」
「死律の精霊。――あれとやりあったらしいな」
ギルド内の熱気が、少し静まる。
「お前が……俺の知る弱っちいガキとは別人だってのは……
今日のお前の“立ち方”を見りゃ分かる」
ガルドは顔を逸らした。
「……精霊を“傷つけた”らしいな。
あの怪物みたいな存在を。
仲間を守って、命を張って」
胸が熱くなる。
ガルドは続ける。
「お前を舐めてた。……悪かった」
ほんの少しだけ、目が柔らかかった。
その瞬間――
「よぉ!! 本日の兄貴はどこだぁ!!」
宿屋《風灯り亭》の三人、ラナ・エマ・リオが走り込んできた。
「聞いたよ! 弟と妹が生まれたって!」
「アイザックくん、今日ばっかりはうちも祝いだよ!」
「ミーナちゃんたちと一緒に作った特製スープだよ!」
料理を抱えて、三人とも嬉しそうだった。
(……こんなに……皆が……)
胸が熱くなるばかりだった。
「よーし!! 今日は宴だ!!」
ロッカの声で、ギルドが揺れんばかりの歓声。
長机に料理が運ばれ、樽酒が並び、
ミーナとミリエルは走り回って準備し、
ラナたち宿屋組も皿を運んでくれた。
そんな中――
ふわりと香ばしい匂いが漂った。
焼き目のついた肉。
香草と油の香りが混ざった、温かい匂い。
(……肉)
僕は無意識に固まった。
今まで――僕は“命を奪う重さ”に耐えられず、
肉料理に手をつけられなかった。
でも。
デゼルに対して、僕は剣を振るった。
仲間を守るために。
命を軽く扱わないために。
(奪うことから逃げていたわけじゃない……
ただ向き合う覚悟がなかっただけだ)
ミリエルが優しく皿を置く。
「アイザックくん……今日のは特別だよ!」
僕は深く息を吸った。
(……いただきます)
ナイフを入れ、ひと口かじる。
……驚くほど、温かかった。
「あ……美味しい」
視界がにじむ。
噛んだ瞬間、かすかに感じた“命の名残”に、胸がきゅっと締め付けられた。
ミーナとミリエルが同時に笑顔になる。
「アイザックくんが……お肉食べてる……!」
「よかった……ほんとによかった……!」
ロッカは豪快に笑う。
「おらぁ見ただろ! これが“男の成長”だ!!」
「ロッカさんのは成長じゃなくて増量でしょ」
とティーネが突っ込みを入れる。
ガルドも、ちらっとこちらを見る。
「……そうか。
やっと“覚悟”が腹に入ったか」
その一言が、やけに沁みた。
(命に優劣はない。
けど――“生きる”ってことは、誰かの命をいただくことでもある)
胸の核が、ぽうっと温かい光を揺らす。
「やぁ、賑やかだね」
静かな声が響いた。
振り返ると――カールアが立っていた。
「カールアさん!」
「ふふ、良い顔をしているね。
弟さんと妹さんができたんだって?」
僕が頷くと、彼女は目を細める。
「おめでとう。
そしてアイザック……強くなったね」
「……そんな、まだまだ――」
「いいや。強くなった。
その“核”が教えてくれるだろう?」
彼女は周囲を見渡したあと、小さな声で言った。
「――近いうちに。
私の“師匠”がナティアに来るよ」
その瞬間。
「……っ!?」
「カールアの……師匠……?」
「あの“一閃の剣”の……?」
「本物か……?」
ギルドの空気が一気にざわついた。
パトロール・ファングでさえ驚愕している。
ロッカが耳元で囁く。
「アイザック……お前、とんでもねぇ縁掴んでるぞ」
カールアは微笑む。
「師匠はね……“特別な揺らぎ”を持つ者に興味を持つ。
だから――会わせてもいいと思ったんだ」
胸の核が、ぽうっと明るく光った。
◇
歌声が響き、笑い声が夜を彩る。
ミーナもミリエルも、ラナたち宿屋組も楽しそうに踊り。
ロッカは調子に乗って倒れ、
ティーネはため息をつきつつ介抱している。
ガルドは遠巻きに酒を飲みながら、
時折こちらに視線を向け――
ほんの少しだけ、誇らしげだった。
(家族が増えた。
仲間が増えた。
そして、僕は……前に進めている)
胸の核が、静かに温かい脈を刻む。
僕は――笑っていた。
「これからも……よろしくね、アイザックくん!」
「兄貴になったんだし、もっと頼ってよ!」
「うん。こちらこそ――よろしく!」
――こうして、
ナティアでの毎日は、またひとつ、優しい色を増やした。
この夜の温かさを、僕はきっと忘れない。




