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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第二節 少年期冒険譚篇 ―始まりの旅路と邂逅― ナティア冒険者編

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第三十一話 「死律の精霊と、創命の揺らぎ」

――ズズズ……。


大地の深くから震えが這い上がってくるような、不吉な振動が森を満たしていた。

風も、鳥も、虫も、その震えに怯えるように音を潜めている。


(……魔素の“濁り”、徐々にじゃない。

 刻一刻と“増えている”……?)


魔素の流れは本来、澄んだ空色の揺らぎを帯びている。だが今は――

黒緑の、腐食した霧の河のように森の奥へ呑まれるように流れ込んでいる。


レントが剣を抜きながら低く呟く。


「ここまで酷い魔素の濁り……“自然現象”じゃねぇな」


ティーネが周囲を探るように目を細める。


「気配……中型が数体……いえ、もっと……十を超えるかも」


ミゼスが息をひそめた。


「群れ……? この規模で……?」


レントがこちらに視線を送る。


「アイザック、絶対に中央から動くな。

 お前の“感覚”が一番頼りになる。ついてこい」


「はい!」


僕は手汗をぬぐい、胸の核に意識を向ける。

鼓動が、周囲の濁りと反応するように淡く脈動していた。


(……まずい。これはただの濁りじゃない)

(何か“中心”がある……)




森の奥へ数歩足を踏み入れた――その瞬間。


ドンッ!


地面が跳ね上がるほどの衝撃。木々がきしむ。


「くっ……! ブロットウルフだ! “群れ”で来るぞ!!」


茂みから黒い狼の影が飛び出した。

毛並みは黒煙のように揺れ、牙は濁った魔素を滴らせている。

単体で危険度ランクD〜C、群れだとC+の魔物だ。


(……魔素の濁りを“喰って”狂暴化してる)


「来る! 散開!!」


レントの号令が飛び、パトロール・ファングの動きが一斉に跳ねる。


ロッカが前に出て双剣で前脚を断ち、

ティーネの矢がその喉元を正確に貫いていく。


ミゼスが詠唱に入る。


「――《グラヴィティ・バインド(重力縛鎖)》!」


重圧の鎖が地面から伸び、狼たちの足を沈める。


(速い……! 連携が……無駄がない……!)


Cランクとしては破格の動きだ。

彼らは戦いに慣れ、その場の判断力が恐ろしいほど精密だ。


僕も剣を抜き、左手に小さく魔素を溜める。


「――《ファイア・バレット》!」


白炎の弾丸が狼の横腹を爆ぜる。


「ナイスだ、新入り!」


ロッカが笑ったその時――


空気が、音ごと凍りついた。




――シン……。


世界から、すべての“生命の音”が抜け落ちる。


(……空白?)


霊術の気配円が揺れ、警告のような痛みが胸に走る。


“そこだけ、命が存在しない”

そんな異常な虚無。


濁りの中心ではなく――

濁りすら“避けて”流れ込む中心。


「来る……構えろ!!」


レントの叫びで全員が武器を構えた。


次の瞬間――


暗い森の中心に、“人影”が立った。




影は黒い霧をまとい、

髪のように伸びる揺らぎをゆらりと引きずっている。


その瞳だけが――

冷たい銀。


ルファスの金の柔らかさとは真逆。

死を連想させる、無音の色。


(……精霊……? いや……もっと違う)


影の存在が、こちらを向いた。


『ほう……人間か。しかも、“あの揺らぎ”を纏うとは』


声は空気を震わせない。

意識に直接、冷たく刺さる。


ミゼスが杖を構えるが、手が震えている。


「……あ、あなたは……?」


影は薄く笑った。


『我は死律の精霊――デゼル。

 生命律の精霊ルファスの“対”に立つ、もうひとつの律の端よ』


胸が強く脈動した。


(死律……? ルファスの対……?)


デゼルは淡く霧を揺らす。


『さて……君が“あの方”を助けた子か』


「あの方……?」


『白銀の髪、小さな揺らぎ……“レーヴェ様”だよ』


息が止まった。


(レーヴェ……!)


デゼルの銀の瞳が、愉快そうに細くなる。


『あの方は律の揺らぎの欠片。

 優しく、脆く、強かった――今では儚い存在だ。私はあの方を好いている』


だが、と続いた声は冷たい。


『しかし君の“創命の理念”は、我らの均衡を崩す』


「……創命……?」


『命を救い、守り、繋ごうとする者。

 死の流れを拒絶し、命だけを選ぶ者。

 その理念は、時に“世界を歪める”。』


胸の核が、ズキリと揺れた。


(……僕の理念……?)


デゼルは音もなく僕の目の前へ移動した。


「っ!?」

「アイザック!」


ロッカが飛び出して双剣を振り下ろすが――


剣が影をすり抜けた。


「なっ……!?」


『私を“触れられる”と思ったか?』


デゼルが指を軽く振った瞬間――


ドッ!


「ぐ……あっ!!」


ロッカが吹き飛び木に叩きつけられる。


ミゼスが咄嗟に《エア・ウォール》を張るが――


バキィィ!!


霧の指先が触れただけで砕け散った。


『やれやれ……脆い』


ティーネも顔を青ざめさせる。


デゼルはゆっくり僕を見る。


『君は――本当に“創命”を選ぶのか?

 命を救い、命にしがみつき、命だけを信じる。

 それは世界にとって“偏り”だ。』


「……僕は……」


胸に熱が灯る。


(命を……見捨てられるわけがない)


『なら――人の子よ、守るためには犠牲と覚悟が必要なことを知れ。

 そして、言葉で示せ。“選びたいもの”を』


「僕は……助けられる命を、助けたい!!

 “死ぬべき命”なんて……僕には選べない!!」


静寂の中、デゼルの銀の目がわずかに揺れる。


『……ふふ。

 やはり“創命の子”。

 レーヴェ様が惹かれる理由も分かる』


「レーヴェを……どうするつもりだ」


『何もしない。

 ただ、いずれ“死”へと戻る。

 あの方は今では死律の欠片だからね』


「そんなの……!」


怒りが胸で弾け、核が熱を放つ。


ズズッ……!!


霊素と魔素が胸で渦を巻き、白と黒が混ざり――

“無色の第三の揺らぎ”が生まれる。


デゼルが興味深そうに目を細めた。


『それだ……その色。

 ルファスも見ただろう。

 “外側の揺らぎ”。

 君は常人の枠にはない』


「関係ない!!」


胸の奥から光が爆ぜる。


金色の霊術防壁が展開され、僕を包んだ。


デゼルは楽しげに笑う。


『面白い。

 ならば覚悟と共に守ってみよ、己の力で』


刹那、デゼルは僕の目の前にいた。

そして、彼の右手が空気を裂きながら僕の顔に向かってくる。


(まずい、一秒……いやコンマ一秒でも集中を解いたら死ぬ)


魔素で身体能力の向上を図り、霊素で気配円を最大限まで展開して相手の動きの細部まで感知する。

そして第三の力が僕の剣を纏う。


その全ては――

息を吸って吐くよりも短い出来事だった。


ガン!


ガン! ギン!


ギャン!


僕の剣とデゼルの右手が、激しい剣戟を数十も交わしていた。


(僕って……こんなに強かったのか?)


押され気味だった剣戟は、

徐々に“死合い”そのものへの集中がその差を埋め、押し返していく。


(やらなきゃ、やられる……守るには代償が要るんだ!)


デゼルが見せた一瞬の隙を、この時の僕が見逃すはずがなかった。

気が付いた時には、剣先はデゼルの胸元を斜めに斬っていた。


「な……これ、僕がやったのか……!?」


デゼルが軽く口角を上げて微笑み、僕に言葉を投げる。


『それでいい。守るためには犠牲が必要だ。

 案外強いじゃないか、人の子よ。……いや、この短期間でここまで我を牽制するとは、

 まさに“律外の子”。

 今日はここまでにしよう。新たな希望の子よ』


(律外の子? 希望の子……?)


僕の頭の中は疑問符でいっぱいだ。


風が吹き荒れ、

僕に斬られた傷が影のようなものに覆われていく。

黒い霧が粒となって森の闇へ溶けていく。


『また会おう、“創命”の子よ』


銀の目だけが夜闇に残り――消えた。




霧が消え、呼吸が戻る。


「はぁ……っ……はぁ……!」

「レント! 大丈夫!?」

「なんとか……全員、生きてるな……?」


パトロール・ファングの四人は全員無傷ではなかったが、

僕の防壁がいくつかの直撃を防いでくれていたようだ。


ミーナとミリエルの顔が脳裏に浮かぶ。


(死なせなくて……よかった)


ティーネがふらつきながら言った。


「精霊って……あんなにやばいの……?」


ロッカが呻きながら笑う。


「いや……もはや魔王クラスじゃないか……」

「私たち、魔王に会ったことないじゃない。それに精霊は可愛い存在じゃ……?」

「それは妖精だって……」


ティーネの小さなツッコミに、全員が少し笑った。


だが余裕はすぐに消える。


(あれが……死律の精霊デゼル……)


胸の核がまだ熱を帯びていた。


(そして……僕の核は、世界の“理”と関わっている……?)


答えのない疑問を抱えたまま、

僕たちは森を後にした。




ギルドへ戻ると――

ギルド長の表情が険しくなる。


「精霊と……接触……?

 それも“死律”と……?」


レントも疲れ切った顔で椅子に沈む。


「ナティア近郊で……精霊が直接出るなんて……今までそんなことあったか……?」


ミーナが震える声で言った。


僕には理解できた。

精霊は“世界の律”そのもの。

人の前に容易に姿を見せる存在ではない。


でも――

ルファス、デゼル、レーヴェ。

僕にはすでに三つの揺らぎが触れている。


全員の視線が集まる。


「アイザックくん……あなた、一体……」


僕は息を吸い、胸に手を置いた。


(進め、と言われた。

 見守る、と言われた。

 選べ、と告げられた)


胸の奥の核が、小さく熱を灯す。


(僕は――“救いたい”)


その想いだけは、揺るがなかった。

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