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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
前人未踏の人外魔境 ルプスグロウ編

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第二百四十八話 「全部、僕のことなのに」

魔狼王様の声が、まだ頭の奥に残っていた。


ただ広いだけではない。


その言葉が上手く掴めない。


僕の内が広い。

そもそも何が広いんだ。


魔素?

霊素?

それとも、もっと別の何か?


考えようとしても、手がかりが少なすぎる。

自分のことのはずなのに、自分がいちばん分かっていない。

そんな感覚が気持ち悪かった。


「どういうことですか」


気づけば、口が動いていた。


「僕の中の何が、広いんですか?」


魔狼王様はすぐには答えなかった。

黒に近い毛並みの奥で、その目だけがまっすぐこちらを見ている。


やがて、低い声が頭の奥へ落ちた。


「やはり、自分では分かっておらぬか」


その言葉に、僕は思わず横を見る。


ゼフィルさん。

エルナさん。

ハヤトくん。

ユイナちゃん。


四人も、どこか戸惑ったように互いを見ていた。

すぐに答えを持っている顔じゃない。


「よかろう。ならば問おう」


魔狼王様の声は落ち着いていた。

断定するでも、責めるでもない。

ただ見定めるような響きだった。


「今まで、魔法……いや、人の世では魔術と言うか。

 その術を身につけるうえで、強く悩んだことはなかったのか」


魔法……いや、人の世では魔術と言うか。

その言い直しが、なぜか少しだけ引っかかった。


「もちろん、あります」


そう答えてから、少しだけ言葉を探した。


「火属性と水属性の魔術を覚えるのは、そこまでではありませんでした。

 大変ではありましたけど、どうにもならないってほどじゃなくて」


自分で口にしながら、少し引っかかる。

普通と比べてどうなのか、僕には分からない。

そもそも、その普通を僕は知らない。


「でも、風属性は違いました。火と水に比べると、かなり大変でしたし、

 土属性は今でもほとんど使いこなせていません」


そこまで言ってから、最近の変化を思い出す。


「ただ……最近は、アエルディナさんからいただいた加護のおかげで、

 前よりはずっと扱いやすくなりました」


その瞬間、ゼフィルさんの耳がぴくりと動いた。


「な! アイザック。お前、もう加護を使えるようになったのか?」


思ったより強い反応だった。

僕は目を瞬かせる。


「はい。風霊回路の加護も、風位感応の加護も、本当に助かっています」


エルナさんも、じーっとこっちを見ていた。

その視線には驚きが混じっている。


僕は反射的に言葉を続ける。


「お二人のおかげでもあります。ありがとうございます」


そう言って、ほんの少しだけ頭を下げかけてから、

ここが魔狼王様の御前だったことを思い出して動きを止めた。


左右に並ぶ狼たちの気配が、わずかに揺れる。


濡れた岩みたいな毛並みの狼が耳を動かし、

毛の隙間に細い光を走らせる狼が低く喉を鳴らした。


炎を抱いた炭みたいな色の狼も、さっきまでよりはっきりとこっちを見ている。

銀狼だけは静かだった。


けれど、その目は最初より明らかに鋭い。


「なるほど」


魔狼王様が短く言った。


「噂に違わぬ。いや、それ以上か」


その一言で場のざわめきが少しだけ深くなる。


僕は胸の奥の落ち着かなさを押さえながら、もう一度魔狼王様を見た。


「では次だ」


やはり魔狼王様の問いは終わらない。


「術を扱ううえで、魔素が決定的に足りぬと思ったことはあるか」


今度の問いには、すぐに答えられなかった。


思い返す。


火。

水。

風。


それぞれで今の僕に出せる高火力の魔術を使っても、思ったほど動けなくなることは少ない。

あの絶対零度フレイムはさすがに重かった。

でも、あれはその前の戦闘の消耗も大きかった。


蒸穿。

いや、ゼルノヴァイドだ。

火と水の術式を合わせているだけなのに、威力だけなら今の僕の中でもかなり上だ。

それでも、出したあとに立てなくなるほどではなかった。


閃風せんぷう

閃断フォトンスラッシュ


頭の中に、使ってきた技が順に浮かんでは消える。


それでも。


本当に、全く足りないと思ったことはあったのか。


僕が黙ったまま考え込んでいると、魔狼王様の目が細くなった気がした。


「思い当たることは、あるようだな」


「……一度だけ、あります」


僕はゆっくり息を吸った。


「命名契約の時に、気を失いました。あの時は、本当に限界だったと思います」


ゼフィルさんたちと命名契約を交わした時の、あの感覚。

あれはたしかに重かった。


「でも……それ以降は、全く足りないって思ったことはありません」


自分で言って、少しだけ黙る。


今までは、それを普通だと思っていた。

ただ、運が良かったとか、たまたまとか、その程度に。


けれど、この場で口にしてみると、少し違って聞こえた。


左右の狼たちの反応が、また変わる。

今度はざわめきが一段深い。


水のような狼はもう、さっきまでの獲物を見るような視線では見ていなかった。

雷を宿した狼は、僕の全身を測るみたいに見ている。

銀色の狼だけはなおも静かだ。

でも、静かなまま、少しだけ前足へ重心を移したのが分かった。


「ゼフィルからも聞いていたが」


そこで初めて、魔狼王様が霊術へ踏み込んだ。


「人の子にしては、妙な術を扱うとな」


僕は小さく息を呑む。


「術を覚える早さ。魔素の器。そこへ加えて、なお別の力まで扱うか」


その声は静かだった。

けれど、さっきまでより一歩深いところへ入ってきているのが分かる。


「答えよ。お前は魔術以外に、何を扱う?」


今度の問いは不思議と嫌じゃなかった。

責められている感じじゃない。

確かめられている。

ただ、それだけだ。


「……霊術です」


答えると、周囲の空気がぴんと張った。


「僕は霊術が使えます。

 だから、こうして皆さんと話すのも、比較的早くできました」


左右の狼たちのうち二頭が、ほとんど同時に低く喉を鳴らした。

驚きとも警戒ともつかない音だった。


エルナさんがわずかに目を見開き、ゼフィルさんも黙ったままこっちを見ている。

ハヤトくんとユイナちゃんは、顔を見合わせてからまた僕を見た。


「やっぱり普通じゃないの……?」


ユイナちゃんが小さく呟く。


「やっぱりって、どういうこと?」


思わずそう返すと、ハヤトくんが少しだけ困った顔をした。


「えっと……だって、イザクお兄ちゃんって、前からそういう感じだったし」


ほんの少しだけ、場の空気が緩む。

笑うほどじゃない。

でも、張りつめきっていた糸が、ひと筋だけほどけたみたいだった。


「そうだな」


魔狼王様の声が落ちる。


「術の覚えが早いだけなら、稀に現れる才で済む。

 魔素の器が深いだけなら、それもまた異質ではあれ、まだ理解の内にある」


その言葉に、周囲が静まる。


「だが、お前はそこへさらに別の層を持つ」


別の層。


僕はその言葉を頭の中で繰り返した。


「先ほども言ったが、広いだけならまだよかった」


その響きが、胸の奥へ重く沈む。


言い換えじゃない。

さっきと同じことを言っているわけでもない。

そう分かるのに、ぞくりとした。


広いだけなら、まだよかった。


じゃあ、今の僕は何なんだ。


魔狼王様はゆっくりと首を巡らせた。

そして、地面の一角を見た。


そこには、さっき僕が拳を叩きつけてへこませた跡が残っている。


「先ほど、我らのこの広場をへこませてくれたからな」


僕は思わず固まった。


あれ……見えてたんだ。

いや、そりゃ見えているか。

ここ魔狼王様の領域なんだから。


「す、すみません……」


反射的にそう言うと、ゼフィルさんの耳がぴくりと動いた。

ハヤトくんとユイナちゃんまでこっちを見る。


魔狼王様は短く鼻を鳴らした。


「気にしておらぬ、と言えば嘘になるかもしれぬ」


うっ。


でも、その声には怒りは薄かった。


「だが、先ほどお前から漏れた黒き揺らぎの残滓を見れば、目を留めずにはおれぬ」


黒き揺らぎの残滓。


またその言葉だ。


「内が広いだけでも十分に異質だ。なお、その揺らぎまで抱える。

 半神であり、魔に連なる我ですら、これを見定めたくなるのは当然であろう」


半神。

魔に連なる者。


その言葉の重みが、今までよりも近く感じた。


目の前にいるのは、本当にそういう存在なんだ。


だからこそ分かるものがある。

だからこそ、今の僕を見てこう言っている。


でも。


黒き揺らぎって何だ?


ナティアで、僕が我を忘れかけた時のことか?

あの時、僕の中で何が起きていたんだ?

あの空白の時間に、本当は何かあった。


ハヤトくんもユイナちゃんも、もう何も言わない。

ゼフィルさんたちも、他の狼たちも、ただ僕を見ていた。


僕のことだ。

なのに、何も掴めていない。


いや、知ることすらできないのかもしれない。


ナティアで失った、あの空白の向こう側を。

本当のことを僕はもう知れないのか。

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