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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
前人未踏の人外魔境 ルプスグロウ編

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第二百四十五話 「魔狼王の問い」

少し青みのある濡れた岩みたいな毛並みの狼が、まだじっと僕を見ている。

深い水の底みたいな色の目が、まっすぐこっちを射抜いていた。

その口元には、さっき垂れたよだれの名残がまだ少し光っている。


すると、その隣にいた狼が低く喉を鳴らした。


毛の隙間で細い光が走る。

紫にも青にも近いそれが、ぴし、と一瞬だけ弾けたように見えた。


「グルル」

「ガウ」


短い音だった。

でも当然、僕には意味が分からない。


ただ、水みたいな狼の耳がぴくっと動いて、

少しだけ気まずそうに視線を逸らしたのを見て、なんとなく察した。

たぶん今、注意された。


いや、やっぱり注意されたよね?

絶対そうだよね?


少しだけほっとしたけど、同時に別のことが引っかかった。


今のも分からない。


さっき魔狼王様が周りの狼たちに向けて声を発した時もそうだった。

ハヤトくんとユイナちゃんは、あれで意味を理解していた。

周りの狼たちも、一斉に応じて引いた。


つまり、あれは狼たちの言葉だ。


なのに僕にはただの鳴き声にしか聞こえない。


その時だった。


前に立つ魔狼王様が、ゆっくりと口を開いた。


低い声だった。

短く、けれど妙に耳へ残る。


何を言ったのかは分からない。


でも、その言葉を聞いた瞬間、ゼフィルさんとエルナさんの表情がわずかにやわらいだ。

誇らしげというか、少しだけ胸を張るような空気さえある。


ハヤトくんとユイナちゃんなんてもっと分かりやすかった。


「っ」

「わぁ……」


二人の耳がぴんと立つ。

尻尾もぶんぶん揺れていた。


ハヤトくんが、こっちを見て小さく跳ねるみたいに一歩出る。


「イザクお兄ちゃん、すごいって!」

「うんっ、うんっ。アイザックお兄ちゃん、強いって!」


思わず目を丸くする。


「え、そうなの?」


二人は揃って何度も頷いた。


それだけで、少しだけ胸の奥があたたかくなる。

意味は分からない。

でも、悪いことを言われたわけじゃない。

それだけは伝わってきた。


けれど、すぐにゼフィルさんとエルナさんが二人へ視線を向けた。


「静かにしろ」

「ハヤト、ユイナ。魔狼王様の御前よ」


低い声と、やわらかいけれどきっぱりした声。


二人ははっとした顔になる。


「っ、ごめんなさい」

「ご、ごめんなさい……」


そうして慌てて姿勢を正した。

耳もぴんと立て直して、尻尾の動きもぴたりと止める。


僕はその様子を見て少しだけ息を呑む。


やっぱり、王の前なんだ。


人間の礼儀とは違うのかもしれない。

でも、この場にはこの場の作法がある。

今さらながら、それがひしひしと伝わってきた。


その時、魔狼王様がまたこちらへ向かって何かを言った。


落ち着いた声。

重い。

けれど、やっぱり意味は分からない。


僕が黙ったまま瞬きをすると、ゼフィルさんがわずかに顔をしかめた。


「……アイザック」

「はい」


「もしかして、魔狼王様のお言葉が伝わっていないのか?」


う、と喉が詰まる。


すごく言いづらかった。

でも黙っても仕方ない。


「……はい」


場が一瞬だけ静まる。


左右に並ぶ狼たちの視線が集まった。

空気が変わる。


この人間、何を言っているんだ。


そんな気配が、言葉じゃないのに伝わってくる。


そりゃそうだ。

狼の王に呼ばれてここまで来ておいて、肝心の言葉が分かりませんじゃ話にならない。


でも、その瞬間だった。


頭の中で、何かが繋がる。


……待て。


さっき魔狼王様の言葉だけは、テレパシーみたいに頭へ直接落ちてきた。

あれはゼフィルさんたちの念話とも違う。

念話というより、もっと直接頭に落ちてきた感じだった。


でも、それとは別に。


そもそも僕は、なんでゼフィルさんやエルナさん、それにハヤトくんとユイナちゃんと普通に話せてるんだ?


前はそれが当たり前みたいになっていた。

けれど、よく考えればおかしい。


フィリスで意識の中の魔素の流れをなぞったからだ。

だから、意味が拾えていた。


そして、あの時。


生き残りの狼を手当てしようとした時も。

ゼフィルさんとエルナさんが、他の狼たちへ向けて何かを言った時、たしかに少しノイズが走っていた。


あれは、言葉そのものが違ったからじゃないか?


ウィンドウルフたちと話す時は、命名契約で繋がっている分、最初から意味が通りやすい。

でも他の狼たちは違う。


だったら。


僕は顔を上げた。


「ゼフィルさん」

「何だ」


「魔狼王様に、声へ魔素を乗せて話してみてくださいって、伝えてもらえますか?」


左右の狼たちの空気が、また少し揺れる。


今度はもっと露骨だった。

何を言い出したんだ、この人間は。

そんな視線。


でも僕は続ける。


「たぶん、今の話し方だと僕には届ききってないんです」

「でも、少しだけ調整できれば……拾えるかもしれない」


ゼフィルさんが目を細めた。

疑っているというより、測っている顔だった。


「……なるほどな」


短く吐いてから、ゼフィルさんが魔狼王様へ視線を向ける。

何か一言、低く告げた。


もちろん僕には分からない。


魔狼王様はしばらく黙っていた。

あの目で、じっと僕を見る。


見透かされるみたいで落ち着かない。


やがて小さく喉が鳴った。


ゼフィルさんがもう一度、今度は意識して声を発する。


短い。


その声に、僕はすぐ集中した。


フィリスを薄く広げる。

声そのものじゃない。

そこに乗る魔素の流れ。

意志の揺れ。

意味になる直前のかすかな形。


掴め。


そう念じた瞬間。


ざらついた音の奥に、かすかに輪郭が浮いた。


「……伝わるか」


低い声だった。


僕は目を見開く。


「聞こえます」


思わずすぐに返していた。


左右の狼たちの気配がざわつく。

さっきまでの疑いじゃない。

今度は驚きだった。


ゼフィルさんも、少しだけ目を見開いていた。

エルナさんは静かに息をつく。


「なるほど……そういうことか」

「通じるのね」


やっぱりだ。


完璧じゃない。

まだ少し引っかかる。

でも、ちゃんと意味は拾える。


その瞬間、僕ははっとした。


そうだ。


今まで圧倒されて、それどころじゃなかった。

でも目の前にいるのは、ただ強い魔物じゃない。

王だ。


王様の前で、僕はずっと突っ立ったままだった。


まずい。


姿勢を正そうとして、反射的に身体が動く。

下手したら膝までつきかけた、その時だった。


前から声が落ちる。


今度ははっきり、意味として届いた。


「よい」


ぴたりと動きが止まる。


「人間よ。お前は先の我の魔圧に耐えた」

「それだけで、我が前に立つに値する」


息を呑んだ。


すごいことを言われている。

たぶん。

王なりの許しなんだと思う。


でも同時に、頭の片隅で別の感想も浮かんだ。


……なんか、すごい傲慢だな。


いや、王様なんだから当たり前なんだろうけど。

それにしたって、だいぶ偉そうだ。


そう思った瞬間だった。


魔狼王様の目が、すっと細くなる。


「何かあるか」


心臓が跳ねた。


「い、いえ」


慌てて首を振る。


うわ、これ絶対顔に出てた。

最悪だ。


左右から、ほんのわずかに気配が揺れる。

笑った、のかもしれない。

少なくとも、水を思わせるあの狼は、面白そうにこっちを見ていた。


やめてほしい。

ほんとに。


けれど、魔狼王様はそれ以上そこには触れなかった。


空気が、すっと締まり直す。


さっきまでのやり取りが、ほんの一瞬の様子見だったみたいに。

場の芯が変わる。


魔狼王様の視線が、まっすぐこちらへ落ちる。


「早速だが、人間よ」


短い前置きだった。


その一言だけで、次に来るものの重さが分かった。


「なぜゼフィルたちと命名契約を結んだ」

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