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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第二節 少年期冒険譚篇 ―始まりの旅路と邂逅― ナティア冒険者編

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第二十三話 「Eランク冒険者と、術師としての新しい一歩」

ガルドとの模擬戦が終わって、まだそう時間は経っていないはずなのに――。


あのあと何がどうなったのか、正直よく覚えていない。


ただ、剣を振るった感触と、

喉元で寸前に止めた“重さ”だけが、妙にはっきりと手に残っていた。



 

試験の総評は、その日の夕方――ギルド長室で行われた。


机の向こう側には、ナティア支部のギルド長。

隣には腕を組んだままのカールア。

部屋の空気は重いのに、不思議と息苦しくはなかった。


「改めて、第二段階の模擬戦……見事だった」


ギルド長が静かに口を開く。


「Dランク冒険者ガルド・レインズを、正面から圧倒。

 技量と反応速度、

 そして、あの正体不明な“圧”――少なくともDランク相当、いやそれ以上だと判断する」


その言葉に、思わず背筋が伸びる。


(……Dランク相当よりも上……)


実感が追いつかない。

ただ、あの大剣を受け止めた瞬間の重さ。


息が詰まりそうになりながらも、一歩だけ前に出た感覚がよみがえってくる。


ギルド長は、そこでわずかに言葉を区切った。


「――だが、だ」


胸がきゅっとなる。


「君は“人”には振れるが、“魔物”にはまだ決定打を振れない」


森でのフォレストウルフ。

止まりかけた足。

震えていた刃。


「それは、弱さであり――同時に、君の“在り方”でもあるのだろう」


責めるような口調ではなかった。


ただ、事実を静かに並べられた感覚だった。


「総合判断の結果――」


ギルド長は一枚の札を机に置く。

そこには、新しく刻まれた文字。


Eランク。


「ランクは“ニュートラル系 E〈無界修得者バウンドレスアデプト〉”とする。

 だが、実力は“Dに近いE”だと思っておきなさい」


「Dに……近い、E……?」


「本来ならDを与えてもいい。

 だが、魔物に対する致死打の拒否がある。

 現場運用を考えると、一段階だけ保留せざるをえん」


ギルド長は、目を細めて続けた。


「ただし――あと二つ。

 Eランク以上かつ、Dランク相当の依頼を問題なく達成できれば、

 その時点でDランク昇格試験の資格を与える」


「……!」


胸の奥に、じんわりと何かが灯る。

完全に認められたわけじゃない。


でも、突き放されたわけでもない。

今の僕を、ちゃんと“途中”として見てくれている。


「納得……できるか?」


ギルド長の問いに、僕は少しだけ息を整え、答えた。


「……はい。今の僕には、ぴったりだと思います」


魔物を斬れない自分が、いきなりDランクを名乗るのは、どこか違う気がした。


だけど――そこへ向かう“途中”に立てたことは、たしかに嬉しかった。


カールアが、ふっと口元だけで笑う。


「文句を言わないあたり、ちゃんと自分を見てるね」

「……まだ、全然足りてないって分かってるので」

「ならいい。アイザック――」


カールアの視線が、真っ直ぐに刺さってくる。


「剣だけが、君の武器じゃない。

 ニュートラルを選んだ時点で、剣も魔術も霊術も、

 全部“中途半端に伸ばしていく”ことになる」


“中途半端”という言葉に、一瞬胸がざらついた。


だが、カールアは続けて言う。


「中途半端のまま止まる奴は、そこで終わる。

 だが、全部を積み重ねて“底上げ”し続ける奴は――いずれ、

 “どの道にもはまらない強さ”になる」


「……どの道にも、はまらない……」

「君が目指すのはそこだろう?

 誰かの命だけじゃなく、“戦い方そのもの”まで選べるような立ち位置だ」


胸の奥で、核みたいなものが小さく震えた。


ズキ……ッ。


(……僕は、そうなりたい)


「……頑張ります」


短く、それだけ答えた。



 

ギルドホールに戻ると、カウンターで書類を整理していたミーナが、

新しい札を見た瞬間、ぱちりと目を瞬いた。


「……本当に、Eランクになったんだね」


「はい。なんとか……」


ミーナの表情がふっとやわらかくなる。

あの、僕が好きな“いつもの”目だ。


「おめでとう、アイザックくん。

 無茶ばかりしてるわけじゃないのに、ちゃんと結果を出して……本当にえらいよ」


胸の奥がじんわり熱くなる。


「ありがとう、ミーナさん」

「ううん。あなたが頑張っただけ。

 ……でも、本当に無理はしないでね?

 ランクより大事なのは、あなたが帰ってくることだから」


「……はい。約束します」


ミーナはほっと息をつき、いつもの仕事の顔に戻った。


「今日はゆっくり休んで。

 ……きっと、誰かがお祝いしてくれるはずだよ?」


小さく笑って手を振る彼女に、僕は深く頭を下げた。

そして今回の試験のことを反芻しながら宿への帰路についた。


宿の扉を開けた瞬間――


「アイザックーっ!!」


「やっと帰ってきた!!」


「お祝いするって決めてたんだからね!!」


ラナ、エマ、リオの三人が勢いよく飛んできて、

テーブルの上には見慣れない皿が並んでいた。


香草の蒸し芋。

卵のスープ。

野菜と穀物のグラタン。

焼き立ての白いパン。

小さな果物タルト。


肉は一つもないのに、

テーブルはとても華やかに見えた。


「すごい……これ、全部?」

「うん! リオが作ったんだよ!」

「ちょっと手伝った!!」

「アイザックのためにがんばったんだからな!」


胸の奥が、少し熱くなる。


(……肉がないのも、気をつかってくれたのかな)


ラナが照れくさそうに笑った。


「ねぇ、今日くらいは……胸張っていいんだよ?」


「……うん。ありがとう」


三人が僕の両側に並んで、

小さな木のコップを掲げる。


「Eランク昇格、おめでとー!!」

「乾杯!!」


僕も笑って、コップを合わせた。


その音は、

どこかで聞いた“鈴”の音と、同じ響きを持っていた気がした。

祈りにすがる音じゃない。

今度は、“ここにいていい”と背中を押す音だった。


♢♢♢


それから――二ヶ月と少し。


冒険者としての日々は、想像していたよりも地味で、泥臭くて、でも確かな“重さ”があった。


Eランクとして受けられる依頼は、基本的には軽いものが多い。

荷運び。

小規模の護衛。

薬草や素材の採取。

たまに、弱い魔物の“群れの牽制”。


森での戦い以来、僕はできる限り“誰かの命を奪わなくて済む”動きを模索した。

だが、その行動がDランクへの昇格を邪魔しているのも確かだった。


魔物の足を狙って動きを止める。

樹や岩に追い込んで、戦える仲間の前に押し出す。

木の根や地形を利用して、怪我だけで済むように弾く。


そんな戦い方ばかりだから、

ガルドみたいなタイプからは、まだときどき文句も言われるけれど――。


それでも、依頼主たちはちゃんと「助かったよ」と笑ってくれた。


そして、二つ――三つと、依頼をこなすうちに。


「アイザックくん、最近安定してきたね」


ミーナも、そんなふうに言ってくれるようになった。


「……前より、少しだけ“動ける”ようになった気はします」

「うん。でも、無茶は絶対しないこと。いい?」

「うん。約束する」


そのたび胸の中の鈴の音が、ほんのかすかに鳴る気がしていた。

 

◇ 


少しずつ依頼をこなし、報酬も溜まってきた。

といっても、贅沢できるほどではない。


宿代と食費を払って、簡単な装備を整えて、

それでもほんのわずか“余り”がそれなりにできるようになったくらいだ。


ある日の午後。

その“余り”を握りしめて、僕はナティアの商業区を歩いていた。


(……剣だけ振れても、意味がない)


カールアの言葉が、ずっと頭の片隅にあった。


(僕はニュートラルだから。

 剣も、魔術も、霊術も……全部できなきゃ)


そんなときだった。


「――いい? 火球はここから、きちんとイメージして……!」


通りに面した小さな広場。

そこでは、ローブを着た中年の魔術師が、何人かの子どもたちに魔術を教えていた。

年齢は、僕と同じくらいか、少し下くらい。


そのうちのひとりが、短い詠唱を口にして、掌の上に小さな火の球を灯す。


「よし、いいぞ。初級“火弾”はもう形になってるな」

「ほんと!? じゃあ、俺、もう“初級卒業”?」

「慌てるな。優秀な子なら十歳前後で初級を卒業する。

 属性に恵まれた子は、中位まで進むこともあるがな」

「中位……かっけぇ!」


笑い声と、弾むような声。

僕は、その場から目を離せなくなった。


(十歳で……初級魔術、卒業……)


今の僕は。

初級魔術どころか、基礎の詠唱すら満足に知らない。

魔素と霊素の概念は、母さんから教わっていた。

だけど、使い方はまだ何一つわかっていない。


(……僕、剣もまだまともに振れないし……

 魔物も斬れない……)


胸の奥が、きゅっと痛んだ。


(それなのに、魔術も霊術も使えないままって――)


ズキ……ッ。


胸の核が鳴る。


(……それに、剣だけ振れても意味がない。

 守りたいのに、届かない。

 剣だけじゃ届かない“命”がある。

 僕はニュートラルだから。

 剣も、魔術も、霊術も……全部できなきゃ……)


(…………頑張らなきゃ……!)


気づけば、拳を握っていた。




その足で向かったのは、

商業区の外れにひっそりとある古書店だった。


看板は色あせていて、扉も少し歪んでいる。


だけど、窓から見える棚には、魔術書の背表紙が何冊も並んでいた。


ちりん――。


扉を開けると、鈴が鳴る。

祠の鈴よりも、少しだけ鈍い音。


「いらっしゃい……って、ああ。珍しい顔だね」


年季の入ったローブを纏う、痩せぎすの老人がカウンターの奥から顔を出した。


「魔術書かい? それとも霊術かい?」


「えっと……両方、です」


「両方?」


老人は一瞬だけ目を見開いてから、ふふ、と笑った。


「欲張りだねぇ。だが嫌いじゃないよ、そういうのは」


そう言って、店の奥へ引っ込む。

しばらくごそごそしてから、薄く埃をかぶった二冊の本をカウンターに置いた。


「これは魔術理論の初級書。

 こっちは霊術――精霊信仰寄りの、基礎中の基礎だ」


革表紙は擦り切れているが、まだ読めそうだ。


「新品じゃないから、少しばかり安くしておこう。

 それでも、坊主の財布にはちょっと痛いだろうけどねぇ」


僕は腰の巾着を開け、中身を数える。

銀貨数十枚と、銅貨がいくつか。


(……足りる。けど、ほぼ全部なくなる……)


胸が少しだけすうっとした。

でも、その不安よりも――。


(今、やらなきゃ)


そんな気持ちが強かった。


「買います。両方、ください」


「ほう……」


老人の目が一瞬だけ真面目になる。


「剣を背負いながら、本も選ぶ。そういうのはね――大抵、伸びるよ。

 剣は肉体を鍛える。本は“心の形”を鍛える。

 冒険者の強さは、どちらも必要なんだよ」


彼はそう言って、丁寧に本を布で包んでくれた。

 



夕方。

宿の部屋。

小さな机の上に、本を二冊並べる。


窓からは、ナティアの喧騒が薄く聞こえていた。


(……よし)


まずは、魔術書のほうを開く。

魔素の流れ。

詠唱の仕組み。

言葉に“型”を乗せるという考え方。


文字は難しいけれど、母さんに読み書きを叩き込まれたおかげで、なんとか目で追える。


(母さんなら、このページの意味をどう読んだだろう)


少しだけ懐かしさが胸をよぎる。


続いて、霊術書を開く。

こちらは、祈りや“意志の向け方”が中心に書かれていた。

精霊への呼びかけ方。

自然の“声”の捉え方。


そして――


『己の内と外の境界を、静かに見つめること』


という、抽象的な一文。


(……内と外……)


胸に手を当てる。


ズキ……。


核のような場所が、また小さく鳴いた気がした。


(……魔素。霊素。それから――僕の中の、“何か”)


それが何なのか、まだ全然わからない。


でも、カールアの言葉が頭をよぎる。


『迷いながら振る剣にしか――救えない命もあるんだ』


(だったら、

 迷いながらでもいいから――知っていきたい)


剣のこと。

魔術のこと。

霊術のこと。


そして、自分の中のよくわからない“核”のこと。

(全部まとめて、僕なんだ)


そう思えた瞬間――。


――ちりん。


宿の中なのに、鈴の音がした気がした。

祠にある、あの小さな鈴と同じ音。

けれど、今日は不思議と驚かなかった。


「……見ててくれるなら、ちゃんとやるよ」


誰にともなく呟いて、再び本に視線を落とす。


アイザック・ヴァーン。

Eランク冒険者。


剣だけじゃない、ニュートラルとしての一歩が――

静かに、でも確かに、踏み出されようとしていた。

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