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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第二節 少年期冒険譚篇 ―始まりの旅路と邂逅― ナティア冒険者編

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第二十話 「始まる試験、守りたい心と震える刃」

翌朝。

昇格試験の日だというのに、胸のざわつきは眠っても消えなかった。


ギルドの前に立ったときには、もう胸の奥がざわざわしていた。


(今日は――昇格試験の“本当の中身”が、明かされる日だ)


深呼吸をして扉を押す。

中は、いつも以上にざわついていた。

酒の匂いよりも、緊張と興奮の匂いのほうが強い。


「来たぞ……」

「アイザック・ヴァーン……」


まただ、刺すような視線。

今は――探るような、測るような目が多い。


(……見られてる。けど、もう気にしない)


掲示板の前に人だかりができている。

その中央に貼られた一枚の紙が視線を集めていた。


『F〜Dランク 選抜昇格試験 実施告知』


胸の鼓動が一段と速くなる。

紙の下、一行一行、名前が並んでいる。

指で追っていくと――


アイザック・ヴァーン


自分の名前を見つけ、喉がひゅっと細くなった。


(……本当に、選ばれたんだ)


紙には、さらに注意書きがあった。


※本試験は、通常の昇格と異なり、第一段階、第二段階に分けて試験を行います。

F〜Dランク冒険者の中から“潜在的に優秀”と認められた者のみを対象とする特別選抜方式です。


※第一段階は混合パーティによる魔物討伐を通じ、個々の力量だけでなく“協調と補完”の適性を評価します。


(特別……選抜……)


つまり――


僕はギルドから「伸びるかもしれない」と判断されている、ということだ。

それが嬉しいような、怖いような、不思議な感覚だった。


「……ほう。やっぱり来たか」


横から低くも女性らしさを感じる声。


顔を向けると、銀髪の女戦士――カールア・フェンリスが腕を組んで立っていた。

試験官、と掲示されていた人物だ。


「君が、アイザック・ヴァーンだね?」


「……はい」


背筋が自然に伸びる。

カールアはじっと僕を見つめ、ふっと目を細めた。


「噂は聞いているよ。成体ドリンブルを、一撃で吹き飛ばしたって」

「一撃ってほどじゃ……ただ、気づいたら……」

「“気づいたら”やっていた、か。それが一番、厄介で――一番、面白い」


何かを見抜くような目だった。


「いいかい、アイザック。

 今回の試験は、ランク別に分けない。FもEもDも――同じ“現場の戦力”として扱う」


「……同じ?」

「そう。実際の依頼で、相手はランクを見てくれないからね」


カールアは掲示板の紙を顎で示した。


「今回の目的は、“補い合えるかどうか”だ。

 欠けた部分を埋め合える者だけが――長く生き残る」


胸の奥が、ぎゅっと鳴った。


(補い合う……)


それは、僕が一番“苦手”なことかもしれない。


守りたいのに、斬れない。

傷つけたくないのに、守れない。


そんな矛盾を抱えたまま、誰かと肩を並べて戦えるのか――。


「……分かりました」


小さく頷くと、カールアの視線が一瞬だけ柔らかくなった気がした。




掲示板から離れようとしたとき――


「チッ……やっぱり名前があると思ったぜ」


耳に刺さるような声。


振り返るまでもなく分かる。

ガルド・レインズ。

分厚い胸板、無精ひげ、二十代前半ほどの外見。Dランクの男。

この街に来てから、ずっと僕を笑い、嫌がらせをしてきた男だ。


ガルドは足音を響かせて近づき、僕の肩を乱暴に小突いた。


「特別選抜だぁ? ガキが紛れ込んでんじゃねぇよ」


「……ギルドが、決めたことだよ」

「はっ。ギルドも節穴になったもんだな。

 この前みてぇな“まぐれ”が、何度も続くと思うなよ」

「試験で死んだら、“同情”くらいはしてやるよ」


ガルドの顔が近づく。

酒と鉄の匂いが混じった息がかかった。


「試験の魔物討伐は、F〜D混成だ。

 どっかで一緒の組になったら――“正しい実力”ってやつ、教えてやるよ。現場ってのがどういう場所かもな」


喉がひゅっとなる。


でも――一歩も退かなかった。


「……僕は、やるよ」

「は?」

「怖いけど……逃げたくないから」


ほんの一瞬、ガルドの眉がぴくりと動いた。


次の瞬間、忌々しそうに舌打ちして背を向ける。


「……ああそうかい。

 だったら勝手に足掻けよ。せいぜい“守りたい”とか綺麗ごと言って、とどめを刺さずに誰かの足引っ張んなよ」


胸がズキッと痛んだ。


(……守りたい、ってのは……綺麗ごとなのか?)


分からない。

けど――その言葉だけは否定されたくなかった。




カウンターへ向かうと、ミーナがすぐに気づいてくれた。


「アイザックくん……顔色、ちょっと悪い」

「えっと……試験の説明、聞いてきた。

 混合パーティで……協力して魔物を討伐する、って」


言葉にすると、余計に喉が乾いた。


「怖いなら、辞退してもいいのよ? 特別選抜だし、強制じゃないから」


ミーナの声は、いつも通り優しい。


(辞退……)


その二文字に、ほんの一瞬だけ心が揺れた。

けど――すぐに、祠の前で祈った夜を思い出す。


「……逃げたら、多分……僕、一生引きずると思う」


自分でも驚くくらい、はっきりと言えた。


「怖いけど……今の僕は、それでも前に進みたいんだ」


ミーナは少し目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。


「……うん。

 だったら私が言えるのは一つだけ。

 ――“絶対に死なないこと”。それだけは、約束して?」


「……うん。約束する」


その会話を聞きつけたのか、奥から小さな声が飛んできた。


「アイザックくんっ!」


振り向くと、ミリエルが駆け寄ってきた。

手には薬草入りの籠。


「昇格試験、受けるんだって!? すごいよ!」

「すごくなんか……」

「だって、怖いのに前に進もうとしてるんでしょ?

 それって、薬草覚えるよりずっとすごいことだよ!」


無邪気な笑顔。

胸のざわつきが、少しだけ和らぐ。


「戻ってきたら、また一緒に森、行こうね?

 今度は、もっと珍しい薬草の場所、教えてあげる!」


「……うん。戻ってくる」


本当に、戻るんだ――そう言い聞かせるように、もう一度頷いた。




昼過ぎ。

試験参加者が集められ、エルドの森の手前まで移動することになった。

道を歩きながら、胸の中心がじわじわと熱を帯びていく。


ズキン……


ズズ……ッ。


(まただ……)


痛みとは違う。


胸の奥で、“何か”が目を覚まそうとしている。

足を止めて深呼吸をする。

腰の剣の柄にそっと手を添えた。

途端に――指先がじわりと熱を帯びる。


(剣……?)


周囲の音が、異様にはっきりと聞こえた。


鳥の羽ばたき。

遠くで誰かが石を蹴った音。

鎧の金具が触れ合う微かな金属音。


(……世界が、少しだけ“近く”なってる……?)


怖い。

でも同時に、どこか懐かしい感覚でもあった。


「アイザック。行くぞ」


カールアの声で意識が戻る。

僕は胸の奥のざわめきを押し込めて、森の前へと歩みを進めた。




エルドの森・入口。

そこには、F〜Dランクの冒険者たちが十五人ほど並んでいた。

戦士系、術師系、前衛、後衛、支援。それぞれの役割を持った顔ぶれだ。

その中でニュートラルは僕一人だけだ。


「これより、F〜Dランク選抜昇格試験――第一段階を開始する」


カールアが前に立ち、静かに宣言する。


「第一段階は、3~4人でパーティを組んで、

 浅層部での小型魔物の討伐だ。

 討伐数そのものよりも、隊としての動きを評価する」


視線が鋭く全員をなぞる。


「前衛は戦士系が主体。

 術師系はその補助と牽制、ニュートラル系は……一人いたわね。支援護衛を意識しなさい。

 自分の役割を見失う者は、ここで落ちる」


僕は、前衛と後衛のちょうど中間――“半歩前に出る支援”として配置された。


(前に出すぎず、でも下がりすぎない……一番、難しい位置だ)


剣の柄を握る手に、じんわり汗が滲む。


そのとき、横からまた刺すような視線。

ガルドがニヤリと笑った。


「お前の“守りたい心”とやら……どこまで通用するか、楽しみにしてるぜ」


胸の奥がきゅっと痛む。


(……守りたい、って気持ちは……間違ってるのか?)


答えは、まだ出ない。




僕はアーク、ラナ、ナターシャと隊を組んだ。

それぞれ剣士、弓使い、魔術師だ。


エルドの森の浅層部に入ると、空気が一変した。

湿った土の匂い。

木々の葉擦れ。

そして――かすかな獣の臭い。


「前方、小型反応。フォレストウルフ、五……いや、六!」


先頭のDランク剣士アークが叫ぶ。

灰色の毛並みを持つ狼型魔物――フォレストウルフ亜成体の群れが、茂みから姿を現した。


「前衛、受けろ! 後衛、散開!」


後方にいたカールアの指示で、一斉に動き出す。

剣と爪がぶつかり、小さな咆哮が響く。

後衛の弓矢が飛び、ウルフの動きが分断されていく。


(……大丈夫だ、今のところは)


胸のざわつきを押さえ込み、僕も位置取りを調整する。

その時だった。


「きゃっ!」


少し後ろのほうで、悲鳴が上がる。

振り返ると、Eランクの弓使いラナが足を滑らせて転んでいた。

足首を捻ったのか、立ち上がれない。


そして――


その彼女めがけて、一匹のフォレストウルフが一直線に突っ込んでいく。


(……まずい!)


他の前衛は別の個体の相手で手一杯。

間に合うのは――僕だけ。


「危ない!!」


考えるより先に、体が動いていた。


地面を蹴り、一気に距離を詰める。

視界が澄み渡る。


ウルフの筋肉の動き、爪の軌道、牙の角度。

全部が、ゆっくり見えた。


剣を構え――


その刃先が、ウルフの首筋を正確に捉える軌道を描こうとした瞬間――


ズキィッ!!


「っ……!」


胸の中心が、焼けるように痛んだ。

足が止まる。

握った剣が震える。


(……斬れば……殺す……)


当たり前のことが、頭の中で何度も反響する。


(でも、斬らなきゃ――あの人は、喰われる……!)


喉が締め付けられ、呼吸が乱れる。


「……俺は……」


守りたい。

でも、奪いたくない。

その矛盾が、胸の中で暴れた。


ウルフの瞳が、目前に迫る。

牙が、弓使いの喉元へと開かれる。


(間に合わない……!)


膝が崩れそうになる。

その瞬間――


ズンッ。


胸の核みたいな場所が、小さく震えた。

剣の周りの空気がビリ、と震える。

見えない何かが刃から滲み出して、周囲に薄い波紋を広げる。


フォレストウルフの動きが、一瞬だけ止まった。

怯えたように瞳を揺らす。


(……今の……?)


でも――

その“何か”は、すぐにしぼんでしまった。

僕の腕は、振り切れないまま。

ウルフは恐怖を振り払うように再び飛びかかる。


「チンタラしてんじゃねぇ!!」


怒号とともに、横から鋼の閃きが割り込んだ。


ザシュッ!!


ガルドの大剣が、ウルフの首筋を容赦なく断ち切る。

鮮やかな血が、地面に飛び散った。


「ひっ……!」


弓使いが悲鳴を飲み込む。


倒れたウルフは、二度と動かなかった。

血の匂いが、鼻を刺す。


(……守れた。彼女は、無事だ)


だけど――


(僕は……何も、できなかった)


足元がふらつく。

剣先がわずかに下がる。

胸の奥が、今度は別の痛みで締め付けられた。


「なんだぁ今のは?」


すぐ横で、ガルドの声がした。


嘲りと苛立ちの混じった声。


「魔物一匹斬れねぇ奴が、昇格試験? 笑わせんな。

 守るってことはなぁ、“傷つける覚悟”も背負うってことだろうが」


「……それは……」

「……それでも……僕は、守りたいんだ……」


ガルドの目が、嘲るように細くなる。


「“守りたい”だぁ? 綺麗ごと言って突っ立って、結局俺に殺させてんじゃねぇか」


弓使いが震える声で呟いた。


「で、でも……アイザックくんが飛び出してくれなかったら、もっと……」

「かばってもらって、結局喰われてたかもな。

 中途半端が一番タチ悪ぃんだよ」


ガルドは吐き捨てるように言い、戦線へ戻っていった。

僕は、何も言えなかった。


(守りたかった。

 でも、斬れなかった。

 結果として――“誰かに殺させた”。)


それが、たまらなく苦しかった。




少し離れた位置から、その一部始終を見ていた者がいた。

カールア・フェンリス。

 

彼女は腕を組み、静かに目を細める。


(……やはり、斬れないか)


だが、口元がほんの僅かに緩んだ。


(でも――飛び込めた。

 恐怖を抱えたまま前に出た。それだけで、価値はある)


そして、彼女はもうひとつの“異変”にも気づいていた。


(さっき、一瞬……あの剣の周りの空気が、揺れた)

 剣を通して周囲に滲んだ“圧”のような気配。

 魔素でも霊素でもない――もっと根源的な何か。


(あれは……オーラか? いや、それとも――)


 彼女は、その正体にまだ確信を持てなかった。

 だが、ひとつだけ確かなことがあった。


(あの子の“核”は、まだこれからだ)




さらに離れた森の影。

木々の隙間から、その光景を眺めるもう一つの影があった。

黒い外套を纏った男――シリアス・ヴェイル。


「……なるほど」


淡々とした声。


だが、瞳の奥には興味の光が揺れた。


「命を奪えない。守りたいのに、守りきれない。

 その矛盾が、器を軋ませている――悪くない」


彼は小さく笑う。


「葛藤の深さは、器の大きさだ。

 焦る必要はない……育つ。必ずな」

 枝葉を揺らすこともなく、影は溶けるように姿を消した。



その日の試験は、なんとか致命的な被害なく終わった。


夕暮れ。

ナティアの空が、赤く染まり始める。

僕はひとり、森の外れの道端で立ち尽くしていた。

胸に手を当てる。


「……守れた。

 でも……僕は、何もしてない……」


あのとき、飛び出した自分を否定はしたくない。

けれど、最後の一線を越えられなかった自分も、確かにいた。


(守るって……誰かを傷つけなきゃいけないのか?


それが“正しさ”なんだとしたら……僕は、どうしたらいい)

答えは出ない。


ただ、胸の奥だけがじんじん痛んだ。


「……それでも」


小さく呟く。


「このままじゃ、終われない」


祠はここからは見えない。

それでも、胸の奥にあの鈴の音がよみがえる。


――ちりん。


幻聴のような、確かな音。

胸の核が、小さく震えた。


(僕は変わりたい。

 命を守るために――どうすればいいのか、知りたい)


震える手を握りしめる。

刃はまだ、うまく振れない。


でも、それでも――前に進みたいと、強く思った。

夕陽の中で、僕の影だけが、少しだけ大きく見えた。


——これは、まだ始まりにすぎない。

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