第十六話 「変わりたい少年と、小さな一歩」
鳥のさえずりで目が覚めた。
胸の奥に残る重たさは、まだ完全には消えていない。
それでも昨日より、ほんの少しだけ心が軽かった。
(祠で祈ったから……なんて理由じゃないと思うけど)
あの温かさが嘘ではなかったことだけは、はっきりしていた。
朝食を取り、支度を整えて宿を出ると――背後から声が飛ぶ。
「アイザックちゃん、今日は顔がちょっと“頑張るぞ”って感じだね!」
「はい……今日は少し楽な気がします」
(前世でも似たようなこと言われた気がする……僕ってそんなに顔に出るのかな)
気持ちを整えながら、ギルドへ向かった。
◇
扉を開けた瞬間、空気が張りつめた。
――視線。
「初依頼でビビってたガキだろ」
「魔物も倒せなかったやつだな」
押し殺した声が耳に刺さる。
胸の奥がじくりと痛む。
(……前よりは大丈夫。でも、やっぱり刺さる)
それでも足を止めなかった。
逃げてしまえば、本当に折れてしまう気がした。
(怖い。でも……僕は、逃げない)
逃げても何も変わらない。
一瞬だけ“俺”と意識が揺れる。
その小さな変化が、不思議と背中を押した。
「アイザックくん、大丈夫?」
受付のミーナが心配そうに覗き込む。
「……うん。たぶん大丈夫」
ミーナはそっと微笑む。
「その顔なら……今日は昨日より前向きだね」
その笑顔だけで、張りつめていた肩の力がふっと抜けた。
◇
ミーナが一枚の依頼書を差し出す。
■薬草採取の護衛
■依頼主:ミリエル(薬草師の弟子)
■危険度:低
「この子、すごくいい子でね。あなたに向いてると思うよ」
「……やってみる」
自然と口が動いていた。
そのとき、元気な声がギルドを揺らす。
「ミーナさーん! 準備できたよ!」
僕より少し年下くらいで栗色の髪の少女――ミリエルが駆け込んでくる。
僕を見るとぱっと表情を明るくした。
「今日一緒に行くアイザックくん? よろしくね!」
「え、あ……うん。よろしく」
眩しいほどの笑顔に、胸のざわめきが少し薄れた。
(……すごいな。こんなふうに笑えるんだ)
◇
エルドの森へ向かう途中、ミリエルが足を滑らせた。
「きゃっ!」
「危ない!」
反射的に手を伸ばし、彼女を引き寄せる。
直後、茂みが揺れ、小さな魔物が顔を出した。
(また魔物……!)
体が固まりそうになる。
(怖い……でも!)
「大丈夫、これは!」
ミリエルが素早く小瓶を投げる。
瓶が割れ、白い煙が広がる。
「キュゥ!」
驚いた魔物は、慌てて逃げていった。
僕は大きく息を吐く。
(まだ震える……でも、昨日よりずっとマシだ)
ミリエルは僕の手を握ったまま、笑みを向けた。
「今の、助けようとしたでしょ? すごかったよ!」
「す、すごいって……僕は……」
「震えててもいいの。前に出ようとしたんだから、それって立派な“強さ”なんだよ」
ミリエルの手は、小さくて温かかった。
胸に温かさが広がった。
◇
採取を終えて街へ戻ると、昨日と同じ祠の前で足が止まった。
夕陽が祠を赤く染めている。
(今日の僕は……少しでも変われたかな)
そう思いながら手を合わせた。
「明日も……今日より強くなれますように」
その瞬間――ちりん。
風のないはずの境内で、小さな鈴が揺れた。
「……昨日と同じだ」
思わず笑みがこぼれる。
胸の痛みはまだ残っている。
でも確かに、ひとつ前に進めた。
そんな気がしていた。




