第十五話 「強さを願う少年と、祠の鈴音」
冒険者としての生活が始まり、数日が経った。
けれど――僕はまだ、狩りの依頼を一つも受けていない。
胸の奥に引っかかっていた“あの日の感覚”が、また重たく疼き出していた。
──殺せなかった。
僕は、“命を奪えなかった”。
その事実だけが、心の奥でずっとざわめき続けている。
(……僕は、弱いのか?)
初めてギルドに来たときの騒動は、どうも広まっていたらしい。
表面上は普通でも、冒険者たちの視線はどこか刺さる。
好奇。
揶揄。
そして、あからさまな“噂の対象を見つけた”という目。
低い笑い声が混じった瞬間、胸がずきりと痛んだ。
「……気にすんなって、自分に言い聞かせてるのに」
言葉にすると余計に苦しくなる。
採取クエストを三つ終わらせたあと、早々にギルドを後にした。
夕暮れの影が地面を伸ばすたび、足取りはますます重くなる。
胸の奥の痛みは、さっきからずっと消えないままだ。
(魔物を殺せなかっただけじゃない。僕は……“怖かった”んだ)
森で震えた自分を思い返すたびに、喉の奥が焼けるように熱くなる。
「怖いなんて……そんなの……」
強くなりたくて剣を振り、
冒険者になり、
依頼もこなした。
なのに、心はぐしゃぐしゃのままだった。
ふと、帰り道の途中にある小さな祠の前で足が止まった。
石造りの古い祠。
ナティアの街で昔から祀られている地方の精霊らしいが、僕は信心深いわけじゃない。
けれど今は……誰かに、何かに、すがりたかった。
「……どうすれば、強くなれるんだ」
胸の奥から漏れた声は、情けないほど弱かった。
周囲には誰もいない。
夕陽が差し込む静かな祠の前で、僕はそっと手を合わせた。
「怖がらない強さが欲しい……
誰かを守れる力が欲しい……
僕は……どうすればいいんだ……?」
返事が来るはずない。
それでも祈らずにはいられなかった。
前世の自分。
名前も顔ももう曖昧なのに――
“あの時”、何も出来ずに終わった自分の虚しさだけは、まだ胸に残っている。
(もう二度と……あんな終わり方はしたくない)
願ったのは、ただひとつ。
強くなりたい。
そして――変わりたい。
つぶやいた瞬間、風がそよぎ、
祠の中の小さな鈴が、ちりん、と鳴った。
まるで、祈りに応えるように。
「……偶然だろ。そんなはず……」
そう笑おうとしたけれど、胸のざわめきが少しだけ静まっているのに気づいた。
息を吸い、もう一度そっと手を合わせる。
「明日は……今日より強くなれますように」
ゆっくり顔を上げて、祠に背を向けた。
胸の痛みはまだ完全には消えていない。
けれど――
ほんの少しだけ、前に進めた気がした。




