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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第二節 少年期冒険譚篇 ―始まりの旅路と邂逅― ナティア冒険者編

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第十四話 「初めての依頼と、胸に残る痛み」

翌朝。

決意して眠ったはずなのに、胸の奥に残ったざわつきは消えていなかった。


陽の光は眩しいけど足取りは異様に重かった。


理由はひとつ。

――昨日、ギルドで浴びた嘲笑だ。


扉の前で深呼吸をする。

だが、鼓動の速さはおさまらない。


(……また、昨日みたいに笑われるかもしれない)


覚悟を決めて扉を押す。

木の扉がきしむ音が、やけに大きく響いた。



中に入った瞬間、数人の冒険者がこちらを振り返る。


「昨日のガキだろ」

「まだ帰ってなかったのかよ」

「なんだその顔。女みてぇに綺麗で細っこいくせに、剣なんか持ちやがって」


――肌に刺さる、嘲り混じりの視線。


アイザックの顔立ちは、幼い頃から“男の子にしては綺麗すぎる”と言われてきた。

母譲りの金と赤と茶の混じる瞳。

父譲りの柔らかな輪郭。


少年にしてはあまりに中性的で、大人も子どもも二度見するほどだ。

だが今日は、その綺麗さがただの嘲りに変わっていた。


(……無視だ。昨日みたいに騒ぎにはしたくない)


受付へ向かうと、銀髪の受付嬢――ミーナが気遣うように微笑んだ。


「おはよう、アイザックくん。今日は……依頼、受けてみる?」

「……はい。お願いします」


震えないように声を整えながら依頼板を見る。

初心者向けの採取依頼が並んでいた。


「これ……ヒーラ草の採取、受けます」


その瞬間、背後からまた声。


「採取かよ、妥当だな」

「Fランクだしな。背伸びしねぇだけマシだろ」


拳が震える。

爪が手のひらに食い込む。


(……今は堪えろ)


依頼票を受け取り、ギルドを出た。



エルドの森へ続く道は静かだ。

けれど胸の奥では、昨日の嘲笑が何度も反芻されていた。


(僕……本当に冒険者になれるのか……?

 強くなるって、こんなにも怖いものだったっけ)


森の湿った土の匂いが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。

ヒーラ草の採取は順調だった。


――その時。


「……キュゥ……」


弱々しい鳴き声が聞こえた。


草むらをかき分けると、そこにいたのは小さなドリンブルの幼体。

足を怪我しているのか震えており、怯えた瞳でこちらを睨む。


「……痛いのか」


そっと近づくと、幼体は鼻を鳴らして後ずさった。


剣の柄に触れた瞬間――胸が締めつけられた。


(……これを、僕が……殺すのか)


母の言葉が過る。


『命を奪う時こそ、覚悟がいるのよ』


父の声も重なる。


『剣は振るうたび、自分の心を削る』


そして前世の記憶の残滓――

誰かを傷つけたあとの、涙と後悔だけが蘇った。


(……なんで震えてるんだ、僕……)


家畜処理の手伝いは平気だった。

もちろん食べるときは命を頂くことに感謝している。

でも――自分の手で、生きた命を絶つことになると、足がすくむ。


剣をわずかに抜いただけで、喉が苦しくなる。

涙が滲む。

呼吸が乱れる。


「……ごめん。僕……怖いんだ……」


その瞬間、幼体が恐怖に耐えきれず突進してきた。


「っ!」


反射的に剣を抜く。

斬ろうとした――まさにその刹那。


胸が ズキィッ! と痛み、腕が硬直した。


――“まだ違う”


誰の声か分からない。

けれど確かに胸の奥で響いた。


咄嗟に鞘の腹で軌道を逸らす。

幼体は転がり、森の奥へ逃げていった。


膝が崩れる。


「……ごめん……痛い思いさせて……ごめん……」


森はただ、風が木々を揺らす音を返した。



戻って報告すると、ミーナが眉を寄せた。


「アイザックくん……今日、顔色が……」

「……大丈夫、です」


だが背後から、また声が刺さる。


「泣きそうな顔してんぞ?」

「採取でそれかよ。帰れ帰れ」


胸が焼けるように痛む。

なのに声が出ない。

悔しさだけが滲む。


ミーナは彼の震えに気付き、そっと報酬袋を差し出した。


「今日は……ゆっくり休んでね」



宿――「風灯り亭」。


扉を開くと、暖炉の火がぱちぱちと弾ける音。

木造の温もり。

家に帰ったような安心感。


「おかえり、アイザックちゃん」


女将のラナ・フォールドが微笑む。

朗らかで、どこか母に似た温かさがあった。


「……ただいま、戻りました」

「今日は少し顔が沈んでるね。ちゃんと食べなきゃだめだよ?」


そこへ、娘のエマがひょこっと顔を出す。

十五歳、快活で人懐っこい少女だ。


「おかえり、アイザックくん。……今日も顔、綺麗」

「えっ……」


あまりにまっすぐな言葉に、アイザックは固まる。


「変な意味じゃないからね?」

エマは笑った。

「森帰りなのに肌ツヤいいし。うちの弟なんか泥まみれで帰ってくるのに!」


「姉ちゃん言いすぎ!」


カウンターの影から顔を出したのは弟のリオ、十歳。


「アイザック兄ちゃん、今日は魔物倒したの!?」


「……倒してないよ」


そう答えると、ラナとエマが自然と表情を和らげた。


「そっか。でもいいのよ?」


ラナが優しく肩に手を置く。


「何を斬るかより、自分がどう向き合うかが大事だからね」


エマも横で頷いた。


「うん。泣きそうな顔で帰ってきても、ここでは何も気にしなくていいんだよ?」


二人が横で励ますように微笑む。


胸がじん、と熱くなる。


「……ありがとう」


ラナが手を叩く。


「さ、夕食の準備ができてるよ。今日はウチの名物、野菜シチューとハーブ焼きだよ」


「……はい」


食堂のテーブルに案内されると、温かな香りがふわりと鼻をくすぐった。

湯気を立てるシチュー、香草の香りが立つ焼き野菜、柔らかいパン。


いつもなら、自然とお腹が鳴るはずなのに。


(……何も、食べたくない)


スプーンを持つ手が、わずかに震えた。


エマがそっと覗き込む。


「……あんまりお腹すいてない?」

「……うん。少しだけ……」


リオが心配そうに眉を寄せる。


「兄ちゃん、もしかして体調悪い? 痛いとこある?」

「ちがうよ。大丈夫……ただ、ちょっと疲れただけ」


ラナは何も言わず、静かにアイザックの前に温かいパンを置いた。


「無理に食べなくていいんだよ。ただ――少しだけでも口にすると、心が温まるからね」


その優しさが胸に刺さった。


パンを小さくちぎって口に入れる。

噛もうとすると、喉がきゅっと塞がる。


(……駄目だ。喉を通らない)


シチューの湯気を眺めるだけで、胸が苦しくなる。


「ラナさん……ごめんなさい。今日は……これくらいで……」


ラナは静かに微笑んだ。


「いいんだよ。人間、食べられない日だってあるさ。

 気持ちが疲れたときは……心がご飯を拒否するんだよ」


エマも頷いた。


「うん。無理に食べたら余計つらくなるもん。

 大丈夫、明日になれば、また食べられるよ」


「……ありがとう」


ラナに見送られながら階段を上がる。


胸が痛くて、脚が重い。


(……強くなりたいのに。

 なのに……こんなことも、できないのか)


部屋に戻り、扉を閉めた瞬間――

押し込めていた感情が一気にあふれた。


「……斬れなかった……魔物なのに……ただの幼体なのに……」


悔しさ、情けなさ、優しさゆえの痛み。

それらが混ざって涙となり、静かに頬を伝う。


けれどその奥には、確かな想いが芽生え始めていた。


「……強くなりたい。

 奪うためじゃなくて、守るために。

 誰も傷つけずに済むくらい……強く」


それは――

小さくても消えない、確かな決意だった。

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