おまけ ローグという男
「君は自分を捨て去ったのか!」
私の素晴らしき夫の姿を一目見て、サマエルはエセルに友好的な挨拶をするどころか吐き捨てる様にして言い放った。
エセルは当たり前だが、全部ミミの言うがままなのです、という風に私に助けてという目線を寄こし、サマエルはそんな目線を知っている癖に私を無視してさらにエセルを追い詰めるべく口角泡を飛ばした。
「君はドルイドだったはずでしょう。森羅万象を肌で感じ、自然と一体化するべくのあの姿だったはずじゃないですか。これではいけない!歴史的生活様式保護法は、人類の記憶や歴史を保持させるが為のものじゃないですか。この世界の生活様式に馴染めない古代の再生された人々が、君の行動で己の存在意義を否定されるとことにはならないか!いや、なるはずです!君は彼等の先鋒であり象徴であり主張的存在でなければならないはずなのです!いや、そうあるべきなのだ!」
「すいません。ローグ長官。」
階級が上になってもいつまでもサマエルの部下である感覚が抜けないエセルは、サマエルの言葉通りに制服のボタンを外し始めた。
いや、普通に彼の中の裸族が服を脱ぎたいと、これは良い機会だと彼を動かしているのかもしれない。
「え、ちょっと!脱がないでよ!脱いでどうするの!」
私は裸族に戻ろうとし始めた夫の手を止めるべく動いた。
まぁ、抱きついたってだけなのだが、常に私とべたべたしたいと考えている彼は簡単に私の腕の中で動きを止めてくれた。
「邪魔をするんじゃない!これは社会的で大事な問題なんだ!」
「うるさいわね!自分の時には服を着てくれなかったからって、エセルの服を脱がそうとしないでよ!大体、エセルにパンツを履かせろって言っていたのはあなたじゃないの!」
「ミミ。ローグはそんな小さな男じゃない。彼はこの世界のバランスを常に考えて生きているんだ。いや、生かされている、かな。」
私は若きミュージシャンにしか見えない外見をした男を見返し、彼が長官から次に食料自給推進供給局の長官となって食料の増産に力を注ぎ、次には厚生局にて難病対策に力を注ぎ、その後は現在の召喚獣管理局公安部長に納まったという三度転生してその度に世界を助けるために生きてきた事実を思い出した。
そして、やっている事はどの人生でも素晴らしいが、一番最初の自分で立ち上げた召喚獣管理局の長官にこそなぜ就任させられなかったのかと、常々不思議に思っていたことをこの機会に聞いてみた。
「ねぇ、どうして召喚獣管理局の長官をおかわりしなかったの?伝説の長官だったのでしょう。本当は部下達に嫌がられていたワンマンな長官だったの?」
サマエルは失礼な私に対して怒りを見せるどころか、完全に脱力した好々爺の表情でエセルをすっと指さした。
「え、エセル?」
「こいつが俺がいない間にディノニクスやらヴェロキラプトルを召喚して、食料供給どころか人間が食料に供給されそうになっていてね。俺がその修正というか、捕獲した肉食恐竜を取りあえず食料ラインに乗せて、こいつにまともな家畜を召喚させる監督をしなければいけなかったんだ。」
「仕方がないじゃない。ミミは恐竜が好きだった。恐竜がいっぱいだったら生まれ変わってくるかなって、普通は思う。」
エセルが散々に漁っただろう私の通学鞄に入っていたはずの箸箱には、そういえば首長竜がモデルのキャラクターが描かれていた。
「プ、プレシオサウルスこそ呼び出さなかったのは、どうして、かな?」
「うーん。ミミがもっと喜びそうなのはあっちかなって。」
私は私の為に世界を滅ぼそうとした男を突き飛ばし、サマエルに向き合った。
「で、では、厚生局は?」
サマエルはハハハと乾いた笑い声をあげた。
「ごめん。なんとなくわかった。変な病気を呼び出しちゃったのね。彼が。」
しかし、当のエセルは偉そうにふんぞり返っている。
「あら、違ったの?」
「ううん。ミミの言う通り。でも、ローグ。一言言わせてもらうけど、俺は新たな人間も沢山召喚したよ!」
「絶滅していた天然痘の罹患者をそのまま召喚しただろうが!地球時代に撲滅された病原菌をどうしてわざわざ連れてくるのかな!」
「だって、ミミがヴェルサイユって言っていた!本も持っていた!」
友人から借りていた古いマンガ本などを、どうしてあの日に返そうなんて鞄に入れて置いてしまったのだろう。
私は申し訳ないと最初のサマエルに抱いていた鬱憤など全て忘れ、冷めてしまったお茶を淹れ直す事にした。
「あ、ミミ。」
「うん。お茶を飲もう。それで、サマエルは我が家に泊るの?泊まるんだったら、胃潰瘍の人にも優しい和食を私が作るけれど、どうする?」
サマエルは年齢通りの枯れた老人のようにして再びソファに座り、だが、私の秘書が溜息をつくだろうぐらいに洗練された仕草で茶碗を口に運んだ。
「ああ、お茶が美味しい。お医者がね、ストレスをため込むよりは吐き出した方が体にいいって言うからね。」
「そっか。いつもうちの夫がごめんね。」
「ねえ!で、俺は服を脱いでいいの?」
サマエルが何度も再生を望むのは、再生されないとエセルに確実に召喚されると分かっているからだ。
エセルが生き続ける限り再生され続けてエセルの見守りを押し付けられるだろう、名前どころか天使そのものの不幸な男に、茶わん蒸しは好きかな、と、私は服を脱ぎたいだけの裸族を放って尋ねていた。




