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お風呂に入りたい

 三日歩いた私の足は豆だらけになり、四日目はファーディアが私を背負ってくれた。

 私は嬉しいが、それ以上にファーディアにすまない気持ちで一杯だ。


「ごめん。私は臭いでしょう。私も自分が臭いもの。」


「平気。ミミの臭いは嫌いじゃない。」


「やっぱり臭いんじゃない。エセルはどうして臭くならないの?」


「体を洗っている。」


「……どこで?」


「普通に川があるじゃないか。」


 温泉でもあるのかと思った私が馬鹿だった。

 この寒冷地仕様の男は、この晴れている癖に突然雪が降って来て、でも晩夏などというらしいふざけた土地で寒いと言った事が無いではないか。

 ローブ1枚という格好で。


「でも何時?あなたと私は常に一緒じゃない。どうやって体を洗っているの?」


「犬になって、小川に飛び込んで、ブルブルして、終わり。」


「いいな、それ。」


 本気で私はそれが羨ましかった。

 そして、私も犬になれたら、もっと早く目的地に走って行けるだろうにと、本気ですまないとファーディアに思ってしまった。

 私は完全に彼へのお荷物となっている。


「もう少し歩くとミミでも体が洗える池がある。そこで体を洗え。」


 私は凍死するなと覚悟を決めた。

 でも、臭くて体中が痒くて死にそうなのだから、ファーディアの言う通りにしようと観念した。

 ファーディアに臭い女だと思われているのは、乙女として本気で死にたいシチェーションなのである。


 けれど、ファーディアは、私が思っていた以上にドルイドだった。


 森羅万象というか、この島の地理を抑えていた男は、どこの道が敵兵に遭遇する可能性が低く、どこに食べ物となるものを狩れる所があるのか、さらには、どこに私が望むような温泉らしきものがあるのかを、完全に熟知していたのである。


 彼が私を連れて来たそこは、森の中の池というには小さすぎて、コイが泳げる庭池程度の大きさしかなかったが、水の表面はうっすらと湯気が出て、足を入れればほんのりと温かいという、夏のプール位の温かさはある水を湛えたものだったのだ。


「よかった。このぐらいの水温があるなら、あたしだって水風呂できる。ありがとう、エセル!」


 彼は火を熾していた。


「エセル?薪は危険だっていつも。」


「そうだけど、薪が無いとミミが病気になる。敵が来たら俺が囮になる。ミミは逃げるか隠れるんだ。」


「わかった。」


 彼はむっとした顔を私に見せた。


「どうしたの?」


「いや、別に。」


 声も苛立っているようだが、彼を宥める余裕などない。

 私は今、清水寺から飛び降りるくらいの気持ちで、目の前の水風呂に挑もうとしているのだ。


 つまり、ファーディアの目の前で裸になる、ということだ。


 臭くなった靴下を脱ぎ、スカートを脱ぎ捨て、シャツを脱ぎ捨て、ぶ、ブラジャーと、ぱ、パンツを脱ぎ捨てて、私は裸族になった。


 そして、私の体に何の驚きの声も素振りもあったようには思えない後ろの人間に、ほっとさせられるよりも情けない気持ちとなりながらも水風呂に浸かった。


 そこからの私はファーディアの存在など忘れた。


 痒い、臭い、気持ち悪いからの脱出の為に、一心不乱に体を水の中で扱いていたのだ。


 女の子は鞄に歯ブラシセットが必ず入っているものであるからして、臭くなった靴下に歯磨き粉をつけてボディタオルにして、それで体を洗うという力技だ。


「あぁ、背中が痒いのに届かない。」


「やってやる。」


 私の持っていた靴下はファーディアに奪われた。


 抗議どころか、私は完全に硬直した。


 彼に触れられる、そんな緊張で、乳首がツンっと立ってしまった。


 だが、そんなことに気付いているのかいないのか、彼の左手は私の左肩をそっと優しく触れる様にして押さえ、私の背中を洗いだしたのだ。

 背中を撫でる彼の右手による靴下の動きは、洗うというよりも、まるでマッサージを受けているような心地良さだ。


 恥ずかしいよりも心地よさに私はほおっと吐息が漏れた。


 腰につんと何か硬いものが当たり、何だと振り向く前に私の後ろに立っていたファーディが大きな動きを見せて後ろを向いた。


「こ、今度は俺の背中も洗ってくれ!」


 あぁ、交代の合図でつつかれたのかと私は靴下を彼から受け取ると、彼がしてくれたように彼の背中を洗い始めた。


「くすぐったい。もっと強く。」


 歯磨き粉を付け足すと、今度はごしごしと、だけど、彼の背中の傷跡を痛ませないようにと靴下を右に左に上に下へと動かした。


「あぁ。気持ちがいいね、これは。首の付け根の辺りも。」


「よし。」


 だが、一五五センチ無い私には、一八〇を超える大男の背中の上部などとても無理だ。


 私は彼の左肩に左手をかけて、自分の体を持ち上げる様にしてつま先立ち、彼の首筋に手を伸ばした。


 ぺと。


 きゃあ!私の乳首が彼の背中に当たってしまった。

 小さいと思っていたが、でっぱりではあったようだ。


「うわ、ごめっ。」


 彼から手を離そうとした瞬間、彼が前のめりに体を折った。

 そこで肩に手を置いたままの私は、今や彼の背中に覆いかぶさっている状態だ。

 もう完全に、裸の身体が彼に背中にぴったりとくっついてしまっているという状態なのである。


「ご、ごめん。」


 起き上がろうとしたが、彼は私の左手をがっちりと捕まえた。


「ミミ。頼むから、今は動かないでくれ。」


「どうしたの?」


「それも聞かないでくれ。」


 一体どうしたのかと思うが、私の背中はとても寒い。


「くしゅ。」


「わぁ!ごめん!」


 ファーディアは慌てて体を起こし、私はざぶんと池に沈んだ。


「わぁ、本当にごめん!」


 ファーディアは私を池から抱き上げると、そのまま薪の方へと運んで行った。

 きれいになった体は清々しく、彼に後ろから抱き締められる体は温かく、毛布の代りに二人で包まっている彼のローブは彼の臭いがした。

 それは臭いというのかもしないが、私には嫌な臭いには感じなかった。


――ミミの匂いは好きだ。


 私もファーディアの匂いが好きだ。


「あぁ、気持ちがいい。このまま眠ってしまいたい。」


「ダメ。」


「ダメ、なの?」


「だめ。」


「どうして?」


「俺が君を襲ってしまう。」


 少ない知識からだったが、私は彼の言葉で彼の先ほどまでの不可解な動きをようやく理解し、そして、彼が私の体に興奮してしまった事に興奮していた。


「えと。私はファーディアが好きだからかまわない。」


 しかし彼は私を抱く腕を強めただけだ。


「俺は破れない誓いがあるんだ。」


「そっか。」


 単なる男性の生理現象でしかなかった事を勝手に思い違いしていたと、私の興奮は一瞬で下がり、自分が凄く厭らしいものにしか見えなくなった。



 彼が私に望むのは、単なる親友か旅の道連れでしかないであろうに。

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