棒を持ったら六倍強い
私は今日もファーディアの背中の上だ。
今日は申し訳が無いと断ったのに、歩けそうだったのに彼が有無を言わさない勢いで私を背負ったのだ。
「私はいいけど、エセルが疲れちゃうでしょう。」
「平気。俺はミミを背負うのは好きだ。重くない。」
「私もエセルにおんぶをされるのは好きだ。とってもらくちんだ。」
私は彼にしがみつき、彼の肩に頭を乗せた。
昨日のお風呂でわかった事は、私の方が彼に恋をしていて、彼は私に友情しか持っていないという事だ。
昨日は涙が出ないように頑張ったが、ファーディアの不幸を泣いた時よりも私の心が痛かったのは、私が自分本位の人間でしかなかったという証拠だろう。
「ふふふ。」
彼は私を背負ったまま私のパラパラ漫画を繰り返し読みながら歩いており、まるで二宮金次郎の銅像のような状態だ。
「そんなに気に入ったの?パラパラ漫画。」
「うん。ミミが書いたものだ。ミミみたいに楽しい。」
「エセルも描いてみる?」
「どうやって?」
私は彼の背中から降りると鞄から筆箱を取り出し、使わないけれどいつも削ってある赤鉛筆を取り出して彼に渡した。
「なんだ、これは。」
「絵が描ける魔法の杖。」
そして私達は適当な所に座り、エセルは初めて手にする赤鉛筆に感激しながら、私の鳥の隣に少しずつ何かを書き込み始めた。
小さな点はどんどん大きくなって、パラパラとめくっていくと――。
そこで、とても嫌な臭いが私達の鼻を突きさして、私達のひと時の邪魔をした。
風呂が大好きの筈のローマ人でも、風呂が無ければ入れやしない。
一人でも昨日までの私を十倍臭くしたような体臭だった。
それが三人だ。
「ミミ、逃げろ。」
「うん。一人は片付けてから逃げる。」
「昨日は逃げるって約束しただろ。」
「逃げるよ。だから、エセルもあんまり危ない事をしないでね。」
彼はハハハと楽しそうに笑い声をあげ、私は樫の木の棒を構えた。
棒を持ったら三倍強は、試合の時だけだ。
そして、剣道の試合は勝ち負けではなく、どのように戦ったのかという事こそ大事にされる。
対戦者への侮辱行為に反則攻撃などもってのほかだ。
すなわち、反則攻撃が出来れば、私は六倍強かもしれない。
「めん!」
絶対にしてはいけない、試合の開始合図など聞かずに渾身の攻撃。
相手はヘルメットをかぶっていたが、確実にかなりの衝撃を受けた筈だ。
目の前の敵は一人戦線離脱だ。
右斜め後ろにいた男が前に出たが私は屈み、絶対にしてはいけない足払い攻撃を敵の足に施した。
「足払い!そして、つき!」
言葉の通り、足を払って転ばせた奴の腹に棒を付き込んだのだ。
そして、最後の一人。
少々体重がありそうな大柄の男は、仲間が二人倒れていてもにやにやと笑うだけという、対戦相手としてはとても嫌な相手である。
「うーん。エセル、私は逃げようか?」
「最後までお願いします。」
「よし!」
私はガッツポーズを取った。
そして、力を込めて男に棒を振り下ろし、相手が構えたところで渾身の力を込めてがら空きの胴を横へと振り払ったのである。
「げぇ。」
それが、最後の敵の最期の言葉だった。
まぁ、全員死んではいないが。
「ミミは俺を置いて逃げるつもりは最初からなかったんだね。」
「うん。だからさ、危ない時は一緒に逃げよう。って、エセル!」
私は後ろから彼に抱きしめられ、そして顔を持ち上げられ、彼の顔を見る様に持ち上げられた私の唇には、なんということ、彼の唇が重なったのだ。
ほんの一瞬だけ。
だが、あぁ、なんて彼の唇は柔らかいのだろう。
そして、ほんの一瞬だけの触れ合いが、私の身体から骨という骨を失わせた。
私はヘロヘロと力が抜け、だが、彼はそんな私を支え、そして、震えている彼は私の状態に笑い出しているのかもと思ったが、彼は涙を流していたのである。
彼の涙で私に骨が戻り、私は自分の足で立った。
今度は私に寄りかかるファーディアを支える様にして。
「エセル?」
彼ははあっと大きく息を吐き出すと、右手で大きく自分の顔を拭い、今度は大きく息を吸った。
「エセル?」
「――すまない。」
「うん。私達は友達だもの。友達もキスをするものでしょう。気にしない。」
泣きたいのは本当は私の方なのに、彼は再び泣き出した。




