ドルイドはお尋ね者
私達は取りあえず死体置き場から逃げると、もう使われない獣の穴倉を見つけて中に隠れた。
火を焚けないからと二人でくっついて体育座りをして語り合ったが、彼はファーディアという名前のドルイドだと言い、ローマ兵に追われている賞金首なのだと笑った。
ただし、人前ではファーディアと呼んではいけないと念を押された。
「ドルイドは本名を知られたらいけないんだ。」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「君の好きな名前で。」
「じゃあ、ポチとか。」
彼は物凄くむっとした顔をして私を笑わせた。
私は意地悪を止めると、漫画か小説を書けるのだったらこんな名前を男性主人公に与えようと考えていた名前を口にした。
「素敵だ。」
「でしょう。」
そして私の名前をいつ聞くのかとニコニコしていたが、ファーディアは私の名前を聞こうともしないようであり、切れた私が自分の名前を自分から言うという情けない流れとなった。
「うん。では君をミミと呼ぶ。」
「人の名前を何だと思ってんだ。全否定するなよ。」
「いや。真実の名前は危険だ。知られたら敵に支配される。」
「そっか。わかった。それでいいよ。それでって、どうしたの、どこかが痛いの?」
私の隣に座っている彼が、私の左肩に頭を乗せ、なんと力が抜けたようにぐんにゃりとしてしまったのである。
彼は馬に引きずられるという拷問を受けていたばかりだ。
「エセル!エセルバート。大丈夫なの?」
彼は目を開け、二、三度頭を振ると、再びにっこりと笑顔になった。
私の心臓は二、三度完全に止まった感じになった。
「えぇと、エセル。」
「ごめん、眠くて。ローマの法ではドルイドは見つけたら殺せということでね、彼らが来てから俺はゆっくり寝ていられたことがなくてね。はは。」
「笑える話?家族はどうしたの?あなたは匿ってもらえるところはないの?」
「みんな死んでしまった。俺はまだ見習いで杖も無い。」
パクスロマーナの裏側の不幸な話なのだろう。
彼は生きる限り追われ続け、生きるためには逃げ続けなければならない。
「ねぇ、でも、狼に変化したりできるのね。凄いわ。」
彼は物凄くきれいな青緑色の瞳をぐるぐると挙動不審に動かすと、物凄く駄目な人なんじゃないかと私をがっかりさせた。
「な、なんのことかな。」
頭を叩いてやっていいのだろうか。
「あなたでしょう。あの犬は。」
ファーディアはすいっと私から顔を背け、そこで私は人が獣に変わるという事こそ人に受け入れられない点では無いかと思い至ったのだ。
もしかして、私に脅えられたり逃げられるかと心配したのか?
そんな風にしか考えられないファーディアが哀れで、けれど、可哀想なところが可愛いと思う自分も否定できないと、彼に自分はいつまでも友人だと告げるべきだと考えた。
「見通していたとは、さすがに妖精だ。」
私は隣に座る馬鹿者を突き飛ばしていた。
彼は嬉しそうに笑いながら転がり、けれど、そろそろ食べ物を探すと立ち上がった。
君はお腹が空いているでしょう、とも。
「う、うん。お腹は空いているけどさ、あなたは眠いんでしょう。いいよ、寝な。私は棒さえあれば三倍強くなるの。だから、大丈夫。」
適当な所で拾った枯れ枝は、竹刀と比べれば太くて持ちにくいが、樫の木だったのか硬く強度があった。
剣道二段の私に持たせれば、これは立派な凶器になることが出来るはずと、私を確信させるものだ。
私がその棒を振って見せると、ファーディアは少々むっとした顔をした。
「あなたがなんとかなると私が困るでしょう。」
彼の機嫌はすぐに直った。
もう、うきうき風に大変化だ。
「でも、今すぐ何かを探さないと。ほら、森はすぐに真っ暗になる。」
森に対して彼は右手を掲げたが、右腕の下側は皮膚が擦り切れてボロボロで、今はローブで見えない部分も、赤く擦り切れている所がたくさんあるのだ。
彼の怪我に常に持ち歩いていた傷薬を塗り込んでやったのは、この私なのである。
私は鞄の中身をごそごそと探ると、友人から貰った白い砂糖がかかっている萩焼のような外見のせんべいを数枚手渡した。
「これをあげる。まずはひと眠りしなよ。今は安全なんでしょう。だったら寝れるときに寝た方が良い。」
彼は受け取ったおせんべいを齧っておいしいと泣き、食べ終わると私の言う通りに私の肩を枕にして目を瞑った。
「あぁ、気持ちがいい。誰かと一緒は久しぶりだ。俺はこのまま死んでもいい。」
それこそ本心なんだなと、私は可哀想な彼に涙が零れていた。




