ドルイド
大きなチョコレート色の犬は五人の雑兵達を次々と倒し、全てが終わると私の目の前をとことこと歩いて去っていった。
私は死体から目を背け、意識も背け、とにかく何もなかったを通そうと心に決めてその場を立ち去るべきだと脳みそは命令するが、私の身体はなんの反応もしなかった。
だってそうだろう。
単なるコスプレと行き過ぎた虐め。
行き過ぎたいじめに関してはとても許せないが、義憤を抱いて仕返しを考えても、実際に目の前で人が惨殺される情景などおしっこを漏らすぐらいに非現実的なのだ。
漏らしてしまったかもしれないが。
「ひゃあ!」
私の身体は宙にほんの少し浮いてしまった。
動けなかった私は大きな腕にひょいと持ち上げられたのだ。
持ち上げた男はローブの男だが、首筋や手や、そして口元まで赤い血がついていた。
それだけで断じられた自分の思考回路こそ壊れていたのかもしれないが、彼があの犬だったのだと私は脅えながらも完全に理解していたのだ。
私は食べられるの?
しかし男は私に食らいつくのではなく、私を子供のようにして抱き上げているだけだった。
脇に手を入れられて持ち上げられていると言った方が正しいが。
さらに、ビクつく私に追い打ちをかけたいのか、完全に捕獲された生き物状態の私に向かって、彼はもそもそと喋りかけてもきたのである。
「な、何を言っているの?私はヒアリングは苦手なの。」
彼が喋っている言葉は英語ではない気もしたが、何語であろうと日本語以外を私が理解出来るわけはない。
そして、きっと彼も。
彼は何度か私に同じような発音の言葉を投げかけて来たが、私がそれを理解することは一生無いだろう、いつ気が付いてくれるのか。
彼が私への語り掛けを続けるうちに私は彼への恐怖は消えていき、その代わりに延々と続くこの状態に痺れこそ出ていた。
「だから、わかんないって。」
私の取りあえず自由な手は、彼の口元をぴしゃりと叩いてしまった。
「あ、ごめんなさい。わざとじゃない。ごめん。ほんとうにごめん!」
叩いた手で彼の口元を撫でると、うわ、ビロードみたいな触感で、背中がなんだかぞわっとした。
怖いとかじゃない。
初めて感じた、ぞわ、だ。
「ええと、あの。」
ミントチョコの化身の男は、チョコレートよりも魅力的に微笑むと、私の両脇に差し込んでいる手に力を込めた。
ちょっと痛いが、それによって私は完全に身動きできず、さらに、彼の唇が私の顔に迫っているのだ。
なんだ!
何をする気だ!
彼は私の唇に自分の唇を重ねる手前で、ふぅっと私の口元に吐息を掛けた。
「きゃあ。何をするのよ!」
彼は大きく笑い出すと私の抱き方を変えた。
つまり一度私を下に降ろすと、左腕を私の腰に回して自分に引き寄せ、そして、右手の人差し指でトントンと自分の口元を叩きながら私に顔を近づけてくるのである。
「え、何?わかんない。」
彼はふぅっと軽く吐息を吐き出し、また自分の口元をとんとんだ。
「もしかして、あなたがしたのと同じことをしろと?」
彼は頭がもげると思うくらいに、彼の頭を上下させた。
それから、彼はまた再び私の口元に唇を寄せて来た。
秀でた額。
彫は深いが愛嬌もある二重の目元を笑い皺が優しく飾り、形の良い鼻の下には厚すぎない薄すぎないが意志の強そうな唇が微笑む。
私は熱に浮かされた様になって、そして、どこかがしゅんと弾けた様な気もしながら、彼の願う通りに彼の口元に吐息を掛けた。
「よし、これで会話ができる。」
「うわぁ、喋っている!喋った!日本語喋った。」
「ニホンゴ?妖精の言葉か?お前は俺の助けだ。本当に召喚できるとは思わなったぞ、妖精よ。お前はなんという種族の妖精なのだ。ニホンゴか?聞いた事は無いな。小さいからな、ドワーフの種族か?」
私はゲームや小説の中で知っているドワーフの姿が頭に浮かび、目の前の、言葉が通じるまでは良かった男の顔面をぴしゃりと叩いていた。
6/6 加筆修正。




