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 男は女の方に目をやりますと、そこには女の姿はありません。男が記憶の中から引っ張り出してきた、幻聴だったのかもしれません。なにしろ男は、相当に酔っ払っていましたから。


 男は小鳥を手に取って、窓際の淵に置きます。小鳥が呼吸をすると、それに合わせてお腹のあたりがふくれたり、小さくなったりしました。


「完成したんだね」


 小鳥は言いました。


「ごめんね。こんな形で」

「んーん。仕方がない」

「おまえは物分りが良いね。羨ましいよ」

「それで、僕はどうすればいい?」

「飛んで行ってほしい」

「どこに?」

「もちろん、彼女のところに」


 小鳥は男の言葉の意味を考えるように、小首をかしげます。


「なんでそんなことをする必要があるの?よく分からない」

「よく分からなくてもいい。君と交わした約束を、たった一つだけだけれども、きちんと叶えたことを彼女に伝えて欲しい」


 男は、あの時にした約束を、その瞬間を彩るためだけの飾りにしたくはありませんでした。あの約束は、季節が終われば何事もなかったかのように取り外される、クリスマスの飾りみたいなものとは違うのです。


「僕はプラスチックでできているから、きちんと飛べるか不安だよ。うまく飛べなくて、途中で空から落ちて死んでしまうかもしれない。彼女の家にだって、入れてもらえないかもしれないよ?」

「そうだね。でも、飛んできてくれ」

「どうして?」

「どうしてって。だって。おまえが飛ばなければ、話にならないじゃないか」


 男は自分のことを、くだらない人間だと思っていました。だからこそ、せめて約束だけは必ず守るべきだと思っていました。


 あれは、飾りではなく、約束でした。


 男はそのことを自分自身に証明したかったのです。そして願わくば、そのことを女にも伝えたかったのです。もちろん、女がそんなことを望まないだろうことも知っています。


 それでも、小鳥を作り、飛ばさないわけにはいきませんでした。


 男は何の反論も聞き入れるつもりのない顔をしています。

 それを見た小鳥は、諦めて小さくうなずきました。


 スー……、スー……。

 小鳥は深く深呼吸します。


 左右の羽根を、調子を確かめるように、ギチギチと音を立てながら上下させます。ゆっくりと、ゆっくりと。そしてその羽根の上下はしだいに早くなります。ギチギチという音もしなくなります。


 小鳥は台座から大きくジャンプをします。

 バサバサバサ……。


 小鳥は大きな音を立てて、男の部屋の窓から飛び立ちます。


 小鳥はすぐに、うっすらとした淡い闇に飲み込まれます。それから、ゴチンという軽い音がします。まるで小鳥が、木にぶつかってしまったような音でした。それは、男の思いの重さに比べると、あまりにも軽い音でした。


 男は、音のした方に視線を向けます。


 しかしそこには小鳥の姿はなく、わずかに白み始めた明け方の空が、寒々しく広がっているばかりでした。

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