嫌われ令嬢、お尋ね者になる
卒業パーティが終わり、僕ら1年生は新年度に向けての短期休暇に入った。
なぜ、卒業パーティは全校生徒参加なのだろうか。
お陰で面白いものは見れたが、巻き込まれるのはごめんだ。
結局、あれからオーリア様は行方をくらませたままだ。
数日経った今でも、王宮や教会の兵が必死に捜索しているようだが、手がかりすら見つかっていないらしい。
それほどまでにオーリア様が凶悪な力を隠し持っていたのか、それともただ王族や教会を始めとした国の機関がポンコツなだけなのか。
貴族の間では、そんな意見が二極化していた。
どちらにせよ、オーリア様はこの国に混乱を生み出したのは間違いない。
「ケト・ダムソナル。オーリア・カインノーラについて、知っていることを教えてくれないか?」
そろそろ、なりふり構わなくなってきたらしい。
ある日、騎士団の人が我が家へとやってきた。
オーリア様と僕の接点と言ったら、同学年で同じクラスだったことくらいだ。
だと言うのにこうやって、わざわざ皇都から離れた我が領地に足を運んでくるとは。
いくらなんでも時間とお金をかけすぎているのではないのだろうか。
そんなに殿下は、愛しいヒエナ様をいじめたオーリア様が許せないのだろうか。
しかし、いくら考えたところで僕には関係ない。
大人しく指示に従うのが好ましいだろう。
そう思って口を開いた。
「僕が知っているオーリア・カインノーラは、誰とも話さず、教室の隅でひとりでぼんやり外を眺めている人でした。成績は最下位を独占し、授業の出席日数もギリギリ。その上、補習はサボるし、教師陣の悩みの種でした」
こうして口に出して、改めてとんでもないご令嬢だと思う。
厳しいと評判の先生に対してさえ、態度を変えなかったのだから、もはや尊敬までする。
しかし、目の前に座る騎士からは、特にリアクションはなかった。
「…他の生徒が言っていることと、あまり変わらないな。何かほかに、知っていることは?」
「他に…」
そう言われて思い出したのは、学園の校舎裏だった。
いつも昼休みの時間にひとりでふらっとどこかへ行く彼女の後を、一度だけ追いかけたことがあった。
たどり着いたのは人気がなく、日当たりの悪い校舎裏だった。
そこにある石を削って造られた椅子と机で、彼女は透明なグラスにサイコロを3つ入れ、口を下に向けると、一心不乱にそれを机の上で揺らし始める。
サイコロがグラスの中で揺れて、ぶつかる音だけが、校舎裏に響いていた。
………何をしているんだ。
しばらくその様子を眺めていると、不意にオーリア様は顔を上げて、こちらを向いた。
『誰?』
その時、僕はほとんど初めて、オーリア様の声を聞いた。
耳障りのいい、それでいて緊張感の抜けるような声だった。
『…ダムソナル男爵家の、ケトと申します。不躾なことをしてしまい、申し訳ございません』
『ぶしつけ?』
オーリア様は僕の言葉に、首を傾げた。
普通、ご令嬢は覗き見をされたら怒るだろうに、オーリア様はその気配を一切感じさせなかった。
『ぶしつけって、どういう意味?』
『………………』
違った。
オーリア様が首を傾げたのは、それのどこが不躾なんですか?という表現ではなく、ただ言葉の意味が分からなかったからだ。
学年最下位常連の彼女らしいな、と大変失礼なことを考えながら、答えた。
『貴族として品のないことをしてしまい、申し訳ございません、と言いたかったのです』
『ふーん…』
理解したのかしてないのか。
そんな曖昧な返事をして、彼女はまたグラスを振り始めた。
ここにいることを許されたのだろうか。
そう思って、僕は少しオーリア様に近付いた。
その時、ふわりと嗅いだことのない、何かの果物のような甘酸っぱい香りがした。
『…それは、何をしているのですか?』
『こうやって振りながら、サイコロ3つをこの中で積み上げるの』
『……なぜ?』
『できたら、かっこいいなって思って』
『はぁ…』
もうどこからツッコんでいいのか分からなくなった僕は、とうとう話しかけることを諦めてしまった。
それでもずっと、カラカラとサイコロとグラスがぶつかり合う音だけは鳴り止まない。
しばらくして、僕はその場から離れたのだった。
オーリア様と会話したのはそれが最初で最後だ。
それ以外は本当に何も無い。
けれども、抱いていた彼女のイメージを覆す、大きなきっかけではあった。
…一通り思い出した僕は、これは言わなくてもいいだろうと判断した。
だって、こんなこと話したら、僕の作り話かと思われて笑われるか、馬鹿にしているのかと怒られる。
それに、ヒエナ様のパーティでの言動から察するに、彼女はオーリア様が捕えられることを望んでいない。
誰だって、好きな人の味方をしたいものだ。
「…いえ、ありません」
僕は愛想笑いをつくって、そう答えた。
騎士団の方々を見送り一息つくと、父であるダムソナル男爵に声をかけられた。
「なんの話だったんだ?」
「オーリア様について」
「あぁ…」
すっかり有名人となってしまったオーリア様は、その名前だけで人の顔を歪ませる能力が備わった。
すごい才能だ。
「…今、貴族の間で教皇や王族に対する不信感が高まっている。まぁ、お前なら大丈夫かと思うが、慎重に行動するように」
父は頭の悪い人ではない。
広い視野を持ち、頭もよく回る。
領地の民たちからも慕われており、僕もたくさんの愛情を貰った。
この人が父親で良かったと思っている。
僕は父の助言に、素直に頷いた。
「はい」
「ところで、学園でいい人は見つけたか?」
だが最近、二言目に必ずこの文言がやってくるのはいただけない。
生まれてまだ17年も経っていない身で、これから数十年付き添うパートナーを決めるなんて、いくらなんでも早過ぎないだろうか。
「…まぁ、ぼちぼち」
「お前、そうやってのんびりしていると、他の者に盗られてしまうぞ」
もう盗られてるんですよ、王族に。
なんてことは言えず、僕はいつも通り、ヘラヘラと適当な笑顔をつくって、気の早い父親をいなしたのであった。
まぁ、父の気持ちも分からないでもない。
この男爵家を継ぐのは長男であり、次男の僕は継げない。
だからこれから貴族社会でやっていくには、どこかの令嬢の家に婿入りするしかないのだ。
とはいえ、将来を案じてくれている父には悪いが、僕は学園を卒業してから貴族としてやっていく気はサラサラない。
もう手の届かないところに行ってしまったヒエナ様を追いかけても虚しいだけだし、せめてヒエナ様に少しでも近くでお守りできる職に就こう、なんてのも、そのそばで殿下とイチャイチャされたら僕のメンタルがもたないから却下だ。きっと殿下を暗殺してしまう。
オーリア様のようにお尋ね者にはなりたくない僕は、いっそ、どこか遠くへ行きたいと思っていた。
それこそ、旅商人とか。
せっかくこの世に生まれたのだから、色々な国を見て回りたい。
「あ゛〜、貴族やめてぇ〜」
誰にも聞こえないように、僕は空に向かってそんな愚痴を吐いたのだった。




