嫌われ令嬢、逃亡する
「私はここに、オーリア・カインノーラとの婚約破棄、及び、ヒエナ・カインノーラとの婚約を宣言する!!」
貴族の卒業生達を祝福するように飾られた、華やかなパーティ会場、そしてその輝かしいシャンデリアの下で、トージャー王太子殿下は声を張り上げた。
彼は、オーリア公爵令嬢を前に、誰もが憧れるその逞しい腕でヒエナ公爵令嬢の肩を抱き、自分に引き寄せる。
…おい、その腕を離せゴリラ。
力強すぎて、若干ヒエナ様がその細長い眉毛をひそめてしまってるじゃないか。
しかし、たかだか男爵、しかもその次男坊の身分である僕がそんな野次を飛ばしたら、一緒に首が飛んでしまうので、口を噤むしかない。
自分の無力さに打ちひしがれる中でも、僕は無意識にヒエナ様に見とれてしまった。
相も変わらず美しいヒエナ様は、ふわふわと靡くシルバーの前髪から、不安げに揺れる桜色の瞳を覗かせている。
対するオーリア様は、ストンと落ちた鮮やかなブルーの髪で顔を隠していた。
それに、そう言えばこの人の顔を、ちゃんと見たことが無いかもしれない、と思い返す。
「オーリアは魔力がないのにも関わらず、学業を怠り、その上、義姉のヒエナに対し強い妬みをもち、様々な悪質な行為を行い、傷まで負わせた」
これは貴族の間で、有名な話だった。
平民は少量の魔力、貴族は膨大な魔力をもって産まれてくるのが普通である。
しかし、オーリア様は入学時の魔力測定で、魔力がないことが判明していた。
学園が大騒ぎになっているのにも関わらず、彼女は特に反応を示さなかったのを覚えている。
その後、そんな奴がヒエナ様をいじめている、という話が広まった途端、皆はオーリア様を悪女と認識しだした。
公爵家の身分も相まって、この義姉妹は良くも悪くも噂の的だった。
「このような者をいつまでも貴族にはしてはおけない。よって、オーリアを身分剥奪、そして、その余生をこの牢獄の地下で過ごしてもらう」
「…っ!?」
すると、殿下のそばで大人しくしていたヒエナ様が、弾かれたように顔を上げた。
そして焦ったように何やら殿下に言っているように見えたが、何を言っているのかは聞こえない。
一方、罰を突きつけられた本人であるオーリア様は、下を向いたまま、微動だにしなかった。
…生きてる?
普通、声を上げて罪を否定するか、罰を軽くしてもらえるように媚びを売るものだが、彼女は何も言わない。
むしろ傍観者である、周囲の貴族達の方がうるさかった。
ヒエナ様が可哀想だの、オーリア様は悪魔に魂を売っただの。
人気者と嫌われ者は、言われ放題で大変だ。
その時、会場の扉が開かれ、10名ほどの鎧を着た男たちが、一斉に入ってきた。
そして、突っ立ったままのオーリア様を、あっという間に取り囲んでしまう。
たかだか令嬢一人を捕えるのに、大層なお出迎えだ。
「待って、オーリアに触らないで!」
しかし、その時、悲鳴に似た声が上がった。
そう言ったのはヒエナ様で、予想外の人物に兵の進みが止まった。
どうして彼女は、兵を止めたんだ。
誰もがそう思った途端、けたたましい、風の音が鳴った。
ここは室内で、窓なんて開いていない。
誰かの魔法の仕業に違いなかった。
同時に突風に煽られて、倒れないよう、僕はその場で踏ん張る。
そうしていると、会場を照らしていたロウソクの火が消えて、辺りは真っ暗になった。
しかしすぐに風が止んで、ざわつく会場の中、殿下が指示を出したのか、すぐにロウソクの火がつく。
王宮の宮廷魔法使いによって管理されているそれは、つけるのには数分もかからなかった。
「皆、落ち着け!怪我をした者はいるか?何かあれば近くの…っ!?」
殿下は上に立つ者として、指示を出そうとするが、ある場所に目を向けた途端、声が止まった。
その視線を辿ると、先程までオーリア様がいた、騎士達が作った円の内側に行き着く。
殿下がするように、僕も辺りを見渡して、その姿を探した。
しかし、彼女の姿は、どこにも見当たらない。
「…オーリア・カインノーラが逃走した!まだ近くにいるはずだ、探せ!!」
殿下が焦ったように、声を張り上げる。
華やかだったパーティ会場は、一瞬にして、不穏の色に染まってしまった。




