↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
秋──鈍感にも限界がある

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/126

屋上の独り言

 昼は結局、(りん)の言った通りいつもの場所で食べた。卵焼きを2切れ取られて、唐揚げの話を1回された。それだけだ。


 放課後のホームルームが終わると、教室から人が減っていく。桐生(きりゅう)は「部活遅れる」と言いながら鞄も持たずに走っていった。つぐみはひなたに呼ばれて、二人で先に出ていく。廊下でひなたが何か言って、つぐみが笑う声が遠ざかっていった。


 隣の席で、(りん)が教科書を鞄に入れている。


「今日、真っ直ぐ帰る?」


「ああ」


「......そう」


 (りん)はそう言って、鞄の口を閉めた。閉めてから、また開ける。中を確認するみたいに覗き込んで、それからもう一度閉めた。


「どうかしたか」


「......図書室、寄る」


「じゃあ待ってるよ」


「......昇降口でいい」


 (りん)は立ち上がって、先に教室を出ていく。扉のところで一度足を止めて、何か言いかけた。だが結局そのまま出ていった。


 誰もいなくなった教室で、俺は自分の机に頬杖をついたまま座っている。日直が消し忘れた黒板の隅に6限の英語の例文がまだ残っていた。


 後ろの扉が開く。


「おー、まだいた」


 振り返ると、体操着姿の桐生(きりゅう)が首だけ突っ込んでいる。


「部活だろ、お前」


「ボール取りに来ただけ。ロッカーに入れっぱなしだったんだよ」


 桐生(きりゅう)は教室の後ろのロッカーを開けて、バスケットボールを1つ引っ張り出した。それを小脇に抱えて、また扉の方へ戻っていく。


「じゃあな」


「おう」


 扉が閉まる。廊下を走る足音が遠ざかっていった。用件はそれだけだったらしい。


 俺は鞄を持って立ち上がった。廊下に出ると、掃除当番がまだモップを引きずっている。俺はその横を通って、階段の方へ歩いた。


 昇降口は1階だ。下りればいい。


 なのに足は上の段を踏んでいた。2階の踊り場で一度止まって、それからまた上った。3階を過ぎる。4階も過ぎる。その先はもう屋上しかない。


 屋上への階段は薄暗かった。踊り場の窓から入る夕方の光だけが、段の縁を照らしている。文化祭の日もこの明るさだった。あの日は上の方から音楽が漏れていて、俺はそれを頼りに上った。


 鉄の扉のノブに手をかける。文化祭の日、ここは開いていた。本当は施錠されているはずの扉だ。


 押すと、今日もあっさり開いた。


 誰もいない屋上に、秋の風が吹き抜けている。給水塔の影がコンクリートの上に長く伸びていた。排水口のところに落ち葉が溜まって、風が来るたびに数枚が浮き上がる。


 フェンス際まで歩いて、そこに手をかけた。眼下の校庭では部活の生徒たちが走っている。声はここまで届くのに、内容までは聞き取れない。


 あの日、(りん)はこのフェンスに寄りかかって空を見ていた。


「怖い。また、いなくなるかもしれないのに」


 (りん)はあの時、この位置に立っていた。フェンスの継ぎ目のところだ。俺は今、同じ場所に手をかけている。


「俺はどこにも行かねえよ」


 自分が返した言葉も、そのまま残っている。


 あの日は下の階から文化祭の音楽が上がってきていた。今日は何も聞こえない。校庭で誰かが号令をかけて、それに応える声が重なるだけだ。


 空を見上げる。秋の空は高く、雲一つない青が広がっていた。


 フェンスを握る手に、少しだけ力がこもる。金網が指の腹に食い込んで、跡になった。


「俺は」


 そこで喉が止まった。続きは頭の中にある。あるのに、口の形が作れない。


 息を吸い直す。


「俺は、秋月(あきづき)のことが好きだ」


 言い終わってから、扉の方を振り返った。誰もいない。給水塔の陰も見た。誰もいない。


 そこまで確認して、自分が何をやっているのかと思った。


 声は小さかった。風の音の方が大きいくらいだ。それでも、耳の後ろが熱くなっている。


 もう一度言ってみる。2回目は、喉に引っかからずに出た。


 フェンスに額を当てる。金網は冷たかった。校庭では誰かがまだ号令をかけている。俺の声はそこまで届いていない。届いていないと分かっているから、言えた。


 風が吹いて、前髪が持ち上がる。俺は鞄を持ち直して、屋上の扉へ歩き出した。


 階段を降りる。踊り場の窓から夕方の光が入っていて、下りの段だけが明るかった。手すりを一段ずつ滑らせながら、さっきの2回を頭の中でもう一度なぞる。


 昇降口に着くと、下駄箱の前で(りん)が待っていた。図書室から借りたらしい本を、鞄の外側に挟んでいる。


「......遅い」


 (りん)が俺の顔を見て、少し不満げに小さく言った。


「悪い、ちょっとだけ考え事してた」


「......どれくらい待ったと思ってるの」


「どれくらい」


「......けっこう」


 数字は言わない。俺は自分の下駄箱を開けながら、(りん)の鞄に目をやる。図書室に寄ると言っていたはずだが、鞄は行きと同じ厚みのままだった。


「本、借りなかったのか」


「......借りた」


「入ってなくないか、それ」


「......返しに行っただけ」


 さっき借りたと言った気がしたが、(りん)はもうこっちを見ていない。上履きの底で、タイルの目地を意味もなくなぞっている。


 俺は追及するのをやめた。


「......迷ったの?」


 俺の方向感覚を疑う理由が、この人のどこにあるのか。


「迷わねえよ」


 下駄箱の扉を閉める。その音が昇降口に響いた。


「もう」


 付け足した一言に、(りん)が顔を上げる。


「......何それ」


「別に」


 俺は先に外へ出た。(りん)は少し遅れて、鞄の紐を握り直しながら隣に並んでくる。


 しばらく黙って歩いた。街路樹の葉が色づき始めていて、風が吹くたびに何枚か落ちてくる。(りん)が肩に乗った1枚を、指でつまんで捨てた。


「明日の弁当、何がいい」


 俺が聞くと、(りん)は少し考える顔をした。


「......唐揚げ」


「昨日も言ってただろ、それ」


「......今日も言った」


「知ってるよ」


「......作らないの?」


「作るって言ってねえだろ、まだ」


 横を見ると、(りん)が俺を見上げていた。目が合って、すぐに前へ戻される。


「作るよ」


「......最初からそう言えばいい」


「お前が催促するからだろ」


「......催促してない」


 してた。だが言い返すのはやめておく。(りん)は鞄の紐を握り直して、歩く速さを少し上げた。俺は半歩ぶん遅れて、それを追う。


 (りん)が口の中で何か言った。風で聞き取れない。聞き返そうとして、やめる。


 駅までの道を、いつもと同じ歩幅で歩いていく。俺は隣の横顔を見ないようにしながら、明日の朝は鶏もも肉を何グラム解凍するかを考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。