泣き笑いの答え
「懐かしいね、ここ。昔よく来たよね」
ひなたはそう言って、ブランコの隣のベンチに腰を下ろした。滑り台の下ではまだ小さな子供たちが山を作って遊んでいる。ひなたはその様子を眺めながら、懐かしそうに目を細めていた。
俺はその隣に腰を下ろす。ベンチの板が体重をかけた分だけ軋んだ。
「昔、この砂場でトンネル掘ったよな」
「掘った掘った。両側から掘って、途中で崩れたやつ」
「あれ、ひなたが手ぇ突っ込みすぎたからだろ」
「そうくんの掘り方が下手だったからでしょ」
ひなたは笑いながらそう言って、それきり口を閉じた。子供たちが砂を叩く音だけが少し離れたところから届いてくる。
「今日、話って何?」
ひなたが小首を傾げて聞いてくる。俺は膝の上で組んだ両手に視線を落とした。言葉を選ぼうとすればするほど、喉の奥で詰まる感覚があった。
ひなたは急かさず、じっとこっちを見ていた。夕方の光がひなたの栗色の髪を橙色に染めている。俺はもう一度、頭の中で言葉を組み立て直した。
「......ひなた」
「うん?」
名前を呼んだきり、次の言葉が出てこない。ひなたは急かさず、ただ待っていた。ブランコの鎖が、風にきしむ音だけが二人の間に響いている。
俺は一度深く息を吸って、顔を上げる。ひなたの丸い目が、まっすぐこっちを見ていた。
「ごめん、ひなた」
その一言だけで、ひなたの表情が微かに動く。丸い目が、少しだけ見開かれた。それでも何も言わず、続きを待っている。俺はそのまま続けた。
「俺......好きな人がいるみたいだ」
言い終えた瞬間、辺りの音が全部遠くなった気がした。ブランコの鎖が風に揺れる音も、遠くの子供たちの声も、一瞬だけ聞こえなくなる。
ひなたは何も言わなかった。ただ、じっと俺の顔を見つめている。その沈黙が、ひどく長く感じられた。
俺はその沈黙に耐えられず、視線を落としかけた。膝の上で組んだ手のひらに、じっとりと汗がにじんでいる。
「うん」
ひなたの声が、静かに返ってくる。
「知ってた」
思いがけない一言に、俺は顔を上げた。ひなたの目には、涙が薄く滲んでいる。それでも口元は、笑おうとしていた。
「そうくんが気づくの、遅すぎ」
その言葉と同時に、ひなたの目から涙が一筋こぼれ落ちる。だが声は震えておらず、その顔は泣きながら笑っていた。
「ずっと前から、分かってたよ。そうくんが誰のこと見てるか」
「......いつから」
「文化祭の前くらいから、かな。秋月さんの話するそうくんの顔、いつもと違ったから」
ひなたは制服の袖を目に当てた。当てた端から、袖の色が濃くなっていく。
「バレバレだったんだよ、ずっと。ひなただけじゃなくて、多分つぐみも気づいてた」
「......そんなに分かりやすかったか」
「分かりやすかった。すっごく」
声は震えていたが、その口元は笑おうとしていた。
「秋月さんの話するときのそうくん、いつもよりちょっと声のトーン変わるんだよ。気づいてなかったでしょ」
「......知らなかった」
「でしょうね。そうくん、そういうとこ本当に鈍いから」
ひなたはそう言って、涙声のまま小さく笑った。
「弁当のおかずの話する時も、なんか嬉しそうだったし。あれも気づいてなかった?」
「......それは、その、単純に美味かったから」
「ほら、また顔赤くなってる」
ひなたに指摘されて、俺は思わず頬に手をやる。ひなたが鼻をすすって、それが自分でおかしかったのか小さく吹き出した。俺は何と言えばいいか分からず、ただその横顔を見ていた。
「ひなたは大切な存在だ。それは本当だ」
俺がそう言うと、ひなたは少し驚いたような顔をした。涙で濡れた目が、まっすぐこっちを見つめている。
「......大切な存在、か」
ひなたはその言葉を繰り返すように呟いて、少し目を伏せた。しばらく黙ったまま、膝の上の手を見つめている。
「そうくんってさ」
「ん」
「昔から、そういうとこ真面目だよね。ちゃんと言うところ」
褒められているのか、責められているのか分からなかった。ひなたは俺の方を見ずに、砂場の子供たちを眺めている。
「ごまかしてくれた方が、楽だったかも」
「......悪い」
「ううん。嘘だよ、今の」
ひなたは首を横に振った。振ってから、もう一度膝の上に視線を落とす。
「......うん」
やがて、小さく頷く。
「わかってる」
ひなたは膝の上で、両手を組み直した。組んだ手の甲に、涙が一粒落ちる。それでも、その声には確かな強さが戻り始めていた。
「そうくん、秋月さんのこと大事にしてよね。じゃないとひなたが怒るから」
その一言に、詰めていた息がようやく出た。ひなたの声は、いつの間にか元の明るさを取り戻している。周りの喧騒がまた耳に戻ってきたような感覚があった。
「怒られたくねえから、ちゃんとする」
「うん、それでいい」
ひなたはそう言って、ようやく涙の跡が残る顔で、はっきりと笑った。泣き顔と笑顔が同時に浮かんでいるその表情を、俺はしばらく見つめていた。目の縁は赤く腫れているのに、口元だけは晴れやかだった。
「ひなたも、そうくんのこと、これからも大事な幼馴染だと思ってる。それは変わらないから」
「......ああ」
俺はそれだけ答えるのが精一杯だった。ひなたはそんな俺の様子を見て、また少し笑う。
「そんな顔しないでよ」
ひなたはそう言って、両手で頬を一度だけ強く挟んだ。ぱん、と乾いた音がする。
夕方の空が、さらに赤く染まっていく。ブランコの鎖が、また風に吹かれて小さく音を立てた。遠くの砂場では、子供たちがそろそろ帰り支度を始めているのが見える。
「そろそろ、帰ろっか」
ひなたがそう言って、ベンチから立ち上がる。俺もそれに続いて立ち上がった。
「ひなた」
「なに」
「悪かったな、色々」
「別に、そうくんが謝ることじゃないよ」
ひなたはそう言って、少し困ったように笑う。夕日を背にしたその笑顔は、いつもの人懐っこさに戻っていた。だがその目元には、まだ泣いた跡が薄く残っている。制服の袖も、涙を拭ったせいで少し湿っていた。
「ひなた、ちゃんと言えて良かったって思ってるから。だからそうくんも気にしすぎないでよ」
ひなたはそう言って、鞄の紐を握り直す。夕日が、その横顔を橙色に照らしていた。
「行こっか」
ひなたはそれだけ言って、公園の出口の方へ歩き出す。俺はベンチから腰を上げるのが一拍遅れた。
歩いていくひなたの背中は、まっすぐ伸びている。さっきまで俺の隣で泣いていた人間の背中には見えなかった。
公園の入り口に着くと、ひなたが振り返ってこっちを見た。
「そうくん、ぼーっとしてないで早く来なよ」
「......おう」
俺は慌てて歩調を速めて、ひなたの隣に並ぶ。肩と肩の間には、拳一つ分の隙間があった。
「そうくん」
「ん」
「明日から、普通にしてよ。変な気の使い方したら怒るからね」
ひなたは前を向いたまま言った。それから歩く速さを一段上げて、俺との間に一歩ぶんの距離を作る。追いつけば済む距離だ。俺は追いつかなかった。




