↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
秋──鈍感にも限界がある

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/125

公園の約束

 修学旅行から戻って数日が経った。


 昼休み、机をくっつけて弁当を広げる。教室の窓は半分開いていて、11月の風が入ってくるたびに誰かが「寒い」と文句を言った。それでも誰も閉めに行かない。


 (りん)が俺の弁当箱を覗き込んでくる。前は覗く前に一拍あった。今は蓋を開けるのと同時だ。


「......今日、唐揚げ入ってない」


「昨日入れただろ」


「昨日は昨日」


 箸の先を卵焼きに向けたまま、(りん)は不服そうに言う。


「じゃあ今日は今日で、卵焼きがあるだろ」


「......卵焼きは毎日ある」


「毎日あるのが不満なのか」


「......不満じゃない」


 言いながら、(りん)は卵焼きを1切れ取っていった。不満じゃないらしい。


 俺は残っていた唐揚げを1つ、(りん)の弁当箱の蓋に置いた。


「これで最後だからな」


「......うん」


 礼は言わない。その代わり、置いた唐揚げをすぐには食べずに、しばらく蓋の上に転がしていた。転がしてから、思い出したように口へ運ぶ。


「......明日は」


「明日は入れる」


「......聞いてない」


「聞こうとしただろ、今」


 (りん)は答えずに、味噌汁の入った水筒の蓋を開けた。湯気が上がって、その向こうで目が合う。合ってすぐ、(りん)は水筒に視線を落とした。


 放課後、(りん)が「今日、真っ直ぐ帰る?」と聞いてくる。俺は「ああ」と答えて、並んで昇降口へ向かった。話したのは明日の小テストの範囲と、桐生(きりゅう)が今日も寝坊した話だ。


「三角関数、どこまで出るんだっけ」


「......加法定理まで」


「範囲広くねえか」


「......広くない。授業でやった分だけ」


「その言い方、先生と同じだぞ」


「......褒めてる?」


「けなしてる」


 (りん)は少しだけ眉を寄せて、それきり黙った。歩道の縁石を踏むのを避けるみたいに、歩幅が細かくなっている。


 駅の改札で、(りん)がこっちを向いた。


「......また明日」


 手を上げて応えると、(りん)は改札を通っていく。人の流れに紛れて、すぐ見えなくなった。


 自分の部屋に戻ってベッドに寝転がって、天井を見上げる。窓の外はもう暗く、隣の家の明かりがカーテン越しに小さく灯っていた。


 竹林で(りん)が言った「距離を取ったら、余計に苦しくなった」が、まだ耳の奥に残っている。あの時の俺は「唐揚げ」の一言に救われて、返事らしい返事をしていない。


 帰りの新幹線で、(りん)は俺の肩で眠っていた。行きは十数列離れた席だった。俺は身動き一つ取れないまま、京都から東京までの時間を数えていた。


 寝返りを打って、枕に顔の半分を埋める。


 俺は、秋月(あきづき)(りん)のことが好きだ。


 声には出さなかった。それでも、頭の中で言葉にしただけで耳が熱くなる。


 スマホが震えて、桐生(きりゅう)からのメッセージが届く。


「明日、暇か? 話したいことあるんだけど」


 俺は少し考えてから、返信を打った。


「俺も話したいことある。明日、いつもの公園でいいか」


 既読はすぐについて、短い返事が返ってくる。


「了解」


 翌日の放課後、俺は約束通り公園に向かった。桐生(きりゅう)はもう先に来ていて、ベンチに座って足を組んでいる。


「で、話ってなんだよ」


 桐生(きりゅう)が単刀直入に聞いてきた。俺はベンチの隣に腰を下ろして、しばらく言葉を選ぶ。公園の遊具の影が夕方の光を受けて長く伸びていた。


「なんだよ、もったいぶるなよ」


「......ちょっと待て、今言うから」


 桐生(きりゅう)は急かすようにこっちを見ている。ベンチの周りを、小さな子供たちが数人、はしゃぎながら走り抜けていった。俺は一度深呼吸をしてから、口を開いた。


「答えが出た」


 それだけ言うと、桐生(きりゅう)は少し驚いたような顔をした。だがすぐに、いつもの調子に戻る。


「そうか」


 桐生(きりゅう)はそれだけ言って、空を見上げた。夕方の雲がゆっくりと流れている。


「......ちゃんと、言えよ」


「ああ」


「俺が何回言ったと思ってんだ。節穴だなんだって」


「うるせえよ」


「うるせえのはお前の目だっつの」


 桐生(きりゅう)は足を組み替えて、また空を見た。それきり黙る。俺も何も言わなかった。滑り台の方から、子供が親を呼ぶ声が届いてくる。


「で、そっちの話は何だったんだよ」


 俺が聞くと、桐生(きりゅう)は「ああ」と間の抜けた声を出した。


「いや、大した話じゃねえんだけどさ」


「言えよ」


「白河に、推しのフィギュア見せたら鼻で笑われた」


「それだけかよ」


「それだけじゃねえって! 3か月待って予約したやつだぞ!」


 桐生(きりゅう)が身を乗り出してくる。俺は思わず一歩ぶん、体を引いた。


「で、なんて笑われたんだよ」


「『よくそんなもんに金出せるね』だぞ。あいつ、人の趣味を全否定してくんだって」


「まあ、白河だしな」


「お前も否定側かよ!」


 桐生(きりゅう)はベンチから立ち上がって、乱暴に鞄を担ぎ直した。


「じゃあ、俺は退散するわ。頑張れよ」


「おう。お前も節穴だからな」


「言い返してくんじゃねえよ!」


 桐生(きりゅう)は片手を振り上げたまま、公園の出口へ歩いていく。途中で一度だけ振り返って、「ちゃんとな」と言い残した。俺はその背中が入り口から見えなくなるまで見送る。


 一人になると、子供たちの声がやけに大きく聞こえた。ブランコの鎖が風で小さく鳴っている。俺はもう一つやるべきことを思い出した。


 スマホを取り出して、ひなたにメッセージを送った。


「今日、時間あるか。話したいことがある」


 既読はすぐについた。返信は、いつもの明るい絵文字付きだった。


「いいよ! どこ行く?」


 俺は少し迷ってから、返信を打つ。


「いつもの公園」


 それだけで、ひなたには伝わる。犬に追いかけられて逃げ回ったのも、父さんが家を出た夜に隣に座っていてくれたのも、あの公園だ。


 桜の木の下で言われた「私、そうくんのことが好き」に、俺はまだ何も返していない。


 しばらくして、また既読がついた。


「了解! 30分後くらいに行くね」


 30分。


 俺はスマホをポケットにしまって、ブランコの方へ歩いていく。誰も座っていないブランコが、風に吹かれて小さく揺れていた。錆びついた鎖が、きしきしと音を立てる。


 何を言うかは、昨日の夜に決めた。頭の中では何度も通した。それなのに、いざ30分後に本人が来ると分かった途端、最初の一言が抜け落ちている。


 ブランコに腰を下ろしてみた。座席が低くて、膝が変な角度に折れる。すぐに立った。


 ベンチに移る。座って、鞄を膝に載せて、また下ろした。


 スマホを出して時間を見る。まだ4分しか経っていない。ポケットに戻して、また出す。今度は7分だった。


 鳩が1羽、砂場の縁を歩いている。俺はそれを目で追った。追っている間だけ、頭の中が静かになる。鳩はすぐに飛んでいった。


 水飲み場まで歩いて、蛇口をひねった。水は出しっぱなしにして、手を洗うでもなく眺めている。冷たい。指先が赤くなってきたところで、ようやく止めた。


 濡れた手をズボンで拭いて、またベンチに戻る。


 ブランコの座席に手を触れる。塗装が剥げて、金属が指先に冷たかった。座席の位置は俺の膝より下にある。ここを取り合って、負けた方が押す係になっていた。


 滑り台の下の砂場では、小さな子供が二人、親に見守られながら山を作っている。掘っては崩し、また掘っている。


 夕方の空が、少しずつ茜色に染まっていく。俺はブランコの隣のベンチに座って、ひなたが来るのを待った。


 公園の時計を見ると、約束の時間まで、まだ少し余裕があった。犬の散歩をしている老人が、ゆっくりと園内を横切っていく。近くの木からは、鳥の鳴き声が時折聞こえてきた。


 膝の上で、両手を組む。組んだ指を一度ほどいて、また組み直した。ひなたがどんな顔をするか、想像するだけで喉が渇いた。


 公園の入り口から、見慣れた小柄な影が近づいてくる。栗色のショートボブが、夕日を受けて揺れていた。制服のスカートの裾も、走ってきたのか少し乱れている。


「そうくん、お待たせ!」


 ひなたが手を振りながら駆け寄ってくる。走ったせいで息が上がっているのに、笑顔だけは先に完成していた。俺はベンチから立ち上がる。


 ひなたはブランコの前で立ち止まって、座席に指先を置いた。俺がさっき触ったのと同じ場所だった。


「座らないの?」


 俺が聞くと、ひなたは指をブランコの鎖に滑らせて、そのまま握った。握ったまま、しばらく動かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。