↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
秋──鈍感にも限界がある

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/123

缶コーヒーと本音

 夕食も喉を通らず、母さんに「体調でも悪いの」と聞かれた。箸を持つ手が何度も止まって、味噌汁の湯気だけをぼんやり眺めていた。適当にごまかして部屋に戻ったが、一人でいると同じ場所をぐるぐる考え続けるだけだ。


「風邪でも引いたんじゃない? 早く寝なさいよ」


 母さんの声が階段の下から聞こえてくる。俺は「分かった」とだけ返して、部屋のドアを閉めた。


 ひなたの顔と、(りん)の顔が、部屋の暗がりに交互に浮かんでは消える。答えを出そうとするたびに、頭の中が真っ白になった。


 スマホには桐生(きりゅう)からの不在着信が3件と、メッセージが1件残っていた。


「切り方が不穏すぎるだろ。何時でもいいから連絡しろ」


 俺は返信を打っては消し、また打った。結局送ったのは、公園の名前と時間だけだった。既読はすぐについて、「了解」の2文字が返ってくる。


 桐生(きりゅう)とはいつもの公園で待ち合わせる。この時間の公園は人気がなく、遊具の影が街灯にぼんやりと伸びているだけだった。ブランコの鎖が風を受けてかすかに軋む音を立てている。


 街灯の下、ベンチに座った桐生(きりゅう)は、スマホでゲームをしながら足を組んでいた。


「悪い、急に呼び出して」


「急にっつーか、こっちが3回かけたんだからな」


 桐生(きりゅう)はスマホから顔を上げずに言う。


「悪かったって」


「まあいいけど。で、何かあったのか」


 俺は隣に腰を下ろす。桐生(きりゅう)の指はまだ画面の上で動いていた。


「新しいイベントの攻略法とか? それなら詳しいぞ」


「違う」


「じゃあ限定ガチャの話? あれは今引くと損するからやめとけ」


「そういう話でもねえよ」


「じゃあ何だよ、宿題見せてほしいとか」


「それも違う」


「金貸してくれとか?」


「んなわけあるか」


 俺は短く否定する。桐生(きりゅう)はようやくスマホをポケットにしまい、こっちを見る。


「じゃあ何だよ」


 俺は一度、深呼吸をした。言葉にしようとすると、喉のあたりで詰まる。桐生(きりゅう)は急かさず、ただ黙って待っていた。ブランコの鎖がまた風もないのに軋む音を立てる。


「ひなたに告白された」


「知ってた」


「は?」


「ずっと好きだったんだぞ、あいつ」


 桐生(きりゅう)は足を組み直しただけで、こっちを見もしない。ベンチの木の板がきしんで、小さな音を立てた。


「知ってたのかよ」


「お前以外全員知ってたよ」


 桐生(きりゅう)は呆れたように肩をすくめる。ゲームの画面が眩しく光っているのに、その手はもうスマホを構えていなかった。


「マジかよ、俺だけ蚊帳の外だったのか」


「今更気づいたのかよ、遅すぎるだろ」


 桐生(きりゅう)は缶コーヒーを一口飲んで、ため息をついた。


「つぐみも柚木(ゆずき)さんの様子見て分かってたって言ってたし、俺も夏くらいから薄々気づいてた。お前だけだぞ、そこまで鈍いの」


「そんなに分かりやすかったか」


「分かりやすいっつーか、お前が鈍すぎるんだって」


 桐生(きりゅう)はベンチの背もたれに寄りかかり、夜空を見上げる。星はほとんど見えず、街灯の明かりが空をぼんやりと白く濁らせているだけだった。


「思い返せば、いくらでも思い当たる節あるだろ。お前が(りん)ちゃんの弁当作るようになった頃から、柚木(ゆずき)ちゃんの態度、明らかに変わってたぞ」


「そうだったか?」


「お前が気づいてないだけだって」


 桐生(きりゅう)は呆れたように首を振った。


柚木(ゆずき)ちゃん、夏祭りの時とかもずっとお前ばっか見てたぞ。俺が話しかけても上の空だったし」


「気づかなかった」


「文化祭の日も、お前が(りん)ちゃんの話ばっかしてる時、柚木(ゆずき)ちゃんの顔曇ってたの覚えてないのか」


「そんなことあったか」


「だから鈍いって言ってんだよ」


 桐生(きりゅう)は呆れたように首を振って、缶コーヒーをもう一口飲んだ。


秋月(あきづき)さんとのことばっかり考えてて、周り見えてなかったんじゃねえの」


「そんなつもりはねえよ」


「そんなつもりがなくてもそうなってたんだから仕方ねえだろ」


「で、お前はどうしたいんだ」


 その問いに、俺は答えられなかった。


 * * *


 沈黙が続く。桐生(きりゅう)は急かさず、俺の言葉を待っていた。自販機の明かりが遠くでぽつんと灯っていて、時折そこを通る人影が見えるだけの静かな時間だった。


「分からない」


 しばらくして、俺はそれだけ言った。


「返事、どうするつもりもないのか」


「ひなたを傷つけたくない。だけど」


 俺は言葉を探す。


「だけど?」


「今すぐ、頷ける気がしない」


 桐生(きりゅう)は何も言わず、俺の顔を見ていた。ベンチの向こうで遠くの街灯が一つ、ちかちかと明滅している。その視線に、いつものおどけた色がない。


「お前、ちゃんと考えろよ」


 桐生(きりゅう)の声が、急に低くなった。


「ひなたちゃんも、秋月(あきづき)さんも、お前のこと真剣に見てんだから」


秋月(あきづき)は関係ないだろ」


 口が、勝手に動いていた。


 桐生(きりゅう)が大きく息を吸い込んだ。


「お前の目は節穴か!!!」


 腹の底から絞り出したような絶叫が、夜の公園に響き渡った。近くの木にとまっていた鳥が、驚いて羽音を立てて飛び去っていく。しばらくの間、公園に静寂だけが残った。


「うるせえよ、近所迷惑だろ」


「うるさくもなるわ! お前が鈍すぎるから!」


 桐生(きりゅう)は立ち上がって、俺を指差す。街灯の光の下で、その表情は普段のおどけた調子とはまるで違っていた。


「本気で心配してんだよ、俺は」


 その一言に、俺は視線を落とした。


秋月(あきづき)さんが関係ないわけねえだろ。お前、自分の態度分かってんのか」


 俺は何も言い返せない。


「毎日弁当作って、帰り道も一緒で、LINEも毎晩やり取りしてる相手だぞ」


 桐生(きりゅう)は指を折りながら数え上げていく。街灯の光が、その指先を白く照らしていた。言い返す言葉が、出てこない。


柚木(ゆずき)さんに告白されて、真っ先に頭に浮かんだのが秋月(あきづき)さんじゃなかったのかよ」


 夜の公園に、桐生(きりゅう)の声だけが響いていた。俺は口をつぐんだ。


「な、図星じゃね?」


 俺は何も返せなかった。


「答えられねえのが答えだよ」


 桐生(きりゅう)はそれ以上追及せず、ベンチに座り直す。夜風が二人の間を通り抜けていった。


「まあ、答えはお前が出すことだけどな」


 桐生(きりゅう)の声は、もう落ち着いていた。さっきまでの絶叫が嘘のように、いつもの調子に戻っている。


柚木(ゆずき)ちゃんもお前が悩んでるくらい真剣に受け止めるって。適当に流すのが一番失礼だ」


「分かってる」


「分かってねえから節穴なんだよ」


 桐生(きりゅう)はそう言い切ると、缶コーヒーの縁を親指で軽く弾いた。乾いた音が、静かな公園に小さく響く。


「まあ、時間かけて考えろ。柚木(ゆずき)ちゃんも急かさないって言ってたんだって」


「言ってた」


「なら焦る必要ねえよ。ちゃんと自分の気持ちと向き合ってから答え出せばいい」


 桐生(きりゅう)の言葉には、いつもの軽さがなかった。


「でも、いつまでも逃げてらんねえよな」


「分かってんじゃん。あとは腹くくるだけだ」


 桐生(きりゅう)はそう言って、また元のおどけた調子でスマホを取り出す。


「まあ、俺にできるのはここまでだ。あとはお前が自分で決めろ」


「悪いな、遅くまで付き合わせて」


「別にいいって。こういう時のための親友じゃね?」


 桐生(きりゅう)はそう言って、缶コーヒーの最後の一口を飲み干した。空き缶を近くのゴミ箱に投げ入れて、綺麗にシュートを決める。


「よし、入った」


「それどうでもいいわ」


「いや、大事だろ、こういうのは」


 桐生(きりゅう)は満足げに笑うと、ベンチから立ち上がって鞄を担ぎ直した。


「それじゃ、また明日な」


 軽く手を挙げて、桐生(きりゅう)は帰っていく。俺はしばらく、ベンチから立ち上がれずにいた。


 夜風が首筋を撫でていく。ようやく立ち上がって、家までの道を一人で歩いた。街灯の間隔が空いた場所では、自分の足音だけが妙にはっきり聞こえる。コンビニの明かりが遠くに見えて、その前で数人の生徒らしき人影が笑い合っているのが見えた。俺には関係のない、平和な景色だった。


 * * *


 玄関の鍵を開けると、リビングの明かりはもう消えていた。母さんは夜勤で家にいない。静まり返った家の中を、足音を殺して自分の部屋まで歩く。冷蔵庫の作動音だけが、やけに大きく聞こえた。


 家に帰ってからも、桐生(きりゅう)の言葉が頭から離れなかった。


 秋月(あきづき)は関係ないだろ。


 あの一言が、口の中でまだ熱いままだった。


 俺はベッドに寝転がって、天井を見つめた。電気を消した部屋に、窓の外の街灯の明かりだけが薄く差し込んでいる。ひなたの顔と、(りん)の顔が、交互に浮かんでは消える。桜の木の下で真っ直ぐに見つめてきたひなたの目と、隣の席で静かに文庫本を開く(りん)の横顔。どちらも、ずっと当たり前のようにそこにあった。


 物心つく前からずっと隣にいたひなた。半年前から隣の席になっただけの(りん)。時間の長さで比べれば、答えは決まっているはずだった。それなのに、頭に浮かぶ順番はいつも同じだった。


 柚木(ゆずき)さんに告白されて、真っ先に頭に浮かんだのが秋月(あきづき)さんじゃなかったのかよ。


 桐生(きりゅう)の言葉が、また耳の奥で鳴った。


 スマホを手に取り、画面をつけては消す。誰にも連絡する気になれない。


 ひなたに何と返事をすればいいのか。(りん)に対して、これまでと同じ顔で接することができるのか。考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。


 窓の外、フェンス一枚隔てた向こうに、(りん)の家がある。今この時間、(りん)はもう眠っているだろうか。それとも起きて、いつものように文庫本でも読んでいるだろうか。


 桐生(きりゅう)の言葉が、また頭の中で繰り返される。柚木(ゆずき)さんに告白されて、真っ先に頭に浮かんだのが秋月(あきづき)さんじゃなかったのかよ。


 否定できなかった。それが一番、自分でも怖かった。


 明日、学校で二人の顔を見た時、俺はどんな顔をすればいいんだろう。


 寝返りを打った拍子に、窓の方を向いた。フェンスの向こう、(りん)の部屋の明かりがついている。こんな時間まで起きているのは珍しい。


 見ているうちに、その明かりがふっと消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。