似合ってるな
皿の上に、オムライスが乗った。
形が崩れていた。でも形はある。
私のだ。
藤宮くんが、ケチャップを取って、上から線を引く。
「こっちの方が映える」
細い線が、崩れた形の上に乗った。
それだけで少し違って見えた。
エプロンの裾を引っ張る。
汚れが少しついている。うまくできたのかどうか、よく分からない。
藤宮くんが、私の方を一度見る。
「似合ってるな」
返す言葉が全部消えた。
「......やめて」
「何が」
「......そういうことを、さらっと言うのが」
「エプロン姿の話だけどな」
「......分かってる」
分かっていた。
なんで、そういうことをさらっと言うの。
藤宮くんが、自分の分のオムライスを作り始めた。
その横顔を見ていた。
さっき、コンロの前で隣に立った時のことを思った。
ダイヤルを一緒に回した。指先が触れた。
私の手が止まった。声が低くなった。
藤宮くんは気づかなかった。
私は、自分の手の指を見た。
困る、という感覚が、いつもと少し違う場所にあった。
* * *
テーブルに向かい合って座る。
私の前に、私が作ったオムライス。藤宮くんの前に、藤宮くんが作ったオムライス。
形が違う。
「どうだ」
スプーンでひと口切り取って、口に入れる。
悪くない。
「......」
「まずいか」
「......そんなこと言ってない」
「言ってないだけで」
「......」
言ってない、という言葉の意味を、藤宮くんは分かっていて言っているのだろうか。
「待て。俺のも食べてみろ」
「......なんで」
「比べてみればいいだろ」
藤宮くんのオムライスをひと口もらう。
食べた。
「どうだ」
「......同じ材料でしょ」
「同じ」
「......なのに」
スプーンを置く。
なのに違う。
なんでだろう。材料は同じで、作り方も同じはずなのに、形も味も違う。
この違いは何かと聞いたら、藤宮くんは「火加減と手順だな」と答えるのが分かっていた。
分かっていたから聞かなかった。
「火加減と手順だな」
藤宮くんが言った。
「......今、私が聞く前に言った」
「聞く前だったか」
「......そう」
「そうか」
藤宮くんが自分のオムライスを食べている。
セミが鳴いている。
冷気が膝のあたりを流れる。
「......美味しくない、わけじゃない」
自分で言いかけて、止まった。
「そうか」
藤宮くんが答えた。
それだけだった。
何かを言ったら受け止めてもらえる、という感じ。
そういう感じに慣れていなかった。
「......自分で作ったから」
「分かるか。どこが違うか」
「......卵のとこ、形が崩れてる」
「包む前に火を通しすぎた。途中でダイヤルを止めたからまだよかった」
「......」
ダイヤル。
さっきのことを、また思った。
やめた。
考えると、変な感じがする。
もうひと口食べた。
* * *
洗い物は私がやる、と言った。
藤宮くんが「俺がやる」と言ったが、もう始めている、と言った。
「全部か」
「......もうほぼ終わる」
並んで立つ。
私が洗って、藤宮くんがすすいで水気を切る。
隣に立っている。
腕が触れそうで、触れない距離。
藤宮くんの横顔を盗み見る。
料理をしている時と同じ顔だった。
どこにも引っ張られていない顔。
私は、そういう顔ができない。
洗い物が終わった。
エプロンを外す。後ろのひもを解く。
ちゃんとたたんで、藤宮くんに渡した。
玄関で靴を履く。
藤宮くんが玄関に立っている。
「また暇になったら来ていいぞ」
靴を履きかけて、手が止まった。
また来ていいか、と聞いた。
自分で聞いておいて、なんで聞いたんだろうと思った。
確認したかっただけ、と言った。
外に出た。
夏の光が全部こっちに向かってくる。
藤宮くんの家から歩き出す。
セミの声。昼の光。アスファルトの熱。
歩きながら思った。
この人の前にいると、壁が役に立たない。
コンロの前。指先。
エプロン姿。「似合ってるな」。
「また来ていいか」という自分の声。
......これは、そういうことなの?




