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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
会いたい夏

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紺地に朝顔

 神社の鳥居が、提灯の橙色に染まっていた。

 空はまだ薄青と橙のあいだで、夜になりきっていない。

 太鼓の音が、参道のずっと奥から低く響く。

 俺は鳥居の根元で、桐生(きりゅう)と並んで立っていた。


「祭りだぞ」


 桐生(きりゅう)が言う。


「祭りだな」


「祭りだな、じゃないだろ。お前テンション上げろ」


「上げてる」


「上がってない」


「内側で上がってるんだ」


「言葉にしろ」


 無理だ。

 俺の祭りのテンションは、内側で完結する。

 桐生(きりゅう)は祭りの30分前から「うおーー」と叫び続けている。

 うるさい。


藤宮(ふじみや)桐生(きりゅう)。早いね」


 つぐみが鳥居の脇から現れた。

 白の浴衣、朱色の帯。髪をハーフアップに結っている。


白河(しらかわ)、お前......」


 桐生(きりゅう)が口を開けた。


「言うな」


「いや、似合うって言おうとしたんだよ」


「言わなくていい」


「素直に褒めさせろ」


「言葉が軽い」


「軽くなった!?」


 つぐみが扇子で桐生(きりゅう)の頭を一度だけ叩く。

 俺は横で笑う。

 つぐみが俺を見る。


「あんたも何か言いなよ」


「白い浴衣、お前らしくないな」


「攻めてきたね」


「合ってるってことだ」


「ふうん、まあ、悪くない解釈」


 つぐみが扇子を片手で開いて、閉じる。


「そうくん、待った?」


 ひなたが小走りで鳥居の方に来る。

 ピンクの浴衣、白い帯、金魚の柄が裾の方に散っている。

 頭の左に、小さな金魚の髪飾り。

 桐生(きりゅう)が「ひなたちゃん、可愛い!」と素直に言う。


桐生(きりゅう)くん、ありがと」


「俺が言うな、と?」


「ううん、ありがと」


「俺が褒めても響かないやつだ」


「そんなことないよ!」


「そうくん、どう? かわいい?」


「ああ、似合ってるな」


「えへへ」


 ひなたが両手で帯のリボンを軽く叩く。


 俺はスマホで時間を見る。

 集合時間から10分経過。


(りん)、遅いな」


(りん)ちゃん、今日浴衣って言ってたよね」


「言ってた」


「準備、時間かかるんじゃない?」


 つぐみが扇子を首筋の方にあてる。

 俺はもう一度参道の入口を見る。

 提灯の列が、参道の両側に橙色の連なりを作っていた。

 人の波が、奥から手前に向かって、ゆるく流れている。

 その流れの中に、まだ(りん)の姿はない。


 参道の奥から、下駄の音が一つ来た。


 そっちを見た。


 息が止まる。


 (りん)が、参道の石畳の上を歩いてきた。

 紺地に、白の朝顔が散っていた。帯は淡い水色。

 髪はうなじが見える高さに上げて、銀のかんざしが1本だけ刺さっている。


 俺は、片手の指を、気づかないうちに握っていた。


 (りん)が鳥居の手前で止まる。

 俺の方を見ない。

 うつむき気味に、片手で帯の結び目をなぞっている。


秋月(あきづき)、浴衣......」


「......変?」


「いや」


「......」


「すごく」


「......」


「似合ってる」


 (りん)が、片手をうなじに上げかけた。

 指先が銀のかんざしに当たって、そのまま帯の結び目に戻っていく。


 桐生(きりゅう)が口笛を吹く。


秋月(あきづき)さん、すげー」


桐生(きりゅう)くん、語彙」


「語彙が消えた」


 桐生(きりゅう)がしゃがみ込んで膝を打つ。

 ひなたが俺の隣で、両足を一度だけ揃え直す。


 つぐみが俺の方を一度だけ見て、扇子を開く。

 扇子の影で、つぐみの口元が見えなくなった。


 * * *


「行こうぜ、屋台」


 桐生(きりゅう)が膝を払って立ち上がる。

 太鼓の音が、参道の奥でもう一度大きく鳴った。


 5人で参道を歩き始める。

 提灯の橙色が、人の顔を一段橙色に染める。

 人混みの密度が、奥に進むほど上がっていく。


 (りん)が俺の後ろを歩いた。下駄の音が、コツン、コツンと鳴る。

 歩幅が小さい。下駄の音と、俺の靴音が、噛み合わない。

 俺は足を半歩分手前で止めた。


「たこ焼き!」


桐生(きりゅう)、お前さっきも食べたって言ってただろ」


「言ってない」


「言ってた」


「祭りのたこ焼きは別腹だ」


「別腹じゃないだろ、それは」


「祭り補正がかかってるんだ」


「祭り補正、何だ」


 桐生(きりゅう)がたこ焼きの屋台の前で財布を出す。

 8個入りのパックを2つ買って、ひなたに片方を渡す。


桐生(きりゅう)、太っ腹だな」


「祭り補正」


「使い方が間違ってないか、それは」


「正しい使い方だ」


 桐生(きりゅう)がパックの蓋を開けて、最初のひとつを口に放り込む。

 ひなたがもう片方のパックからひとつ取って、つぐみに差し出す。

 つぐみが「ありがと」と短く言って、爪楊枝でひとつ刺した。

 俺と(りん)にも、ひなたがひとつずつ回してきた。

 (りん)が両手でたこ焼きを受け取って、しばらく見ている。


秋月(あきづき)、熱いから気をつけろ」


「......知ってる」


「知ってても気をつけろ」


「......」


 (りん)が爪楊枝でたこ焼きを刺して、半分に割った。

 湯気が一拍だけ立ち上がる。


 つぐみとひなたが、たこ焼きを片手に屋台の方を向いた。

 ひなたが屋台の上のメニュー札を一つずつ見ていた。

 つぐみがその横顔を一度だけ見て、何も言わずに視線を戻す。


 俺は(りん)の方を見た。

 (りん)は屋台の連なりの一番奥の方を見ていた。

 屋台の灯りが、(りん)の頬の片側だけを橙色に染めている。


秋月(あきづき)


「......何」


「あれ」


「......りんご飴」


「食うか」


「......」


「食うか食わないか」


「......食う」


 (りん)が小さな声で答えた。


 俺がりんご飴を1本買って、(りん)に渡す。

 りんご飴の屋台のおじさんが「お嬢ちゃん、彼氏優しいねえ」と笑って釣りをくれた。

 俺は何も言い返せなかった。釣りを片手で受け取る。

 (りん)は、釣りの方を見なかった。屋台の灯りの方を見ている。

 うなじの上の、髪の生え際のあたりが、提灯の橙の中で一段濃い色になっていた。


 (りん)が両手で受け取って、棒の根元を握った。

 しばらく見つめている。


秋月(あきづき)、食わないのか」


「......どこから、食べる」


「どこからでもいいだろ、それは」


「......分からない」


「上から、いけ」


「......分かった」


 (りん)が上から齧った。

 りんご飴の赤い砂糖が、(りん)の唇の右の端に少しだけついた。


秋月(あきづき)、口の周りに何かついてるぞ」


「......」


「赤い」


「......」


「砂糖だ」


 (りん)の片手が、口の前に半分だけ上がる。


「......どこ」


「右だ」


「......どっちの右」


「お前から見て右だ」


「......」


 (りん)が片手で口の周りを慌てて拭く。

 拭いた指の先が、赤くなる。

 (りん)が指先を見て、それから俺を見る。

 俺は鼻で笑った。


「もうちょい右だ」


「......藤宮(ふじみや)、ばか」


「ばかは関係ないだろ、それは」


 (りん)が、俺に背を向けて、もう一度口の周りを拭き直した。


 屋台の連なりを少し進む。

 金魚すくいの屋台が、人混みの隙間に開けていた。

 水槽の青いライトが、地面の砂利を一段だけ青く落としている。


(りん)ちゃん、金魚やる?」


 ひなたが(りん)の方に半歩寄る。


「......やる」


「ひなたもやる」


桐生(きりゅう)もやる」


「全員やるのかよ」


「全員でやるのが祭りだろ、藤宮(ふじみや)


 桐生(きりゅう)が屋台のおじさんに5人分のポイ代を払う。

 桐生(きりゅう)が真っ先にしゃがみ込んで、ポイを構える。

 水に入れた瞬間、ポイの紙が破れた。


「早っ」


桐生(きりゅう)、ゼロ」


「言うな」


「素早い破り方だったね」


 つぐみが冷たい目で見ている。

 ひなたが「桐生(きりゅう)くん、ドンマイ」と頭の上で両手を打った。

 桐生(きりゅう)が「次、本気出す」と新しいポイをもう1枚買い直す。


 (りん)がしゃがむ。

 浴衣の裾が、地面の砂利の上に少し広がる。

 片手でポイを構えて、水槽の中の金魚を見ている。

 教科書の数式を解いている時の顔だ。


 (りん)がポイを水に入れる。

 ゆっくり。金魚の下に差し込んで、持ち上げる。


 1匹。


 (りん)が俺の方を一度だけ見る。

 俺は片手で「いいぞ」のサインを出す。


 (りん)がもう一度ポイを構える。

 同じ手つきで。


 2匹。


 桐生(きりゅう)が「秋月(あきづき)さん、すげー」と声を上げる。

 ひなたが両手を口の前で叩く。

 つぐみが「(りん)、上手」と短く言った。


 (りん)がもう一度。


 3匹。


 ポイの紙が、ようやく破れた。


 屋台のおじさんが「お嬢ちゃん、上手いねえ」と笑って、ビニール袋に金魚を3匹入れてくれた。

 (りん)が両手で袋を受け取って、しばらく中の金魚を見ている。

 口もとが、ひと呼吸分だけゆるんだ。

 袋の中で、3匹の金魚が小さくゆらめいている。

 (りん)が片手で袋の口を結び直す。

 結んだ袋を、両手で胸の前に持つ。

 持ち方が、丁寧すぎるくらい丁寧だ。


 * * *


 屋台の流れが、5人の真ん中で一段落した。

 桐生(きりゅう)がたこ焼きの最後のひとつを口に放り込んでいる。

 ひなたが綿菓子を片手で持って、半分くらいになっている。

 (りん)が金魚の袋を両手で大事に持っていた。


 俺はペットボトルのお茶を飲む。

 お茶のキャップを片手で閉めて、ポケットにしまう。

 太鼓の音が、参道の奥でまた一段大きく鳴った。


藤宮(ふじみや)


 つぐみが俺の隣に来る。

 声を、人混みの音より一段下げて。


「ん」


「さっきの、自分で気づいてる?」


「何が」


(りん)とひなたで、言い方変えたでしょ」


「変えてないだろ」


「変えてた」


「変えてないって」


「変えてた、絶対」


 つぐみが扇子で俺の腕を一度だけはたく。


(りん)には『すごく似合ってる』」


「言ったな」


「ひなたには『ああ、似合ってるな』」


「言ったな」


「同じだろ、それは」


「同じだと思ってる時点で、ヤバいの」


「ヤバくないだろ」


「ヤバい」


 つぐみが断定する。

 俺は何も返せなかった。


「ほんと、自覚ないんだね」


 つぐみが半分笑って半分呆れて、扇子を閉じる。


 ひなたが、3メートルくらい先で、綿菓子の袋を両手で持って立っていた。

 顔はこちらを向いていない。

 でも、こちらに背を向けてもいない。

 綿菓子の袋から、片手が一度離れて、また戻った。


 桐生(きりゅう)が「次どこ行く?」と片手を上げた。


「あっち」


 (りん)が、参道の左の方を片手で指す。


 俺たちの目が、その方角に流れる。


 屋台の連なりの先に、射的の屋台の電球が、橙色に光っていた。

 看板の上に、ぬいぐるみが何匹か並んでいる。

 その中の1匹が、灰色の縞模様の猫だった。


 (りん)が、灰色の縞模様の猫の方へ、一歩近づいた。


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