表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
会いたい夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/69

赤い丸と3キロの誤差

リアルが少し立て込んでてしばらくの間週1投稿になります。

ペースは落ちますが気長に待っていただけると嬉しいです。

 夏休み6日目。

 昼過ぎの部屋。

 冷房の風が、ゆっくり動いている。


 今日は俺一人だ。母さんは昼勤で朝から出ている。ひなたは昨日、「明日は親戚が来るー」と言いながら帰った。桐生(きりゅう)は昨夜から連絡がない。

 何もない一日。

 ベッドのそばに本が一冊、読みかけで置いてある。読もうとは思っている。ただ手を伸ばす気が、まだない。読みかけの本に手を伸ばす気力と、夏休み6日目の昼過ぎの怠さは、だいたい同じ重さだ。

 蝉の声が、閉じたカーテンの向こうで続いている。カーテンの端から光がにじんでいる。外は相当明るい。中は薄暗い。昼寝するには半端な気だるさ。


 スマホが鳴った。

 画面には「秋月(あきづき)」と、あった。


 『......今外にいる』


 一行。

 情報として、特に何もない。

 「今外にいる」。それだけだ。


 「外にいる」の「外」が具体的にどこを指しているか。なぜその情報が俺に送られてきたか。そこに補足はない。補足なしで送ってきたということは、説明の必要がないと思っているか、説明できない状態にあるか、のどちらかだ。

 俺は返した。


 『そうか』

 『......買い物に来た』

 『一人で?』

 『......一人で』


 「一人で買い物に来た秋月(あきづき)が、俺にLINEを送っている」。

 それが「たまに」の範囲に収まるかどうかについての検討は、やめた。検討するほどのことでも、たぶんなかった。


 『道はわかるか』

 『......わかる』


 わかると言われたら、次の言葉がない。

 「気をつけて」と打ちかけて、止まった。

 バックスペースで全部消した。


 スマホを、一度ソファに置いた。

 これは別にどうということもない話だ。何もない昼過ぎに、一人で買い物に出た秋月(あきづき)が、道がわかると言っている。それだけだ。帰れる。問題ない。

 わかっている。それでもスマホをそのままにしておく気にならない。

 拾い上げて、また持った。


 30秒後に、また鳴った。


 『......地図』


 写真が添付されていた。

 地図アプリのスクリーンショット。

 画面の中央に赤い丸が、ひとつ。

 左上の端に青い現在地マークが、ひとつ。

 赤い丸のそばに「行き先」という細い文字が、ついていた。


 縮尺のバーを見た。


 3キロ。


 赤い丸と現在地マークの間が、3キロ。

 地図の画面を、しばらく見る。「行き先」と「現在地」の2点を、交互に。


 『秋月(あきづき)

 『......なに』

 『その赤い丸、現在地じゃない』

 『......え』

 『現在地は左上の青いマークだ』

 『......なんで』

 『俺に聞くな』

 『......確認したのに』

 『何を確認した』

 『......赤い丸を目的地に設定した』

 『だから目的地のマークだそれ』

 『......』


 スマホが着信で鳴った。


 * * *


「......電話にした方が早いと思った」

「正解だ。今どこにいるか言え」

「......右に曲がったところ」

「状況から始まるな。近くに看板が読めるか」

「......大きな建物がある」

「何の建物だ」

「......白い」

「白いだけじゃわからない。文字を読め」

「......コインランドリー」


 住宅街に入ったな、と思った。


「向こうに何か見えるか」

「......また建物がある」

「何の建物だ」

「......またコインランドリー」


「コインランドリーの多いエリアを、徘徊しているな」

「......なんで」

「なんでじゃない。自動販売機はあるか」

「......ある。赤いやつ」


 頭の中で街区が組み上がってきた。


「単独か、並んでいるか」

「......単独」

「郵便ポストが近くにあるか」

「......ある」


 待って、と俺は言った。

 右手でスマホを持ったまま、左手の指先で頭の端を叩いた。赤い自動販売機、単独。コインランドリー、2軒。郵便ポストが近い。


 わかった。


「動くな。今から行く」

「......え」

「動くな」


 電話を切る。スマホをポケットに突っ込んで、玄関へ向かった。サンダルを引っかけて、外に出た。


 * * *


 外に出た瞬間、夏の昼間の熱気が全方位から来た。

 アスファルト、直射日光。塀の白い反射。

 肌が一瞬で乾く、あの感じ。

 自転車を出してペダルを踏む。漕ぎ始めてからTシャツ一枚で来たことに気がついた。これで正解だ。もう一枚あったら、角を曲がる前に終わっていた。


 住宅街の細い道を走る。

 並木があるところは蝉がうるさく、日陰で体の温度が一度下がる。また日向に出ると戻る。角を曲がるたびに、蝉の音量が切り替わった。日陰を選んで進んだ。

 頭の中で電話の情報を地図に変換しながら走った。赤い自動販売機が単独で、コインランドリーが2軒。このエリアなら、あの路地だ。


 10分弱で、それらしい路地に入った。


 道の奥に人影がある。

 黒い長い髪。後ろ姿。右手から棒のようなものが、だらりとはみ出ていた。

 もう少し近づく。後ろ姿で、この距離でもすぐにわかった。


 秋月(あきづき)が、こっちを向く。

 手に持ったものを体の後ろに素早く隠す。

 表情を元に戻した。

 一拍遅かった。


 自転車を止めると、秋月(あきづき)が言った。

「......散歩してただけ」


 最初の「買い物に来た」は、いつの間にか「散歩」になっていた。


「なんか後ろに持ってるだろ」

「......持ってない」

「見えてるぞ」

「......持ってない」


 秋月(あきづき)の手の後ろに棒が一本、突き出ていた。

 棒の先のアイスは7割方溶けている。溶けた分が秋月(あきづき)の手の甲を少し流れていた。


「迷子の途中でアイス買ったのか」

「......なんか、歩いてたら」

「歩いてたら?」

「......売ってた」

「売ってたから買ったのか」

「......美味しかった」


 美味しかった、と言った。過去形だった。

 手に持ったままなのに、過去形だった。


「溶けてるけどな」

「......だいぶ歩いてたから」


 俺は自転車を秋月(あきづき)の横に押した。


「乗れ」

「......後ろ?」

「他にどこがある」

「......一人で帰れる」

「どっちに?」

「......」


 東か西か、答えが出ない3秒だった。


「乗れ」


 もう一回だけ言った。

 秋月(あきづき)は何も言わずに、後ろのシートに乗った。

 溶けかけのアイスの棒を、左手に持ったまま。


 ペダルを踏んだ。

 走り始めてすぐ、背中の低いところで引っ張りがあった。

 シャツの裾を、何かがつまんでいた。


「......掴んでない」


「いや掴んでるだろ」

「......落ちたくないだけ」

「落ちないためにつかむのを、掴んでないとは言わない」

「......細かい」

「事実だ」

「......黙って漕いで」


 漕ぐ。

 走る風が、秋月(あきづき)の髪を引く。

 シャツの裾を掴む手は、離れなかった。


 路地を抜けると蝉の声が変わる。木の陰が途切れ、日差しが背中から来た。秋月(あきづき)の体温が、シャツ一枚越しにある。


 また細い道に入った。

 並木の日陰に入るたびに、後ろで小さな揺れがあった。

 信号で止まった。

 蝉の声と遠くの車の音と、室外機の低い唸りだけが、あった。

 シャツの裾を掴む手が、わずかに位置を変えた。


「......夏休み、意外と退屈」


 小さく秋月(あきづき)が言った。

 前を向いたまま言ったので、俺への言葉なのか、ひとりごとなのか。一拍おいた。


「ひとりで買い物に出て、3キロ迷子になっても、か」

「......それは別の話」


 信号が青になった。

 ペダルを踏みながら、俺は言った。


「暇なら、うちに来いよ」


 返事がしばらく、なかった。

 シャツの裾を掴む手に、少し力が入った。


 角を1本曲がって、また1本。見覚えのある並木、見覚えのある路地。秋月(あきづき)が毎日歩いているはずの道を、俺は逆方向から来ていた。

 秋月(あきづき)の家の近く。

 秋月(あきづき)が後ろから降りた。

 溶けかけのアイスの棒を、困った顔で持ったまま立っていた。棒の先には、もう何もなかった。


「......また、来てもいい?」


 「また」がついていた。

 初めて来るのに。

 来る前から、来ていい相手になっている。

 俺は自転車にまたがったまま、正面を向いたまま、答えた。


「いつでも」


 秋月(あきづき)は何も言わない。

 くるっと背を向けて歩く。

 10歩ほど歩いてから、立ち止まった。


「......ありがとう」


 振り返らずに言って、走っていった。

 路地の角を曲がって、姿が消えた。

 俺は秋月(あきづき)が走っていった路地を、しばらく見ていた。


 秋月(あきづき)の声が、頭の中で鳴った。「また、来てもいい?」という問いが、まだそこにあった。


 日差しが強かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ