たまに、の定義
夏休み3日目。
秋月からのLINEは、今日も、来ていた。
より正確に言うと、この3日間、LINEが来なかった日は、ゼロだった。
「たまに」という日本語は、辞書的には、頻度の低さを意味する副詞である、と俺は認識している。
認識が、揺らいでいた。
7月下旬の、これまでの履歴を、俺は今朝、寝起きに確認した。
初日。
『......暑い』
『......猫がいた』
『......触れなかった』
『......別に、報告するほどのことじゃない、と思ったけど、撮ったから送った』
2日目。
『......コンビニの新作アイス、美味しかった』
『......パッケージ、青い』
『......青いのが、美味しかった』
『......次も、青いのに、する』
3日目。
今日。
ちょうど、午前11時半、4通目が、届いたところだった。
* * *
『......散歩、した』
3日目の1通目は、一行だった。
いつも通りの、一行だった。
俺は「おつかれ」と返した。
『......迷った』
2通目。
秋月のLINEは、一通で完成しないのが、標準仕様らしい。
俺はキッチンで冷麦を茹でながら、指で打った。
『どこで』
『......わからない』
『どこにいるかわからないから迷ったんじゃなく、わからないからわからないのか』
『......今の日本語、どこかで接続を間違えた』
『間違えたのはお前だ』
『......』
3通目。
地図アプリのスクリーンショットが、送られてきた。
地図の中央に、赤い丸が、ひとつ、打ってあった。
画面の端、上の方に、現在地マークが、青く、別にひとつ、打ってあった。
赤い丸と、青い現在地マークの間の距離を、俺は、アプリの縮尺のバーで、ざっと、測った。
『秋月』
『......』
『お前その赤い丸』
『......』
『現在地から3キロ離れてるぞ』
『......え』
『え、じゃねえ』
『......確認して、設定したはず』
『何を基準に確認した』
『......コンビニ』
『コンビニは今日本に5万7千店ある』
『......知らない』
『それで現在地確定するな』
『......』
俺は冷麦を湯切りしながら、片手で、簡単な指示を送った。
『今見える一番近い交差点の名前、看板を読んで教えろ』
『......大和田、二丁目』
『じゃあ、そこから南西』
『......南西、が、わからない』
『太陽、今どこにある』
『......上』
『役に立たない情報が返ってきた』
10分ほどの往復の末、秋月は、無事、自分の家の方向に、軌道修正された。
軌道修正の間、俺の冷麦は、完全に伸びていた。
俺は伸びた冷麦を、箸で、無言で、食べた。
食べながら、スマホの、秋月のトーク画面を、一度、下までスクロールした。
3日分、ほぼ、切れ目なく、続いていた。
「たまに、ってなんだ」
声に出して、言った。
家には俺しかいない。声は、どこにも届かなかった。
届かないのに、声に出していた。
* * *
午後、桐生と駅前で遊ぶ約束があった。
特に目的のない、高2男子の、夏休みの、無目的な集合だった。
駅前のマックに、先に到着した桐生を見つけて、俺は向かい側に座った。
桐生はポテトを一本、口に咥えたまま、俺の顔を見て、ニヤッと笑った。
「お前、LINEの通知、さっきから、何回鳴ってる?」
「通知オフにしてない方の話か」
「カウントしたくなる頻度で鳴ってたぞ」
「......まあ」
「秋月さんか」
「......まあ」
「『まあ』二連は事実上の肯定」
「詰めるな」
桐生はポテトを咀嚼しながら、机の上のスマホを、俺の方に、指差した。
「お前、秋月さんと、毎日、LINEしてんの?」
「毎日、かな」
「しかも、秋月さんから、送ってきてんの?」
「そうだな」
「お前は、律儀に、全部、即レスしてんの?」
「即レス、というほどじゃない」
「俺がポテト一本食べる間に通知鳴ったら、もう即レスだ」
「お前の基準おかしいだろ」
「おかしくない」
桐生は、ポテトの袋を、机の真ん中に置いた。
置いてから、両手を、頭の後ろに、組んだ。
目を、細めた。
こいつがこの顔になる時は、次のセリフが、だいたい、決まっている。
深呼吸、1回、聞こえた。
「お前の目は節穴か!!」
店内のBGMに、負けない音量だった。
隣の席のおばさんが、ちらっとこっちを見た。
梅雨の頃に一度、同じセリフを聞いた覚えはあった。
あの時より、声の圧が、確実に、一段、増していた。
たぶん、本人も、そのつもりで、出していた。
「うるさい」
「うるさくない」
「うるさい」
「事実だ」
「何が事実だ」
「お前、秋月さんと、毎日、LINEしてて、しかも、初日からだろ?」
「まあ」
「しかも、秋月さんから、送ってきてんだろ?」
「そう」
「それ、『たまに』の定義、完全に、崩壊してるぞ?」
「秋月は『たまに』って言ってたんだよな」
「言ってたな」
「『たまに』って難しいよな、副詞は」
「......お前、自分で何言ってるか、わかってる?」
「副詞の用法の話だろ」
「用法の話じゃねえよ!」
桐生は天を仰いだ。
正確には、マックの天井を、仰いだ。
天井には、何もなかった。
何もないのに、桐生は、そこに何かを求めるように、5秒くらい、固定で、仰いでいた。
「お前が、鈍いだけだろ......」
「何の話だよ」
「お前にだけ、送ってんだよ、あの人は」
「俺にだけって、他に選択肢がねえだろ」
「それはお前の解釈だ」
桐生は深いため息を吐いた。
ため息の中に、ほんの少し、呆れと、諦めと、もう一つ、何か違うものが、混ざっていた。
違うもの、の正体は、たぶん、俺には、まだ、うまく、読み取れる気がしなかった。
* * *
夜。
部屋に戻って、ベッドに、横になった。
天井の継ぎ目を、見た。この1週間で、俺が天井の継ぎ目を見る回数は、急激に、増えていた。
手に持ったスマホの画面には、秋月の今日最後のLINEが、あった。
『......今日は、もう迷わない』
『......ありがとう』
2通だった。
2通目の、「ありがとう」が、今日の締めくくりだった。
俺は「おう」とだけ返して、スマホを、胸の上に、置いた。
天井を、見上げた。
目を閉じて、息を一つ吐いて、口の中で、独り言を、転がした。
「......秋月とのLINE、結構、楽しいな」
言ってみた。
口から出てきた言葉は、自分の声のくせに、思ったより、素直だった。
素直すぎたので、すぐに、訂正を、加えた。
「......なんでだろ」
訂正を加えたら、問いに、なった。
問いのまま、頭の中で、答えを、探した。
ストックの中で一番、手近にある答えを、取り出した。
「......友達、だから、か」
取り出して、口の中で、転がした。
転がすと、口の中で、ちゃんと、収まる、形を、していた。
形が、収まっているので、いけるはずだった。
「......うん、そうだ」
「......友達だから、楽しいんだ」
自分に、説明した。
説明するのに、2回かかった。
2回かかった自覚は、うっすら、あった。
うっすらあった自覚を、無視して、最後の、ひと言を、置いた。
「......そうだろ?」
誰にも、問いかけていなかった。
部屋にも、スマホの中の秋月にも、問いかけていなかった。
問いかけていた相手は、たぶん、天井の、継ぎ目の、どこか、だった。
天井は、何も、答えなかった。
胸の上の、スマホが、ふと、一度、軽く、震えた。
通知の音は、鳴らなかった。
画面を見ると、秋月からの、短い、一行だった。
『......おやすみなさい』
俺は、返信を、打った。
『おやすみ』
送信ボタンを押して、スマホの画面を、ふせた。
目を閉じた。
閉じた目の裏で、「......そうだろ?」の、?マークが、やけに、長く、残っていた。
?マークは、答えを、まだ、要求していた。
明日も、秋月から、LINEは、たぶん、来る。
夏休みは、まだ、1ヶ月以上、ある。
「たまに」の定義は、この夏の間に、どこまで、変わるんだろう、と、俺は、天井の、継ぎ目に、聞いてみた。
継ぎ目は、今日も、まっすぐで、何の感情もなくて、ただの、継ぎ目だった。




