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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME
雨のにおい

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34/44

凛の誕生日を知りたい

 翌日の昼休み。

 弁当の蓋を開けたとき、俺はふと、妙なことに気がついた。

 秋月(あきづき)の誕生日を、俺は知らなかった。

 昨日、ひなたの誕生日にケーキを持ち込んで「世界一」を三回言われた。毎年のやつだ。それ自体は何の違和感もない年中行事だった。なのに、今日の弁当の卵焼きを箸で挟んだあたりで、急に頭の端が引っかかった。ひなたの誕生日は知っているのに、秋月(あきづき)の誕生日は知らない。隣の席で毎日弁当のおかずを取られている相手の誕生日を、俺は一度も聞いたことがなかった。

 気になり出したら、止まらない性分だ。


秋月(あきづき)

「......なに」

「お前、誕生日いつ?」


 秋月(あきづき)の箸が、止まった。

 止まり方が、不自然だった。卵焼きを持ち上げる途中で、空中で、完全に静止した。


「......なんで」

「いや、なんでって」

「......急に」

「昨日ひなたの誕生日だったからな。そういえばお前の知らねえな、と思って」


 秋月(あきづき)は、しばらく箸の先の卵焼きを見ていた。卵焼きは何も悪くないのに、完全に俺の質問の矢面に立たされていた。

 そして、短く、言った。


「......教えない」

「教えないって」

「......教えない」

「二回言うなよ」

「......大事なことだから、二回」

「俺が聞いたのも大事なことだぞ」

「......あなたの大事と、私の大事は、違う」


 正論っぽい謎文章だった。

 秋月(あきづき)はその謎文章を吐き出してから、やっと止めていた卵焼きを口に入れた。

 俺は矛先を引っ込めない。


「隠す理由あるのか」

「......ない」

「じゃあ教えろよ」

「......それとこれとは、別」

「別って、どこで区切るんだよ」

「......知られたくない」

「理由は」

「......知られたくない、が、理由」


 論点の境界線がとことん曖昧な反論だった。

 秋月(あきづき)はそれ以上何も言わないで、弁当の白米の端を、丁寧に箸で四角く均し始めた。白米を均すのは秋月(あきづき)が困った時の儀式だ。これも、何度か見てきた光景だった。

 話は、ここで終わった。

 終わったが、俺の頭の中の引っ掛かりは、終わらなかった。


 * * *


 放課後。

 廊下で桐生(きりゅう)の肩を叩いた。


桐生(きりゅう)

「おう」

秋月(あきづき)の誕生日、知ってるか」

「は?」


 桐生(きりゅう)はスマホから顔を上げて、俺の顔をまじまじと見た。


「お前、今なんて言った?」

「秋月の誕生日、知ってるかって」

「知らねえ。なんで俺が知ってる前提なんだよ」

「お前、情報屋だろ」

「その前提はまあ、否定しない」


 桐生(きりゅう)は腕を組んで、顎の先に指を当てた。情報屋モードに切り替わる時の、こいつの決まったポーズだ。


「調べてやる」

「頼んでねえ」

「頼んだようなもんだろ今の」

「いや、どうやって調べる気だよ」

「情報屋の矜持」

「内容がゼロだぞ、その返答」


 桐生(きりゅう)は俺の肩をぽんと叩いて、そのまま廊下を反対方向に歩いていった。職員室の方向だった。嫌な予感がした。


 * * *


 嫌な予感は、30分後に当たった。

 桐生(きりゅう)が教室に戻ってきた。

 歩き方が、妙に勝ち誇っていた。


「12月24日」

「は?」

「秋月さんの誕生日。12月24日」

「どうやって調べた」

「ノーコメント」

「情報源を明かせ」

「情報屋は情報源を明かさない」

「今のどこかで聞いたことあるな」

「普遍の真理だからだ」


 桐生(きりゅう)は机の角に腰掛けて、にやにや笑った。


「......花園先生か」

「ノーコメント」

「花園先生だろ」

「ノーコメント」

「三回目で認めろよ」

「......まあ、廊下で、うっかり、すれ違ったら、『あら桐生くん、秋月さんのこと気になるの?』みたいな会話になって、気づいたら口から日付が流れ出てきた」

「それはお前が聞き出したんじゃなくて、向こうから出てきたパターンだな」

「情報屋は環境から情報を引き出す」

「引き出されたのはお前の情報だろ」


 桐生(きりゅう)は反論しなかった。花園先生から情報を引き出したつもりで、たぶん俺と秋月(あきづき)の情報を花園先生に一つ進呈してきた、と思われる。花園先生の「ふーん......」が、また一段、濃くなる光景が目に浮かんだ。

 でも、日付は、手に入った。

 12月24日。

 クリスマスイブ、だった。


「クリスマスイブか......」


 口の中で呟くと、桐生(きりゅう)がすぐに反応した。


「出た、蒼太の『......』」

「俺、そんなに『......』するか?」

「秋月さんの影響を受け始めてる」

「それは認めない」

「お前、秋月さんの誕生日プレゼント考えてんの? まだ半年先だぞ」

「別にそういうんじゃ......」

「ほら『......』」

「うるさい」

「ただ知りたかっただけだ、の顔してる」

「......ただ、知りたかっただけだ」

「はいはい」


 桐生(きりゅう)は軽く手を振って、鞄を肩にかけて教室を出ていった。からかいの後の引き際が、今日に限って早かった。たぶん、いつもよりは少しだけ真面目に受け取ってくれたのだろう。

 残された教室で、俺はもう一度、日付を口の中で転がした。

 12月24日。

 クリスマスイブ。


 * * *


 帰り道。

 秋月(あきづき)の姿はなかった。今日は先に帰ったらしい。

 一人で歩きながら、俺は、秋月(あきづき)が「知られたくない」と言った時の顔を、思い出していた。

 隠す理由は、ない、と言った。

 でも教えたくない、と言った。

 その「ない」と「教えたくない」の間に、俺の知らない何かが、一個、挟まっている気がした。

 秋月(あきづき)は、小学校を3回、中学校を2回、転校している。本人から以前、そう聞いた。

 誕生日を友達に祝ってもらうには、祝ってくれる友達が必要だ。そして、その友達と、誕生日まで関係が続いている必要がある。秋月(あきづき)の人生には、たぶん、その両方が、あまり、なかった。

 おまけに、日付が悪い。

 クリスマスイブ。

 街中が別の祝い事で埋まっている日に生まれた子供が、自分の誕生日をきちんと祝ってもらえる確率は、たぶん、そこまで高くない。

 そう考えると、「教えない」の意味が、少し、見えてくる気がした。

 教えない、というのは、たぶん、「期待したくない」の言い換えだ。

 勝手に知ってしまったな、と俺は思った。

 本人の許可を取らずに、日付を手に入れてしまった。それは、たぶん、秋月(あきづき)が一番嫌がるやり方だ。

 でも、知ってしまったものは、もう戻せない。

 頭の中の手帳の、12月24日のところに、小さな付箋を貼った。

 半年先だぞ、と桐生(きりゅう)の声が、耳の奥で反響した。

 半年あれば、考える時間は、十分すぎるくらいある。

 俺はそう思ってから、「考える」の中身を自分で明確にしないまま、角を曲がった。

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