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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME
雨のにおい

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25/45

お前の目は節穴か

 翌朝、雨は一旦止んでいた。

 昨日の夕方の雨は夜遅くまで降り続いて、朝になる頃にようやく空が明るくなった。雲はまだ低く垂れ込めていて、いつ次の雨が来てもおかしくない色だが、今のところは傘なしで歩ける。

 俺は登校の途中、昨日家で起きたことを頭の中で3回くらい再生し直したが、結論は出ていなかった。結論を出そうとするたびに、また雨、降るといい、という短い一言に戻ってきてしまう。同じ場所でぐるぐる回っているだけの思考だ。

 誰にも話さずに、自分の中で抱えたままにしておけばいい。話したところで答えが出る話でもない。そう決めて、教室の引き戸を開けた。

 決めてはいた。決めてはいたのだが、その決意は3秒で崩壊することになる。


 * * *


 朝の教室。

 秋月(あきづき)はまだ来ていなかった。桐生(きりゅう)は俺より少しだけ先に来ていて、自分の席で購買のメロンパンを袋ごと握っていた。朝から糖分の摂りすぎだ。

 俺が自分の机の方に歩き出すなり、桐生(きりゅう)がメロンパンを齧った口のまま、にっと笑った。


蒼太(そうた)

「......何だよ」

「お前、昨日見たぞ」


 俺の足が、机の手前で止まった。


「......何を」

「傘」

「......」

「一本」

「......」

「二人」


 桐生(きりゅう)はメロンパンをもう一口齧って、満足げに頷いた。

 俺は鞄を肩から下ろし、椅子に座りながら、頭の中で逃げ道を探した。逃げ道はなかった。


「......お前、なんでそこにいたんだよ」

「忘れ物取りに教室戻ろうとしてた時。昇降口の方からお前らが歩いていくのが、ちょうど見えた」

「お前、忘れ物多すぎだろ」

「話を逸らすな」


 逸らせなかった。逸らす材料がなかった。

 桐生(きりゅう)はメロンパンの最後の一口を口に放り込み、袋を丸めて机の隅に置いた。準備運動完了、という顔だった。


「で、白状しろ」

「白状って、何を」

「相合傘で帰ったろ」

「......相合傘じゃない。傘が一本しかなかっただけだ」

「それを世間では相合傘と呼ぶんだ」

「定義の問題だ」

「お前と秋月(あきづき)さん、一本、二人。相合傘以外の何だ?」


 反論できなかった。

 桐生(きりゅう)は嬉しそうに椅子を引き寄せて、俺の机に肘をついた。隣のクラスから聞こえそうな音量で囁く。


「あれ、完全にフラグだぞ」

「フラグじゃない」

「お前、絶対に気づいてないだろ」

「何にだよ」

「全部にだよ」


 桐生(きりゅう)はそう言って、上機嫌で天井を仰いだ。


「で、帰り道どうだったんだよ」

「......雨音と、足音と、会話なし」

「会話なし!? 会話なしで並んで歩いたのかお前ら!?」

「うるさかったら相合傘にならないだろ」

「いやそれはそうだけど」

「別に、傘がなかったから入れてもらっただけだ。それ以上でも以下でもない」


 俺はそう説明した。

 説明しながら、自分の声がいつもより一段階早口なことに気づいた。早口になる必要のない話のはずなのに。

 桐生(きりゅう)は、しばらく俺の顔をじっと見ていた。

 それから、低い声で言った。


「で、別れ際は?」

「......別れ際?」

「分かれ道。そういう時って、何か言うだろ普通」

「......何も言ってない」

「嘘つけ。お前の顔に書いてある」


 書いてあるはずがない。俺は無表情を保ったつもりだ。保ったつもりが、保てていなかったらしい。

 観念した。観念するしかなかった。


「......『また雨、降るといい』って、言われた」

「......」

「言って、走り去った」


 桐生(きりゅう)は、しばらく動かなかった。

 それから、大きく息を吐いた。

 吐いてから、頭を抱えた。

 両手で、しっかり前髪のあたりを掴んだ。


蒼太(そうた)

「なんだよ」

「お前の目は節穴か!?」


 桐生(きりゅう)が言った。

 声は大きかったが、絶叫ではなかった。絶叫ではないぶん、呆れと真剣さが同居した、普段の桐生(きりゅう)とは少し違う声だった。

 俺は何も言い返さなかった。

 言い返せなかった、というのが正しい。


 * * *


 昼休み。

 弁当を広げようとしたら、つぐみが俺の机の前に立っていた。

 横には桐生(きりゅう)もいる。どうやら事情はつぐみにも共有されたらしい。仕事が早い。


藤宮(ふじみや)くん」

「なんだよ」

桐生(きりゅう)から聞いた。(りん)が『また雨、降るといい』って言ったんでしょ?」

「言った」

「それ、どういう意味かわかる?」

「雨が好きなんだろ」


 言ってから、自分でも「違うな」と思った。ゆうべ散々、雨が好きなわけがない、という結論に辿り着いていたはずだ。なのに口から出た答えは「雨が好きなんだろ」だった。雑な処理をしていた。

 つぐみは、俺を見て、それから桐生(きりゅう)を見て、もう一度俺を見た。

 ため息と一緒に、小さな声で呟いた。


「......あんたの鈍感は罪だよ、罪」

「どういう意味だよ、罪って」

「そのまんまの意味。法廷あったら罰金刑」

「罰金刑?」

「一緒に相合傘して、あの距離まで近づいて、『また雨降るといい』って言われて、それを『雨が好きなんだろ』で処理したんでしょ? 罰金刑だね」


 最後の一文を、つぐみはやたらはっきり言った。

 俺は口の中で「そんな距離じゃない」と言いそうになって、それを言うと逆に自白に近くなることに気づいて、口を閉じた。

 桐生(きりゅう)が、横で小さく笑った。


「つぐみ、こいつはもう手遅れだ」

「わかってる。手遅れだから、あたしたちは見守るしかない」

「なんで二人で結論出してるんだよ」

藤宮(ふじみや)くん、いいから食べな。卵焼き今日もあるでしょ」


 俺は弁当箱を開けた。

 卵焼きは5切れ入っていた。今日はまだ減っていない。秋月(あきづき)は今日、何か用事があるらしく、昼休みの途中からしか戻ってこないらしい。

 つぐみと桐生(きりゅう)は満足したのか、それぞれの席に戻っていった。俺は一人で卵焼きを三切れ食べた。

 一人で食べる卵焼きは、いつもの卵焼きと味が少しだけ違って感じられた。薄く感じた。たぶん気のせいだ。たぶん、気のせい。


 * * *


 放課後。

 俺は一人で帰り道を歩いていた。秋月(あきづき)は今日、用事があって先に帰っていた。昼休みの途中から席に戻ってきたが、相合傘の件に触れる気配はなかった。俺からも触れなかった。触れ方がわからなかった、というのが正確な表現だ。

 住宅街を歩きながら、昨日の問いを頭の中で繰り返した。

 秋月(あきづき)が雨を好きなわけないだろ。あいつは濡れるのが嫌いで、この前の豪雨もタクシーで帰ろうとしていた。雨そのものを好きになる理由がない。

 じゃあ、なんであんなことを言ったんだ。

 相合傘の時間が、秋月(あきづき)にとってどういう時間だったのか、俺にはわからなかった。俺にとってはなんだかよくわからなくて落ち着かない時間だったが、秋月(あきづき)にとってもそうだったのかどうかは、秋月(あきづき)に聞かないとわからない。聞いてもたぶん「......知らない」と返ってくる。

 「また雨、降るといい」の意味は、だから、保留だ。

 保留のまま、俺は歩き続けた。

 住宅街の角を曲がったところで、ふと空を見上げた。

 雲の切れ目から光が差していて、その向こうに、淡く、虹がかかっていた。

 片側しか見えない、半分の虹だった。

 たぶん、一瞬前まで、どこかで雨が降っていたんだろう。屋根がまだ少し濡れている家もあった。

 虹を見ても、何もわからなかった。

 わからなかったけれど、なぜか、歩くペースが少しだけ遅くなった。


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