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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME
隣の席

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16/44

楽しかった、かもしれない

体育祭の閉会式が終わると、日はもう傾いていた。

 結果は、2年3組が総合3位。1位は1組で、2位が4組だった。桐生(きりゅう)は「来年こそ1位だ!」と拳を突き上げていたが、来年の体育祭は10ヶ月以上先だ。気が早い。

 閉会式の後は、学年全体でキャンプファイヤーがある。グラウンドの中央に組まれた薪の山に火がつくと、夕暮れの空にオレンジ色の光が広がった。

 クラスごとに円を作って、火を囲む。


蒼太(そうた)、こっちこっち! 席あるぞ!」


 桐生(きりゅう)が手を振っている。俺は適当に座った。芝生の上にブルーシートが敷かれていて、座ると一日中走り回った足がじんわり痛んだ。

 隣に誰かが座る気配がした。振り向かなくてもわかった。秋月(あきづき)だ。


「......」


 秋月(あきづき)は何も言わず、俺の隣に座った。少し間を空けて。手のひら二つ分くらいの距離。

 別に示し合わせたわけじゃない。教室でも隣の席だから、癖みたいなものだろう。空いている場所がたまたまここだっただけだ。

 たまたま。最近この言葉をよく使う。


「はい、マシュマロ!」


 つぐみが串に刺したマシュマロを配っている。桐生(きりゅう)が受け取って、火に近づけすぎて一瞬で黒焦げにした。


「うわあああ! 燃えた!」

桐生(きりゅう)くん、近すぎ。もっと離して」

「こう? まだ焦げる!?」

「だから離してって。ほら、こうやって端の方で」


 つぐみが桐生(きりゅう)にマシュマロの焼き方を教えている。桐生(きりゅう)が「白河(しらかわ)先生!」と呼んで、つぐみが「先生じゃないし」と突っ込む。

 俺も串を受け取って、火の端にかざした。マシュマロの表面がゆっくりと膨らんでいく。焼き加減を見極めるのは、卵焼きと同じだ。表面にうっすら焦げ目がついて、中がとろっとするくらいがちょうどいい。

 隣の秋月(あきづき)はマシュマロの串を持ったまま、火を見つめていた。焼く気配がない。


秋月(あきづき)、焼かないのか」

「......焼き方がわからない」

「こう、火の端に近づけるだけだ。近すぎると焦げる」


 秋月(あきづき)が俺の真似をして、串を火に近づけた。慎重な動きだ。マシュマロの表面が少しずつ色づいていく。


「......これでいいの」

「もう少し。表面がきつね色になったら」


 秋月(あきづき)のマシュマロが綺麗に焼き上がった。金色の焦げ目がついて、中から白いのが透けて見える。完璧な仕上がりだ。

 秋月(あきづき)がマシュマロを口に運んだ。一口で食べた。咀嚼する間、表情は変わらない。


「......甘い」

「マシュマロだからな」

「......もう一本」


 秋月(あきづき)がつぐみの方に手を伸ばした。つぐみが「お、(りん)おかわり?」と笑って串を渡す。

 秋月(あきづき)は2本目を焼いた。今度は俺に教わらなくても、ちょうどいい距離感で火にかざしていた。覚えるのが速い。

 キャンプファイヤーの火が大きく爆ぜた。火の粉が夜空に舞い上がる。日が完全に落ちて、火の光だけがみんなの顔を照らしている。


「そうくん! マシュマロ焼いて!」


 ひなたが駆け寄ってきた。手にはマシュマロの袋と串を持っている。


「自分で焼けばいいだろ」

「えー、でもそうくんの方が上手じゃん! ひなた、すぐ焦がしちゃうの」

「はいはい」


 俺はひなたのマシュマロを串に刺して、火にかざした。ひなたが隣にしゃがみ込んで、焼けるのを待っている。

 きつね色に焼き上がったマシュマロをひなたに渡す。


「わあ! 完璧! さすがそうくん!」

「大げさだろ」

「えへへ、美味しい!」


 ひなたが嬉しそうに頬張る。

 俺の反対側──秋月(あきづき)の方をちらっと見た。

 秋月(あきづき)は2本目のマシュマロの串を持ったまま、火を見つめていた。俺とひなたの方は見ていない。見ていないが、串を持つ指の力が少しだけ強くなっていた。マシュマロが歪んでいる。

 ひなたが「(りん)ちゃんも一緒にどう?」と声をかけた。秋月(あきづき)は「......大丈夫」と短く答えた。

 ひなたは「そっか!」と笑って、別の友達のところに走っていった。あいつはいつでもどこでも全力で楽しそうだ。


 * * *


 時間が経って、キャンプファイヤーの火が少し小さくなった。

 桐生(きりゅう)は向こう側でクラスメイトと盛り上がっている。つぐみはバドミントン部の友達と合流した。周囲が騒がしい中、俺と秋月(あきづき)の間だけ、妙に静かだった。

 火が爆ぜる音だけが、2人の間を埋めている。


秋月(あきづき)

「......何」

「楽しかったか?」


 聞いてから、なんで聞いたのか自分でもわからなかった。秋月(あきづき)に楽しかったかどうかを確認する必要は、どこにもない。

 秋月(あきづき)は火を見つめたまま答えた。


「......普通」


 普通。秋月(あきづき)語で「悪くない」の意味だと、最近はわかるようになった。


「お前、さっきリレーの時立ち上がってたぞ」

「......立ってない」

「いや、立ってた。俺、見たから」

「......見間違い」

「つぐみも見てたけど」

「......白河(しらかわ)の見間違い」


 2人同時に見間違えることがあるだろうか。ないと思うが、秋月(あきづき)に正論は通じない。

 秋月(あきづき)の横顔に、火の光が揺れている。オレンジ色の光と影が交互に頬を照らしていた。長い黒髪が肩から胸にかけて流れていて、その先端が風でわずかに揺れている。

 綺麗だな、と思った。

 思っただけで口には出さなかった。口に出したら秋月(あきづき)が固まるのが目に見えている。

 火がまた爆ぜた。パチ、と小さな音が鳴る。


「......」


 秋月(あきづき)が何か言おうとした。口が少し開いて、閉じて、もう一度開く。

 火の爆ぜる音に紛れるくらいの小さな声で、秋月(あきづき)が言った。


「......楽しかった、かもしれない」


 俺は聞こえた。

 聞こえたが、聞こえないフリをした。

 なぜかはわからない。ただ、秋月(あきづき)のこの言葉は、俺に向けて言ったんじゃないと思った。火に向けて、あるいは自分自身に向けて、ぽろっとこぼれたものだ。拾い上げたら、秋月(あきづき)は二度とこういうことを言わなくなる。

 だから俺は、火を見つめたまま黙っていた。

 秋月(あきづき)も黙っていた。

 周りは騒がしいのに、俺たちの間だけ静かだった。嫌な静けさじゃない。何も言わなくていい、という種類の静けさだ。

 火の粉が夜空に昇っていく。暗い空に散って、消える。

 秋月(あきづき)の肩が、俺の肩から手のひら二つ分の距離にある。それは朝と変わらない。変わらないのに、その距離の意味が少しだけ変わった気がした。

 理由はわからない。ただ、秋月(あきづき)が「楽しかった、かもしれない」と言ったことが、俺にはなんとなく嬉しかった。

 嬉しいというか。

 よかったな、と思った。それだけだ。

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