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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME
隣の席

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15/45

ゴール

午後の部。二人三脚。

 グラウンドの直線コースに白線が引かれ、4レーンが並んでいる。2組ずつのトーナメント形式で、初戦の相手は2年1組のペアだった。

 スタートラインの手前で、秋月(あきづき)と足を紐で結ぶ。練習を重ねたおかげで、もう手際は慣れたものだ。秋月(あきづき)も足首に触れられて動揺するようなことはない。

 ないはずだが、耳の先がほんのり赤い。日差しのせいだろう。5月の太陽は意外と強い。


秋月(あきづき)、いけるか」

「......聞かなくていい」


 それは「いける」の意味だと、最近は翻訳なしでわかるようになった。

 秋月(あきづき)が俺の腕に手を回す。練習の時より力が入っている。秋月(あきづき)の体温が腕越しに伝わってきた。


「......競技のためだから」

「知ってる」


 笛が鳴った。

 右。左。右。左。

 秋月(あきづき)の足が俺の足に完璧に合っている。声を出さなくても、体の傾きと重心の移動だけでタイミングがわかる。練習では5回に1回は足がもつれたのに、本番では一度もズレない。

 隣のレーンの1組ペアが3歩目でつまずいた。俺たちは引き離す。

 20m。30m。ゴールが近い。

 あと5mというところで、秋月(あきづき)の足がもつれた。

 右足が地面の窪みを踏んだのだ。秋月(あきづき)の体が前に傾く。紐で繋がった俺の体も引っ張られる。

 咄嗟に、左腕で秋月(あきづき)の体を支えた。秋月(あきづき)の肩を抱くような形になる。秋月(あきづき)が俺の腕を掴む。爪が食い込むくらい強く。

 止まらない。止まったら負ける。

 俺は秋月(あきづき)を支えたまま、残りの5mを走り切った。


「ゴール! 2年3組!」


 放送の声が聞こえた。歓声が上がる。

 ゴールラインを越えて、俺たちは止まった。息が上がっている。秋月(あきづき)の髪が風で乱れて、頬に張り付いていた。

 秋月(あきづき)がまだ俺の腕を掴んでいる。

 掴んでいる、というより、離せなくなっているようだった。指が白くなるくらい力が入っている。秋月(あきづき)の呼吸が速い。走ったせいだろう。


秋月(あきづき)、大丈夫か」

「......大丈夫」


 声は落ち着いているが、手は離れない。

 スタンドから桐生(きりゅう)の声が聞こえた。


「おーい! もう離していいぞー!」


 秋月(あきづき)が弾かれるように手を離した。一瞬で俺から50cmくらい距離を取る。紐で繋がっているから、それ以上は物理的に離れられない。

 秋月(あきづき)の顔は正面を向いている。目は合わない。耳が赤い。首筋まで赤い。これは日差しのせいじゃない。


「......紐、解いて」

「ああ」


 しゃがんで紐を解く。秋月(あきづき)の足首に、紐の跡が赤く残っていた。

 結果は2位通過。決勝では1組のもう一つのペアに負けたが、全体では2位だった。上出来だろう。

 秋月(あきづき)は結果を聞いて「......そう」と言った。いつもの「そう」よりほんの少しだけ、語尾が上がっていた気がする。


 * * *


 午後の最終種目。クラス対抗リレー。

 俺はアンカーとしてバトンゾーンに立っている。3組は現在3位。前を走る1組と2組の背中が見える。4組は少し離れた。

 第3走者の橋本がカーブを曲がってくる。必死の形相だ。2位の1組との差は5mくらい。

 バトンが手に渡った瞬間、俺は地面を蹴った。

 風が耳元を切る。前の走者の背中がぐんぐん近づく。1組のアンカーを最後の直線で抜いた。1位の2組には届かなかったが、2位でゴール。

 ゴールラインを越えて、速度を落とす。肺が燃えるように熱い。膝に手をついて、息を整えた。

 スタンドから歓声が聞こえる。2年3組の青いハチマキが揺れている。桐生(きりゅう)が立ち上がって何か叫んでいるが、遠くて聞こえない。

 ふと、スタンドの一角に目が止まった。

 秋月(あきづき)が立っていた。

 周囲の生徒は座っているのに、秋月(あきづき)だけが立っている。グラウンドの方を見ている。俺の方を見ている。

 秋月(あきづき)の隣にいたつぐみが、何か言った。俺のいる位置からは聞こえないが、つぐみの口の動きで何となくわかった。

 ──(りん)、立ってるよ。

 秋月(あきづき)が「......座ってる」と言ったのも、口の動きでわかった。

 立っている。明らかに立っている。座っていない。

 秋月(あきづき)はそのまま2秒くらい立ち続けて、それからゆっくりと腰を下ろした。何事もなかったような顔で、ペットボトルのお茶を飲んでいる。

 俺は少し笑いそうになったが、我慢した。


 * * *


 リレーが終わって、俺がスタンドに戻ると、秋月(あきづき)が水筒を差し出してきた。

 俺の方を見ないで、手だけを横に伸ばしている。視線はグラウンドに向いたままだ。


「......喉、乾いたでしょ」


 小さな声だった。

 俺は自分の水筒を持っていたが、秋月(あきづき)がわざわざ差し出したものを断るのも変な話だ。


「ああ、サンキュー」


 受け取って、飲んだ。麦茶だった。冷えていて美味い。走った後の体に染み渡る。

 水筒を返す。秋月(あきづき)は受け取って、自分の膝の上に置いた。


「2位だったな」

「......見てない」

「さっき立ち上がってただろ」

「......立ってない」

「立ってた。つぐみにも指摘されてた」

「............」


 秋月(あきづき)の指が水筒の蓋をいじっている。視線は下を向いたままだ。


「......走るの、速いのね」

「まあ、一応」

「......一応」


 秋月(あきづき)がそれだけ呟いて、黙った。

 しばらくして、つぐみが俺の横に来た。


藤宮(ふじみや)、ナイスラン」

「おう。サンキュー」

「ところで、さっき(りん)の水筒で飲んでたでしょ」

「ああ。差してくれたから」

「それ、間接キスなんだけど」


 つぐみの声は小さかったが、秋月(あきづき)には聞こえたらしい。

 秋月(あきづき)の動きが止まった。水筒の蓋をいじっていた指が、固まった。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと、秋月(あきづき)の首筋から耳にかけて赤みが広がっていく。リアルタイムで赤くなるのを目の当たりにした。


「......」


 秋月(あきづき)は無言のまま、水筒をスクールバッグの中に押し込んだ。乱暴な動きだった。秋月(あきづき)にしては珍しい。

 俺は間接キスとか考えたこともなかった。水筒で水を飲んだだけだ。


白河(しらかわ)、それ本人の前で言うことか?」

「え、だって面白いんだもん」

「面白くない。秋月(あきづき)が固まってるだろ」

「......固まってない」


 秋月(あきづき)が小さく言ったが、声が裏返っていた。

 つぐみが肩をすくめた。俺はため息をついて、自分の水筒から水を飲んだ。

 秋月(あきづき)はそれから30分くらい、水筒に触ろうとしなかった。

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