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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME
隣の席

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14/45

借り物競走の罪

体育祭当日。5月最後の木曜日。

 朝から雲一つない快晴だった。先週まで雨の予報だったが、当日になって見事に覆した。花園(はなぞの)先生が「私の日頃の行いがいいから」と自画自賛していたが、たぶん関係ない。

 グラウンドにはテントが並び、白線が引かれ、スピーカーから音楽が流れている。生徒たちは体操服にクラスカラーのハチマキを巻いて、すでに興奮状態だ。2年3組のカラーは青。

 俺は青いハチマキを額に巻きながら、グラウンドを見渡した。5月の日差しが白線に反射して眩しい。昨日までの練習で足の裏にできたマメが少し痛むが、走るのに支障はない。

 秋月(あきづき)はスタンドの端に座っていた。青いハチマキを手に持ったまま、どう巻くか迷っているように見えた。つぐみが横から「貸して、巻いてあげる」と手を伸ばして、秋月(あきづき)の額にハチマキを巻いた。秋月(あきづき)は「......ありがとう、とは」と言いかけて、つぐみに「はいはい、言わなくていいよ」と笑われていた。


「うおおお!! 体育祭だあああ!!」


 桐生(きりゅう)が両腕を上げて叫んでいる。朝からテンションの上限を振り切っている。こいつは行事ごとに全力で騒ぐタイプだ。


「うるせえ。朝から鼓膜が痛い」

蒼太(そうた)、リレーも二人三脚も頼むぞ! 俺は玉入れで100個入れるからな!」

「玉入れに100個もないだろ」


 午前の部の最初の種目は借り物競走だった。各クラスから2名ずつ出場する。俺はここにも名前が入っていた。花園(はなぞの)先生が「藤宮(ふじみや)くんは足が速いから」と勝手にエントリーしたらしい。

 スタートラインに立つ。隣のレーンには他クラスの奴がいるが、知らない顔だ。

 笛が鳴った。走る。中央のテーブルに裏返しに置かれたカードに手を伸ばす。

 表に返す。

 手書きの文字が目に入った。


 『クラスで一番可愛い人』


 一瞬、足が止まった。

 誰だよ、こんなお題を書いたのは。

 スタンドの方から桐生(きりゅう)の声が聞こえた。あいつの声はグラウンドの端まで届く。


蒼太(そうた)!! 秋月(あきづき)さん連れてこい!!」


 桐生(きりゅう)の絶叫が会場に響き渡った。周囲の生徒が「おお」とか「秋月(あきづき)さん!」とかざわつく。

 俺は振り返って叫び返した。


「うるせえ!」


 視界の端で、スタンドの一角に秋月(あきづき)が座っているのが見えた。いつもの無表情で、ペットボトルのお茶を手にしている。桐生(きりゅう)の絶叫が聞こえたはずだが、微動だにしない。

 考えている暇はなかった。タイムは走り続けている。

 俺は一番近くにいた人間の腕を掴んだ。


白河(しらかわ)、来てくれ!」

「え、あたし!?」


 つぐみだった。スタンドの最前列で足を組んで座っていたつぐみが、目を丸くした。


「説明は後! 走るぞ!」

「ちょ、引っ張んないでよ!」


 つぐみの手を引いてゴールまで走った。つぐみは文句を言いながらも全力で走ってくれた。バドミントン部だけあって足が速い。フットワークに無駄がない。コーナーの切り返しが俺より上手いかもしれない。

 結果は3位。悪くない。

 ゴールラインを越えて、つぐみが膝に手をついて息を整えている。髪が乱れて、ハーフアップのウェーブが崩れかけていた。


「あんた......いきなりすぎでしょ......」

「悪い。助かった」

「で、お題何だったの」


 俺がカードを見せると、つぐみは数秒黙った。それからゆっくり顔を上げた。


「......あたしが、クラスで一番可愛い人?」

「近くにいたから」

「は?」


 つぐみの目が半開きになった。呆れと何かが混ざった目だ。


「近くにいたから。それだけだけど」

「......あんた、ほんと罪な男だわ」

「何が」

「わかんないなら、余計に罪」


 つぐみが首を振って、スタンドに戻っていった。

 罪。意味がわからない。近くにいた人間を連れていっただけだろう。合理的な判断だ。

 桐生(きりゅう)が走ってきた。


蒼太(そうた)!! なんで白河(しらかわ)なんだよ!! 秋月(あきづき)さんだろ普通!!」

「普通の基準がわからん」

「クラスで一番可愛い人だぞ!? 秋月(あきづき)さん一択だろ!?」

「お前のランキングは知らん。つーか白河(しらかわ)にも失礼だろ」

「あ......そりゃそうだ。ごめん白河(しらかわ)ー!」


 桐生(きりゅう)がスタンドに向かって叫んだ。つぐみが遠くから中指を立てた。あのジェスチャーは体育祭にふさわしくない気がする。

 ひなたが隣のクラスの応援席から駆け寄ってきた。


「そうくん! 借り物競走見てたよ! 白河(しらかわ)さんと走ってたね!」

「ああ。近くにいたから」

「お題、何だったの?」

「......まあ、色々」


 俺はカードを裏返しにしてポケットに入れた。ひなたに見せたら面倒なことになりそうな予感がした。ひなたは「色々って何ー?」と首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。あいつのこういう淡白さに、俺は何度か救われている。


 * * *


 借り物競走の結果が落ち着いた後、俺はスタンドに戻って水を飲んだ。

 次の種目まで少し時間がある。桐生(きりゅう)は玉入れの練習と称して腕を振り回している。あれで本番に力が残るのだろうか。

 ふと、視界の隅で秋月(あきづき)が目に入った。スタンドの端に座って、お茶を飲んでいる。いつもの無表情だ。何事もなかったように、グラウンドの方を見ている。

 ペットボトルのキャップを閉めた。きゅっ、と。それから、もう一回きゅっと締め直した。

 指先が白くなるくらい、きつく。

 つぐみがスタンドに戻ってきて、秋月(あきづき)の隣に座った。


(りん)、お茶飲む?」

「......飲んでる」

「そっか。さっきの借り物競走、見てた?」

「......別に。見てない」

「ふうん。藤宮(ふじみや)、あたしの手引っ張って走ったんだよ。びっくりした」

「......そう」

「お題、『クラスで一番可愛い人』だったんだって」

「............」


 秋月(あきづき)の手が一瞬だけ動いた。ペットボトルを握る力が強くなったように見えた。

 いや、見えただけだ。俺のいる位置からは正確にはわからない。


(りん)?」

「......何」

「なんでもない」


 つぐみが何か言いたそうにして、やめた。代わりに秋月(あきづき)の横顔をちらっと見て、小さくため息をついた。

 俺はタオルで汗を拭きながら、次の種目の準備に向かった。午後には二人三脚とリレーが控えている。集中しないと。

 秋月(あきづき)が何を考えているかは、俺にはわからない。いつもそうだ。

 ただ、ペットボトルのキャップを必要以上にきつく閉めている秋月(あきづき)の指先が、なんとなく記憶に残った。

 あと、つぐみが「クラスで一番可愛い人」のお題を伝えた時の12点の沈黙も。

 あの沈黙の意味が、俺にはわからなかった。

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