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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
隣の席

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13/72

体育祭前夜

5月下旬。中間テストの余韻が消えないうちに、教室の空気がまた騒がしくなった。

 HRで花園(はなぞの)先生が体育祭のプリントを配る。種目一覧とペアの振り分け表だ。俺は受け取ったプリントに目を通した。

 クラス対抗リレー、障害物競走、借り物競走、二人三脚、玉入れ、綱引き。定番のラインナップだ。

 リレーのアンカーの欄に、俺の名前があった。


蒼太(そうた)、お前アンカーじゃん! さすが元サッカー部!」


 桐生(きりゅう)が俺のプリントを横から覗き込んで声を上げる。元サッカー部というか、中学の時に少しやっていただけだが、足が速いのは確かだ。50m走6秒2。体力テストで学年上位に入ったのが、こんなところで効いてくるとは思わなかった。


「つーか蒼太(そうた)、二人三脚のとこ見ろよ!」

「ん?」


 桐生(きりゅう)が興奮気味に指さした欄を見た。二人三脚のペアはくじ引きで決まる。プリントにはくじの結果が印刷されていた。

 藤宮(ふじみや)蒼太(そうた)──秋月(あきづき)(りん)

 隣を見た。秋月(あきづき)も自分のプリントを見ている。表情は変わらない。プリントを机の上に置いて、窓の外に視線を移した。


「......」


 無言。完全な無言だ。肯定も否定もない。空気のように受け止めている。

 俺は一応、声をかけた。


秋月(あきづき)、二人三脚のペアだってさ。よろしく」


 秋月(あきづき)がこちらを見た。1秒。2秒。


「......勝手にしないで」


 意味がわからない。くじ引きの結果に俺の意志は介在していない。そもそも「よろしく」に対する返答として成立していない。

 桐生(きりゅう)が「ツンデレか!?」と叫んだ。うるさい。


(りん)、やったじゃん」


 つぐみが後ろから秋月(あきづき)の肩に手を置いた。秋月(あきづき)は振り向きもせずに「......何が」と返す。


「だって二人三脚でしょ? 藤宮(ふじみや)とペアなんて、楽しそうじゃん」

「......楽しいかどうかは関係ない。競技だから」

「はいはい。競技ね」


 つぐみがにやにや笑っている。秋月(あきづき)は窓の外を見たまま動かない。耳がかすかに赤いのは、西日のせいだろう。たぶん。


「そうくん! 体育祭の種目見た!?」


 教室のドアからひなたが顔を出した。隣のクラスのプリントを握りしめている。


「見たよ。リレーのアンカーになった」

「すごい! そうくん足速いもんね! ひなた、応援するからね!」

「おう」

「あ、二人三脚は誰とペアなの?」


 俺が答える前に、桐生(きりゅう)が「秋月(あきづき)さんだよ!!」と叫んだ。声量を調整する機能は相変わらず搭載されていない。

 ひなたが「えっ」と目を丸くして、秋月(あきづき)をちらっと見た。秋月(あきづき)は窓の外から視線を動かさない。


「そっかあ。頑張ってね、そうくん!」


 ひなたはいつも通りの笑顔で手を振って、自分のクラスに戻っていった。あいつは本当に表裏がない。


 * * *


 放課後、グラウンドの隅で二人三脚の練習が始まった。

 体育祭は来週の木曜日。練習できるのはせいぜい4日か5日だ。他のペアも周囲で練習しているが、俺と秋月(あきづき)はグラウンドの端を選んだ。正確には、秋月(あきづき)が人の少ない方に歩いていったから、俺がついていった。

 紐を持って、しゃがむ。秋月(あきづき)の右足と俺の左足を結ぶ。

 足首に触れた瞬間、秋月(あきづき)の足がびくっと動いた。


「......」

「悪い。くすぐったかったか?」

「......別に。早くして」


 秋月(あきづき)の声が少し硬い。顔は見えない。しゃがんだ状態だと、長い黒髪がカーテンのように顔を隠す。

 紐を結び終えて立ち上がる。秋月(あきづき)と肩が並ぶ。互いの体温を感じるくらい近い。


「じゃあ、まず歩くところから」

「......わかってる」


 右足を出す。秋月(あきづき)が左足を出す──はずだった。

 秋月(あきづき)の左足は動かなかった。俺だけが一歩前に出て、バランスを崩す。紐で繋がった秋月(あきづき)の足が引っ張られて、2人して前につんのめった。

 秋月(あきづき)の肩を咄嗟に掴んで、なんとか転倒は免れた。


「......速すぎる」

「いや、合図してから動いたんだけど」

「......合図が聞こえなかった」

「目の前で言ったんだが」


 秋月(あきづき)が俺を睨んだ。正確には、わずかに眉を寄せた。秋月(あきづき)基準ではかなり強い感情表現だ。


「......藤宮(ふじみや)が合わせて」

「いや、二人で合わせるんだよ」


 秋月(あきづき)が黙った。何かを言いたそうにしてから、口を閉じる。

 もう一度。右足を出す。今度は声を出した。


「いち」


 秋月(あきづき)の足が動いた。半拍遅れて、結んだ方の足が引っ張られる。


「に」


 二歩目。秋月(あきづき)のリズムが俺に追いつこうとしている。だがまだズレている。三歩目で秋月(あきづき)の体が傾いた。俺が腰を支える。


「......離して」

「離したら転ぶだろ」

「......転ばない」

「今、転びかけたよな」

「............」


 12点の沈黙。秋月(あきづき)語で「反論できない」の意味だ。

 もう一度最初から。右、左、右、左。声を出して、タイミングを合わせる。3回目でようやくまっすぐ5歩進めた。5回目で10歩。8回目でようやく20mを歩けるようになった。

 秋月(あきづき)の歩幅が少しずつ俺に合ってきている。最初は俺が合わせようとしたが、秋月(あきづき)の方から調整し始めたのが途中でわかった。


「......次、走る」

「もう少し歩いてからの方が」

「......走る」


 秋月(あきづき)は頑固だ。

 走り出した。3歩目で秋月(あきづき)が体勢を崩す。俺が腕で支える。秋月(あきづき)が俺の腕を掴む。掴んだまま、4歩目、5歩目。走れている。

 10m走って止まった。息が少し上がっている。

 秋月(あきづき)がまだ俺の腕を掴んでいた。


秋月(あきづき)、腕」

「......あ」


 秋月(あきづき)が手を離した。一瞬だけ、本当に一瞬だけ、手のひらに秋月(あきづき)の指の感触が残った。

 花園(はなぞの)先生が近くを通りかかって、「二人三脚は肩を組むか、腕を組むと安定するわよ」とアドバイスをくれた。

 秋月(あきづき)が固まった。

 肩を組むか、腕を組む。つまり、体を密着させる必要がある。


「......」

「......」


 俺も秋月(あきづき)も黙った。周りのペアを見ると、確かに腕を組んで走っている組が多い。男女のペアは気まずそうにしつつも、競技のために割り切っている。

 秋月(あきづき)が小さく息を吸った。それから俺の方を向いた。目は合わせない。視線は俺の腕のあたりに固定されている。


「......これは、競技のためだから」


 宣言してから、秋月(あきづき)は俺の腕に手を回した。

 軽い力だった。触れるか触れないかくらいの、最低限の接触。それでも秋月(あきづき)の手が震えているのがわかった。

 秋月(あきづき)の耳が、夕日のせいじゃなく赤かった。


「......何か言ったら、次の練習は来ない」

「何も言ってない」

「......そう。なら、いい」


 右、左、右、左。

 秋月(あきづき)の腕が俺の腕に回されたまま、2人で走る。さっきより安定している。体の軸がブレにくい。秋月(あきづき)も気づいたのだろう、手の力が少しだけ強くなった。

 20mを走り切った。

 秋月(あきづき)が腕を離す。今度は俺が声をかける前に、自分から離した。


「......明日も練習する」


 秋月(あきづき)はそれだけ言って、荷物を取りに教室へ戻っていった。

 俺は足首に残る紐の跡をさすりながら、ぼんやりとグラウンドに立っていた。夕焼けが校庭を赤く染めている。

 競技のため。秋月(あきづき)は確かにそう言った。俺もそう思っている。二人三脚なんだから、腕を組むのは当然だ。

 当然なんだが。

 秋月(あきづき)の手が震えていたことが、なんとなく頭から離れなかった。

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