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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio Yodaca
冬──義理チョコは手作りしない

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石段と手袋

 初詣を終えて、俺たちは神社の長い石段を降りていた。夕暮れの光が、石段の縁を橙色に染めている。踏みしめるたびに、下駄と草履の音が石段に響いて重なった。


「今日、色々楽しかったな」


 桐生は満足げに息を吐いた。


 桐生がそう言いながら、先頭を軽い足取りで降りていく。


「屋台のたこ焼き、美味かったな」


 ひなたが伸びをしながら、そう相槌を打つ。つぐみも頷いた。


「甘酒もあったかくて良かったよね」


 3人はそう言いながら、石段を降りていく。


 俺は凛と並んで、少し遅れて石段を降り始める。着物の裾のせいで、凛は一段ごとに足元を確かめる降り方になっていた。


 俺は横目で凛の足元を確認しながら、声をかけた。


「秋月、気をつけろよ、着物だと歩きにくいだろ」


「......大丈夫」


 凛はそう言って、しっかりした声で答えた。だがその直後、着物の裾を踏みそうになって、体勢を崩す。


「あ」


 凛が小さく声を上げた。俺は反射的に手を伸ばして、凛の手を掴んだ。指先に触れた手のひらは、思ったより冷たかった。


「大丈夫か」


「......大丈夫。手、離して」


 凛はそう言いながらも、俺の手を振りほどこうとはしなかった。指先だけがかすかに震えていて、それが寒さのせいなのか、それとも別の理由なのか、俺には判断がつかなかった。


「危ないから、このまま歩こう」


 俺がそう言うと、凛は何も言い返さなかった。手を繋いだまま、二人で石段を降りていく。繋いだ手のひらの温度が、少しずつ俺の側にも移ってくる。


 凛の手は、思ったより小さかった。指の一本一本が細くて、力を込めればすぐに折れてしまいそうな気さえする。それでも、石段の段差を踏むたびに、その手はしっかりと俺の手を握り返してきた。俺はその重みを確かめるように、一段ずつゆっくりと足を運んだ。


 凛はマフラーに顔を半分埋めるようにして、表情を隠している。俺は手を離すタイミングを、すっかり見失っていた。


 石段の途中で、前を歩くひなたが振り返った。俺たちの手が繋がれているのを見て、ひなたは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。


「そうくん、気をつけてね、凛ちゃんのこと」


 ひなたはそう言って、また前を向いて歩き出す。その笑顔には、以前のような無理をした様子がなかった。ただ穏やかに、俺たちを見守っているような表情だった。


「ひなた、なんか今日、優しくない?」


 俺がそう聞くと、ひなたは振り返らずに答える。


「そう? いつも通りだよ」


 ひなたは前を向いたまま、俺たちの繋いだ手には触れなかった。石段を一段飛ばしで軽やかに降りていって、途中で一度だけ「転ばないでよー」と振り返った。笑った顔に、作った硬さはどこにもなかった。俺は「そっちがな」と返した。


 少し先を歩いていたつぐみが、桐生に小声で何か囁いているのが見える。


 つぐみは口元を手で隠しながら、桐生に耳打ちした。


「あの二人、もう付き合ってるようなもんでしょ」


「な。本人たちだけが気づいてないやつ」


 桐生の返しに、つぐみが小さく笑った。俺はその会話が聞こえていたが、聞こえないふりをするしかなかった。耳だけが、その一言を何度も反芻していた。


「秋月、石段、あと少しだからな」


 残りの段数を目で数えながら、俺はそう声をかけた。凛は小さく頷いた。


「......うん」


 石段を降りきる直前、凛の足がまた不安定になる。俺は繋いだ手に、自然と力を込めた。


「大丈夫か」


「......大丈夫。ありがとう」


 凛はそう言いながらも、まだ手を離そうとしなかった。石段はもうあと数段しか残っていなかったのに。


 ようやく石段を降りきって、平らな地面に立つ。だが俺も凛も、どちらからともなく手を離さなかった。


 辺りには、屋台の明かりと参拝客のざわめきが広がっている。行き交う人々の話し声、屋台の呼び込み、遠くで鳴る鈴の音。その喧騒の中で、俺たちの手だけが、静かに繋がったままだった。凛の手袋越しの指が、一度だけ位置を直した。離すためではなく、握り直すための動きだった。


 どれくらいそうしていたか、俺には分からない。屋台の呼び込みの声も、参拝客のざわめきも、どこか遠くの出来事のように聞こえていた。やがて凛が、指をするりと抜いた。


「......ありがとう。もう大丈夫」


 凛はそう言って、手を胸の前で軽く握った。俺の手のひらには、まだ凛の温度が残っている気がした。


「秋月、着物、脱ぎにくくないか、大丈夫か」


 俺がそう聞くと、凛は首を横に振った。


「......平気。着慣れてないだけで」


「そうか」


 俺たちは何事もなかったかのように、また歩き出す。俺は手を軽く握って、開いた。感触は、もうそこになかった。手のひらに残った熱だけが、しばらく消えずに残っている。


 凛は少し先を歩きながら、着物の袖をそっと整えていた。石段でのことなど何もなかったかのような態度だったが、耳の先はまだ赤いままだった。俺はそれを見ないふりをして、隣に並んで歩き出す。


「蒼太、桐生、こっち来て。写真撮ろうよ」


 ひなたがそう言って、境内の一角にあるおみくじの結び所の前で手を振ってくる。俺たちはそれに応じて、その場所へ向かった。


「はい、みんな並んで」


 つぐみがスマホを構えて、そう指示を出す。桐生とひなたが真ん中に並び、俺と凛はその両端に立った。


「秋月さん、もっと寄って」


 桐生がカメラのフレームを気にしながらそう言うと、凛は少し戸惑いながらも、俺の方に半歩近づいた。


「はい、撮るよー」


 つぐみのスマホのシャッター音が、境内に小さく響いた。俺は一瞬だけ目をつぶりそうになって、慌てて瞬きをこらえる。撮れた写真を確認すると、5人がそれぞれの表情で写っていた。桐生は満面の笑み、ひなたは屈託のない笑顔、つぐみは涼しい表情、俺は少し照れくさそうな顔。そして凛は、珍しく口元をわずかに緩めていた。夕暮れの光が全員の輪郭をふちどるように差し込んで、写真全体がどこか温かい色をしていた。


「秋月さん、この写真、いい笑顔じゃん」


 つぐみがそう指摘すると、凛は慌てて自分の顔を確認しようとする。画面を覗き込む拍子に、結い上げた髪から簪がわずかにずれた。


「......そんなに、笑ってない」


「いや、笑ってるって。ほら」


 つぐみがスマホの画面を見せると、凛は少し複雑そうな顔をした。それでも、写真を消してほしいとは言わなかった。


「みんなにも送るね、この写真」


 つぐみがそう言って、グループチャットに画像を送信する。手元のスマホがすぐに振動音を立てた。桐生がすぐに反応した。


「おお、いい記念になったな」


 桐生は画面を覗き込んだまま、にやりと笑う。


「秋月さんの笑顔、貴重だから保存しとくわ」


「......勝手に保存しないで」


 凛がそう抗議したが、桐生は既にスマホを操作した後だった。


「もう遅い、保存した」


 桐生はスマホを高く掲げて、凛の手が届かない位置まで避けた。


「......ひどい」


 凛は不服そうな顔をしたが、それ以上強くは言わなかった。ひなたがそのやり取りを見て、楽しそうに笑っている。つぐみも横で肩を震わせながら、笑いを堪えていた。


 帰り道、駅までの道を5人で歩く。桐生とひなたが先頭で、その後ろにつぐみ、俺と凛が最後尾になった。


「今日、良い一年の始まりだったな」


 俺がそう呟くと、凛が小さく頷いた。


「......うん」


 その短い返事に、俺は今日一日の出来事を、もう一度振り返っていた。着物姿の凛、石段での手繋ぎ、写真の中の凛の笑顔。どれも今日一日の中に散らばっていた小さな出来事なのに、思い返すとどれも輪郭がはっきりしている。


「秋月、また今度、着物姿見せてくれよ」


 俺が思いつきでそう言うと、凛は少し驚いたように振り返った。


「......そんなに気に入ったの」


「まあ、悪くなかった」


「......素直じゃない」


 凛はそう言って、小さく笑った。俺はその表情を横目に見ながら、また前を向いて歩き出す。


 駅に着いて、桐生とひなた、つぐみはそれぞれ違う電車に乗ることになった。


 桐生は改札の前で立ち止まって、こっちを振り返った。


「じゃあ、また学校でな」


 桐生がそう言って、手を振る。振り返りながら軽やかに改札へ駆けていく背中を、俺はしばらく見送った。


「バイバイ、蒼太、凛ちゃん」


 ひなたも笑顔で手を振り返してきた。つぐみは軽く会釈をして、それぞれの改札へ向かっていく。改札のゲートを抜ける音が、三つ続けて鳴った。


 俺と凛は同じ方向だったので、同じ電車に乗り込んだ。車内は思ったより空いていて、並んで座ることができた。ドアが閉まる音がして、電車がゆっくりと動き出す。着物姿の凛は、座席に腰を下ろすまでに袖の始末で二度手間取っていた。


「今日、疲れたか」


「......少し。でも楽しかった」


 凛はそう言って、窓の外の景色に視線を向ける。窓ガラスに映る凛の横顔を、俺はしばらく盗み見ていた。ホームを離れる電車の振動に合わせて、結い上げた髪の後れ毛がかすかに揺れている。


「秋月、簪、落とすなよ。まだ返さなくていいから」


「......借り物じゃない。私の」


「そうだったな、忘れてた」


 俺がそう言うと、凛は呆れたように小さく息を吐いた。それでも、その息には笑いが混じっていた。


 電車が揺れるたびに、凛の肩が俺の肩に軽く触れる。凛はそれを気にする様子もなく、静かに外の景色を眺めていた。そのたびに、意識がそこだけに持っていかれる。


 車窓の外を、街灯や民家の明かりが次々と流れていった。窓ガラスに反射する車内の光と、外の暗闇が重なって、凛の横顔がぼんやりと二重に映る。俺はどちらの凛を見ればいいのか分からないまま、その両方を交互に眺めていた。


 電車が緩やかにカーブを曲がると、凛の体がまた少しだけ俺の方に傾いた。今度は肩だけでなく、腕まで触れる。凛はやはり気づいていないのか、それとも気づいていて何も言わないのか、判断がつかなかった。俺はただ、その温度をじっと感じていた。


 アナウンスが次の駅を告げる。凛はふと我に返ったように姿勢を正して、俺から少し体を離した。


「......降りる駅、まだ先だっけ」


「ああ、あと3つくらいだ」


 俺がそう答えると、凛は小さく頷いて、また窓の外に視線を戻す。


 電車が緩くカーブして、隣の肩がこちらに傾いた。凛はそのまま、直さなかった。俺も、何も言わなかった。


 窓の外を、夕暮れの街灯りがひとつずつ流れていく。次の駅のアナウンスが鳴っても、肩はまだ触れたままだった。


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