12月24日
イルミネーション通りを抜けて、駅までの道を二人で歩く。行きよりも人通りが減っていて、夜の静けさが辺りを包んでいた。
商店街のシャッターにも、小さな電飾が飾りつけられている。人通りが減った分、足音がやけにはっきり聞こえた。二人分の靴音が微妙にずれて重なり、そのたびに歩調を合わせようとして、余計にぎこちなくなる。
「今日、寒かったな」
凛は少し考えるように首を傾げてから、口を開いた。
「......うん。でもあったかいのも飲んだから」
凛はそう言って、さっきのホットチョコレートの温かさを思い出すように、両手をこすり合わせた。
「秋月」
俺は思い切って、口を開いた。凛がこっちを向く。
「......何」
「そういえば、今日誕生日だろ」
凛は一瞬、動きを止めた。
「......知ってたの」
「桐生に聞いた。前に、話の流れで」
凛はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「......そう」
その静かさに、俺は次の言葉を選び損ねた。街灯の間隔が広くなって、凛の表情が一瞬影に沈む。
「怒ってるか」
凛は少し間を置いて、首を横に振った。
「......怒ってない」
「じゃあ、何か」
「......ただ、驚いただけ。誰かに気にかけてもらうの、久しぶりだから」
凛の一言に、俺は次の相槌をすぐには継げなかった。
「言うタイミング、逃してたんだよ、ずっと」
「......別に、いい。忘れられてるよりは」
凛はそう言って、少し先を歩く。街灯の光が、その足取りを一つずつ照らしていった。
「毎年、誕生日はどう過ごしてたんだ」
「......家族で、ケーキ食べるくらい。クリスマスと一緒だから、いつも地味」
「そうか」
「......うん。転校続きだったから、友達に祝われた記憶、あんまりない」
凛はそう言って、少し寂しそうに笑った。俺はその横顔を見ながら、何か言葉を返そうとしたが、うまく見つからなかった。
「今年は、ケーキ以外にも何かあったのか」
「......父が今日は仕事で、母と二人でケーキ食べた。それだけ」
「そうか」
「......うん。だから今日この後の予定なんて、今までなかった」
凛はそう言って、少し照れくさそうに視線を逸らした。俺はその一言の意味を、頭の中で噛みしめる。
俺はその背中を追いながら、鞄の中の紙袋に手をかけた。
「秋月」
もう一度呼びかける。凛が振り返った。
「......何」
俺は紙袋から、白い包装の箱を取り出した。
「これ」
凛は目を丸くして、箱と俺の顔を交互に見た。両手を胸の前で握ったまま、視線だけがせわしなく往復する。
「......これ、何」
「クリスマスプレゼントと、誕生日プレゼント。両方渡していいか」
俺がそう言うと、凛はしばらく黙ったまま、箱を見つめていた。
「......両方?」
「欲張りすぎたか」
「......贅沢すぎる」
凛はそう呟きながらも、両手でそっと箱を受け取る。
「開けてもいい?」
「ああ」
凛はゆっくりとリボンをほどいて、箱を開ける。街灯の下、白いリボンの端がふわりと揺れて、包装紙の擦れる音だけがしばらく続いた。中から出てきた白いマフラーを見て、凛は息を呑んだ。
「......これ」
凛はしばらく、言葉を失ったようにマフラーを見つめていた。街灯の光の下で、白い布地が柔らかく浮かび上がっている。
「気に入らなかったら、悪い」
俺がそう言うと、凛は慌てたように首を振った。
「......ううん。すごく、綺麗な色」
凛は今つけていた紺色のマフラーを外して、代わりに白いマフラーを首に巻く。折り目のついたばかりの布地が、ふわりと首元で膨らんだ。俺の予想通り、黒髪に白い布地がよく映えていた。
「......温かい」
凛がそう呟いて、マフラーに軽く手を添える。
「......似合う?」
凛が少し不安そうに聞いてくる。
「......ああ、似合ってる」
俺がそう答えると、凛は嬉しそうに、だがどこか照れくさそうに、視線を落とした。
「......ありがとう。大切にする」
その声は、小さく震えていた。俺はその反応に、少し戸惑いながらも、安堵していた。
「秋月からは、何かないのか」
俺が冗談めかしてそう言うと、凛は一瞬足を止めて黙り込み、それから小さく笑った。
「......あった。忘れてた」
凛は自分の鞄をごそごそと探って、小さな紙袋を取り出す。教科書やノートの隙間から探り当てたらしく、袋の角が少し折れていた。
「......はい」
「もらっていいのか」
「......クリスマスだから」
俺はその紙袋を受け取って、中を確認した。手のひらに乗せた瞬間、金具の冷たさが指先に伝わる。出てきたのは、猫の形をした小さなキーホルダーだった。
「......これ」
「......あなた、猫を見ると足が止まる」
凛の指摘に、俺は思わず言葉に詰まった。
「お前じゃん、それ」
「......お互い様」
凛はそう言って、初めて口元を緩めた。俺もそのやり取りのおかしさに、思わず笑ってしまう。
二人で顔を見合わせて笑ったのは、これが初めてだった気がした。
「大事にする」
俺はそう言って、キーホルダーを鞄につけた。金具がじゃらりと音を立てて、鞄の端に収まる。
「いつ買ったんだ、これ」
「......先週。文房具屋の隣の雑貨コーナーで、見つけた」
「わざわざ探したのか」
「......違う。たまたま見つけただけ」
凛はそう言い切ったが、その割には迷いのない選び方だった気がした。俺はそれ以上追及せず、キーホルダーの猫の顔をもう一度眺める。凛はそれを見て、満足そうに頷く。
「......似合ってる」
凛が俺の言葉をそのまま真似て返してきた。俺はその意趣返しに、また笑いそうになる。
「真似すんなよ」
「......真似じゃない。事実だから」
凛はそう言って、また前を向いて歩き出した。俺はその後ろ姿を見ながら、今日という日の意味を、もう一度噛みしめていた。
商店街を抜けると、通りの向こうに大きな時計台が見えてきた。針は21時を少し過ぎたところを指している。文字盤の下で、豆電球の飾りが等間隔に点滅していた。
「そろそろ、遅くなるな」
「......うん」
凛はそう言って、少し名残惜しそうに歩調を緩めた。俺もつられて、歩く速度を落とす。
「今日、まだ帰りたくない気分だな」
思わずそう漏らすと、凛は驚いたようにこっちを見た。街灯の光の下で、その瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。
「......珍しい。藤宮くんがそんなこと言うの」
「......そうか?」
「......うん。いつも、帰る時間には帰るタイプだから」
凛にそう言われて、俺は自分でも意外な発言だったことに気づく。帰る理由なら十個ある。帰りたくない理由は、口には出せないのが一個あるだけだった。
駅までの道を、二人並んで歩く。白いマフラーに顔を半分埋めた凛が、ふと立ち止まって呟いた。
「......いい匂いがする」
凛はマフラーに顔を埋めたまま、目を閉じている。その姿を見て、俺はその一言に、少し驚いて聞き返す。
「新品だからだろ」
「......そうじゃなくて」
凛はそう言いかけて、口を閉じた。それ以上は、何も続けなかった。
俺には、その続きが聞こえていた気がした。頬に触れる冷たい空気とは対照的に、耳の奥だけが熱を持っている。だがその先を聞く勇気が、まだ俺にはなかった。
「......何でもない。忘れて」
凛はそう言って、また歩き出す。俺はその横顔をしばらく見つめてから、追いかけるように歩調を合わせた。
駅前まで来ると、イルミネーションの光がまだ辺りを照らしていた。凛は改札の前で立ち止まって、こっちを振り返る。
「今日、ありがとう」
「......いや、こっちこそ」
「来年も、誕生日、覚えててくれる?」
凛が少し不安そうに聞いてくる。俺はその質問に、迷わず頷いた。
「当たり前だろ」
「......約束」
「ああ、約束する」
凛はその返事に、小さく笑った。
「......ちゃんと届いた」
凛はそう言って、白いマフラーに軽く触れた。
「誕生日、おめでとう」
俺がそう言うと、凛は一瞬、瞬きを止めた。それから、ゆっくりと微笑んだ。
「......ありがとう」
目元が緩んで、頬の淡い赤みが街灯の光に照らされていた。俺はしばらく、その表情から目が離せなかった。
「じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
凛は最後にもう一度だけ、白いマフラーの端を軽く握って、口元を緩めた。それから改札の向こうへ歩いていく。白いマフラーが、人混みの中でもよく目立った。俺はその背中が見えなくなるまで、しばらくその場に立っていた。
帰りの電車は、イブの夜らしく浮かれた二人連ればかりだった。俺は吊り革を握ったまま、右手の指を開いて閉じた。マフラーの紙袋を渡した時、凛の手袋の先が俺の指に一瞬だけ触れた。その一瞬を、手が勝手に覚えている。
家に着いて、玄関を開ける。母さんはもう夜勤に出た後で、部屋には誰もいなかった。廊下の電気だけが点いていて、靴を脱ぐ音がやけに大きく響く。俺は誰もいない廊下に「ただいま」と呟いて、鞄をおろす。
鞄についた猫のキーホルダーが、灯りに小さく光っていた。俺はそれをしばらく眺めてから、自分の部屋へ向かった。
部屋の電気をつけて、鞄を机に置く。制服のまま、しばらくベッドに腰掛けて、今日一日を振り返っていた。
凛の「......いい匂いがする」の続きは、結局聞けないままだった。
スマホが震えて、通知が届く。凛からのメッセージだった。
「今日は、ありがとう」
それだけの短い文面に、俺はしばらく画面を見つめる。返信を打とうとして、何度も文字を打ち直した末、結局短い言葉を送った。
「こっちこそ、誕生日祝えてよかった」
既読はすぐについたが、返事はそれきり来なかった。俺はスマホを枕元に置いて、制服を着替える。
着替え終わった頃、スマホがもう一度震えた。
開くと、写真が1枚だけ届いていた。凛の部屋の机の上らしい場所に、白いマフラーがきちんと畳んで置いてある。畳み方が几帳面すぎて、店の陳列みたいになっていた。文面は何もない。写真だけだ。
返信に何を打てばいいのか分からなくて、俺は結局、親指を立てた熊のスタンプを送った。送ってから、もっと他になかったのかと天井を仰いだ。
既読は、ついたまま動かなかった。俺は画面を消して、また点けて、もう一度だけ写真を見た。




