マフラーの色
冬休みに入って最初の週末、俺は駅前のショッピングモールにいた。隣には桐生がいる。
「で、結局何買うか決めたのかよ」
「......まだ」
「まだって、あと1週間もねえだろ、24日まで」
桐生は呆れたように肩をすくめた。俺はモール内のフロア案内図を見ながら、頭を抱える。
凛へのクリスマスプレゼント兼誕生日プレゼント。何を贈ればいいのか、ここ数日ずっと考えているが、答えが出ない。
昨日、つぐみに相談のLINEを送ったら、こんな返事が来た。
「凛、冬は寒がりだから、マフラーとかいいんじゃない?」
その一言をヒントに、俺は今日、桐生を連れてこのモールに来た。
実を言うと、最初は一人で来るつもりだった。だが選ぶ自信がまるでなくて、結局桐生に「一緒に来てくれ」と頭を下げることになった。桐生は最初驚いた顔をしていたが、すぐに「面白そうじゃん」と二つ返事で了承した。
「にしても、お前がプレゼント選ぶのに人の意見求めるとはな。よっぽど本気なんだな」
「うるせえ、黙って付き合え」
俺は誤魔化すようにそう言って、フロア案内図から目を離した。1階の雑貨コーナーへ向かうエスカレーターに、二人並んで乗る。
休日のモールは、家族連れやカップルで賑わっていた。イルミネーション用の飾りつけが、天井から吊るされている。ショーウィンドウには、クリスマス商戦のポップが並んでいた。どこのフロアからも、耳に馴染んだクリスマスソングが薄く流れてきて、それが余計に落ち着かない気分を煽ってくる。
「こういうところ、なんか落ち着かねえよな」
俺がそう呟くと、桐生が笑いながら答える。
「お前が場違いなだけだろ。俺は普通に楽しめるけどな」
「お前は誰といても楽しめるタイプだろうが」
「まあな」
桐生は悪びれもせず頷いた。エスカレーターを降りると、目当ての雑貨店はすぐに見つかった。
「マフラーって言われても、種類多すぎるだろ」
俺は雑貨店のディスプレイを見ながら、思わずぼやいた。棚には色とりどりのマフラーが並んでいる。赤、紺、白、グレー、チェック柄。どれも似たようなものに見えて、選び方が分からない。
「素直に店員に聞けよ」
「......それは、ちょっと」
「なんでだよ」
「聞いたら、彼女へのプレゼントですかとか聞かれそうじゃねえか」
「実際そうなるかもしれねえだろ、聞かれる前提で言ってどうすんだよ」
桐生はそう言いながら、俺の背中を押して店内に入らせる。俺は仕方なく、マフラーが並んだ棚の前に立った。
赤いマフラーを手に取ってみる。派手すぎる気がして、すぐに棚に戻した。次に紺のマフラーを見てみる。無難だが、なんとなく物足りない。チェック柄のものも一度手に取ったが、柄が主張しすぎている気がして、これも違う気がした。
最後に、白いマフラーを手に取った。柔らかい素材で、シンプルなデザインだった。指先で撫でると、思ったよりずっしりと重みがあって、編み目が詰まっているのが分かる。
凛の黒髪に、この白が映える気がした。
なんでそんなことを考えたのか、自分でもよく分からない。だが一度そう思ってしまうと、他の色は選択肢から消えていた。
もう一度、他の棚も見て回った。チェック柄のマフラー、太めのリブ編みのマフラー、ファーがついたもの。どれもそれなりに良く見えて、かえって迷いが深くなる。
結局、最初に手に取った白いマフラーの前に戻ってきた。何度見ても、この色が一番しっくりくる。
「これにする」
俺がそう言うと、桐生が横から覗き込んでくる。
「白かよ。地味じゃね?」
「別に、地味じゃねえだろ」
「なんで白?」
「......なんとなく」
「なんとなくじゃねーだろ、絶対理由あるだろそれ」
桐生はにやにやしながら食い下がってくる。俺はそれを誤魔化すように、マフラーをレジへ持っていった。
レジの店員は、20代くらいの女性だった。俺がマフラーを差し出すと、店員は丁寧に包装しながら聞いてくる。
「彼女さんへのプレゼントですか?」
「いや、その......」
俺は言葉に詰まった。彼女、ではない。だが他の何と説明すればいいのか、とっさに言葉が出てこない。
「彼女未満です」
横から桐生が答えた。俺は思わず声を上げる。
「余計なこと言うな!」
「事実だろうが」
店員は微笑ましそうにこっちを見て、包装を続けた。俺はレジ横のポイントカードの案内を、必要もないのに熟読した。
「お客様、きっと喜ばれますよ。素敵な色を選ばれましたね」
店員はそう言って、リボンの色を確認してくる。
「リボンは、白と赤、どちらになさいますか」
「......白で」
俺は即答した。統一感を持たせたかったわけじゃないが、なぜか赤を選ぶ気にはなれなかった。店員は手際よくリボンを結んで、包装済みの箱を差し出してくる。俺はそれを受け取りながら、小さく礼を言う。
「......ありがとうございます」
店を出てから、桐生は堪えきれないように笑い出した。
「彼女未満って、お前、顔真っ赤だったぞ」
「うるせえ、お前が変なこと言うからだろ」
「事実じゃねえか。付き合ってもないのに、こんなに真剣にプレゼント選んでる時点でな」
俺は反論できず、ただ黙って歩いた。桐生はそんな俺を見て、ますます楽しそうにしている。
「お前がプレゼント選ぶ日が来るとはな......感慨深いわ」
「......うるせえよ」
「中学の頃のお前、女子とまともに話せなかったのにな」
「昔の話、蒸し返すなよ」
俺は誤魔化すように話を切り上げようとしたが、桐生はまだ続けたそうにしていた。
「秋月さんと出会って、お前、明らかに変わったよな」
その一言に、俺は少し驚いて桐生を見た。
「......そうか?」
「そうだよ。前はもっと引っ込み思案だったし、自分から何かする奴じゃなかっただろ」
桐生の言葉に、俺は自分でも気づいていなかった変化を、改めて意識させられた。
モールのフードコートで一休みすることにした。俺はセットのポテトを、桐生はハンバーガーを注文して、窓際の席に座る。買い物袋を提げた家族連れが行き交うフロアを眺めながら、俺は椅子に深く腰を下ろした。歩き回った足の裏が、じんわりと熱を持っている。
「腹減った。マフラー選ぶだけでこんな疲れるとはな」
桐生はそう言いながら、ハンバーガーの包み紙を剥がす。俺もポテトを一本つまんで、口に運んだ。
「お前が付き合えって言ったんだろうが」
「言ったけどよ、まさかこんなに長時間迷うとは思わなかったんだよ」
桐生はハンバーガーを頬張りながら、俺の方をちらりと見てくる。
「で、いつ渡すんだよ、それ」
「24日」
「イブか。おしゃれじゃねえか」
「別に、おしゃれとかじゃなくて、その日に誘われたから、たまたま」
「誘われたって、秋月さんに?」
「......ああ」
桐生はハンバーガーを咀嚼しながら、うんうんと頷いた。
「そりゃもう、ほぼデートだろ」
「デートって言うな」
「じゃあ何だよ、それ」
俺は言葉に詰まった。デートという言葉を使うのは、まだ何か違う気がする。だがそれ以外にどう表現すればいいのか、自分でも分からなかった。
「......分かんねえよ、そんなの」
「まあ、いいけどよ」
桐生はそう言って、コーラを一口飲んだ。
「秋月さんの誕生日、24日なんだろ。それも知った上で誘われたのか」
「......ああ」
「なら余計に、ただの遊びじゃねえよな、それ」
俺は何も言い返せず、ポテトをもう一本口に運んだ。塩気が、やけに濃く感じられる。
「渡す時、ちゃんと言えよ」
「何を」
「マフラーの色、なんとなくで選んだんじゃないってこと」
桐生の言葉に、俺は思わず黙り込んだ。図星だった。
「......考えとく」
俺はそれだけ答えて、視線を逸らした。
フードコートを出て、モールの外に出る。冬の風が、頬に冷たく当たった。息を吐くと、白く曇って夜の空気に溶けていく。手に持った紙袋の中身を、俺はもう一度確認する。
白いマフラー。凛に似合うと思って選んだ、たった一つの理由がある色。
「なあ蒼太」
桐生が不意に真面目な声で呼びかけてくる。
「......何だよ」
「秋月さんも、多分お前のこと待ってると思うぞ」
その一言に、俺は何も返せなかった。ただ紙袋を握る手に、少し力がこもった。
「頑張れよ、24日」
桐生はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。俺は小さく頷いて、それだけ答えた。
「......ああ」
「あ、そうだ」
桐生が思い出したように、こっちを向く。
「渡す時、何て言うつもりだよ」
「......まだ考えてねえ」
「早めに考えとけよ。当日テンパって変なこと口走るぞ、お前なら」
「うるせえ、そんな柄じゃねえよ」
「柄とか関係ねえだろ、緊張すりゃ誰でもテンパるんだよ」
桐生の言葉に、俺は何も言い返せなかった。実際、渡す瞬間に何を言えばいいのか、まるで想像がつかない。
「まあ、地味だけど、それが逆にお前らしくていいのかもな」
桐生はそう言って、うんうんと頷いた。俺はその評価が褒め言葉なのかどうか、判断がつかなかった。
駅に向かう道を、桐生と並んで歩く。街にはもう、クリスマスのイルミネーションが灯り始めていた。色とりどりの光が、二人の足元を照らしている。街路樹に巻きつけられた電飾が瞬くたびに、紙袋の白い持ち手がちらちらと光を反射した。
あと1週間で、24日が来る。
俺は紙袋を握り直しながら、自分の中に膨らんでいく緊張と期待の両方を、静かに噛みしめていた。
家に着いて、部屋のクローゼットの奥に、紙袋をそっとしまう。母さんに見つかったら、絶対にからかわれる。誰にも見つからない場所を選んで、袋を奥まで押し込んだ。
部屋の電気を消して、ベッドに寝転がる。天井の木目模様を眺めながら、スマホを開く。凛からの新しいメッセージは来ていなかった。俺はしばらく画面を眺めてから、自分から一言だけ送った。
「冬休み、楽しみだな」
打ってから、軽すぎたかと3秒後悔した。
既読はすぐについた。返事が来たのは、少し経ってからだった。
「......うん」
たった二文字の返信を、俺は3回読んだ。二文字を3回。読むところなんてどこにもないのに。
クローゼットの奥には、あの紙袋がしまってある。寝る前に一度だけ扉を開けて、袋の位置を直した。誰かに動かされるわけでもないのに。
俺はスマホを机に置いて、布団を頭までかぶった。かぶってから、暑くて顔だけ出した。




