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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第242話 お願い

第242話


(……今、なんか出た?)


 瑚桃こももの一瞬の沈黙。

 スマホを顔の前に持ち上げたまま、ぱちぱちと瞬きをする。

 まるで、ポップアップ広告。

 でも、こんなの見たことがない。

 何かのコード? 何と書いてあるの……?


 ERROR: ACCESS_POINT//OPEN

 SIGNAL_LOKI::PING


 画面の光が、やけに白く見える。

 英語はそこそこ読めるはずなのに、意味がさっぱりわからない。


(え、なにこれ……ゲーム?)


 でも、ゲームの広告にしては、どこか冷たすぎる。

 そこだけ、遊びの匂いがしない。


(ん~???)


 瑚桃は、耳が肩につくほど、大げさに首を傾げる。

 髪がさらりと揺れて、頬にかかる。

 瑚桃が悩んでいる間に、電話の向こうで、翔太はすぐに異変を察した。


『どうした、何かあったのか、瑚桃』

「え……いや……」


 センパイに聞いてみよう──そう思い、その英語を読もうとした時には、その英文字コードは消え失せていた。


(……あれ?)


 ついさっきまで、確かにそこにあったのに。


 今は、ない。


 消えたというより、引っ込んだみたいだった。

 スマホの画面は、もういつもの通話画面に戻っている。


(ん~?)


 首を傾げたまま、瑚桃は自分のほっぺを指でぎゅうううううっと、つまんだ。

 ぷにっと伸びた頬が、ちょっと情けない顔になる。


(……痛ひ(い))


 強くひねりすぎた。本気で痛い。ほっぺがじんじんする。

 

 ──まあ、深く考えるのは、あんまり得意じゃないしね。


 たいていのことは、勢いで何とかなる。

 ならない時は、その時だ。

 瑚桃は、すぐに元気な声色に戻す。

 勢いでごまかせるうちが、いちばん楽だって、どこかで思っている。


「い、いえ。ちょっとなんかエラー? みたいなのが起こったみたいです。でも、大丈夫みたい……。聞こえますか? あー! あー! センパイ! 聞こえますか? 応答どうぞ!!!」

『ちょ……声、デカい!』


 瑚桃は大笑いする。


『だから、瑚桃! お前、ちょっと!』


 思わず笑い涙を拭く。


「あー。よかった。聞こえてるんですね。いえ。なんでもないんです。なんかエラーコードみたいなのが出たんですよ。でも聞こえてるんだったら、なんでもないみたい。それにしても、あーおかし。そういうとこですよ、センパイ!」


 言ってから、頬が熱くなり、慌てて笑いをこらえる。

 だが、その間にも妙に心に残る。

 笑っているのに、胸の奥がざらつく。

 あの文字列。


 確か──


(なんか……『LOKI』って文字が入っていた……)


 その四文字だけ、やけにはっきり覚えている。


(もしエラーコードだったら……)


 エラーであれば、『LOKI』という文字を検索すればすぐに出るはずだ。

 そう思い立ち、ブラウザアプリに指を伸ばしかける。

 だが、それを止めたのは翔太だった。


『笑ってるところ悪いんだが、お願いがあるんだ……聞いてくれないかな』


 ──お願い。


(えええええええ?)


 瑚桃は、翔太からのこの言葉にものすごく弱い。

 思わず顔が真っ赤になる。鏡を見て確認し、さらに赤くなる。


(ぎゃあああああ! タコみたいだあああああああ!)


 翔太からお願いされることなんて、滅多にない。

 うれしい。

 でも、うれしいと認めるのは、なんか悔しい。

 乙女心は複雑なのだ。

 しかも今、顔が熱い。

 スマホ越しで本当によかった。


 だが──


 そこで、ピンと来た。

 これはチャンスかもしれない。


(そうだ! ここで……こっちからもお願いすれば……)


 こっちがこんなに赤くなってるのなんて、翔太は知らないだろう。

 だから、瑚桃からの、精一杯の抵抗。

 必殺。お願い返しだ。

 こっちが一つ聞けば、向こうも一つ聞いてくれる。

 たぶん。きっと。知らんけど。


 そこで、大きく息を吸う。そして、吐き出すように言った。


「ちょうど良かった!!!」

『え?』

「アタシからもお願いあったんですよねえ。それを聞いてくれたら、いいかなああああ???」

『お願い? 俺にって、なんだそのテンション』

「いいんです! それに、そーなんです! 俺に、なんです!」


 見るからにきょとんとした感じの声。その表情を想像して瑚桃はにやけてしまう。

 よしよし。と思う。

 ──普段のアタシに戻れてるぞ!


「いやー。今って、町がこう、緊急事態じゃないっすか。センパイもどうせ聞いてるんでしょ? 実は今、町で何が起こってるのか」

『何がって、何だよ……』

「あ。そーですね。情報のすり合わせをしときましょう。そうだそうだ。じゃあ、アタシから行きますね。今、この町って、なんかとんだRPGじゃないですか。ゴブリン出たり、トロール出たり。知らないとは言わせませんよ」


 しばし沈黙があった。

 だが翔太はそれに対して、ゆっくりと答えた。


『ああそうか。瑚桃のお父さん、警察署長だったな』

「そーなんです! あ。じゃあ、センパイもそれは耳に入ってるんですね」

『一応、聞いている。それより、それ極秘事項だろう? 他人にホイホイ話していいのか?』

「センパイにだけ、です」


 ちょっとだけ、声が甘くなる。

 それは自分でもわかっていた。


 だが、とにかく──

 ああ言えばこう言える。

 押し切る隙さえ作れば、大体翔太は、最後には話を聞いてくれる。

 翔太が引っ越して来て半年。

 幼なじみ時代を入れたら十年以上。

 長年の付き合いで、瑚桃はそれを心得ていた。


 そして思った通り、翔太は、話し出す。

 噛み締めるように。


(──勝った!)


 密かに、瑚桃はベッドの上で小さくガッツポーズをした。

 よし。会話の主導権、いまアタシ。


『えーと。そのことについてだが。こっちもさ、さっき、国際魔術会議ユニマコンの知人の人が来て、教えてくれた。確かに今、この濃霧の中には『ゴースト』だけじゃなく、北欧の怪物らが跋扈しているらしい。でも、それだけじゃない』

「それだけじゃない……?」

『それ以上は聞いても、瑚桃にはわからないよ。とにかく、今、外出するのは危ない。それだけは確かだ』


 その言い方に、瑚桃の顔に小さな影が差す。


「だから! それだけじゃないって何ですか?」

『いや、あまり知りすぎるってのも、危ないって』

「ぶー」

『まあ、とにかく危ないってことだけわかればいい』


 それから翔太は、少し声を強める。


『そんなことより、お願いって何だよ』


 翔太が強い言い方をするときは、警戒しているときだ。

 瑚桃にはお見通しである。


「いや、そうじゃないですけどぉ」


 瑚桃は、ちょっと甘えたような声を出してみる。


「アタシも、センパイの家へ行きたいんですけど」

『え?』

「……ダメ?」

『え?』

「……いいですよね?」


 長い沈黙があった。

 どうも翔太は絶句しているようだ。

 十秒、二十秒──

 その空白の時間に耐えられなくなったのは瑚桃のほうだった。

 瑚桃はそこから早口で畳み掛ける。


「いや、ほら。『ゴースト』が家屋に侵入してきたって話はまだないですけど、ゴブリンとかトロールとかは、わからないじゃないですか。それにパパは昨晩から職場に缶詰だし、ママも夜勤からそのまま帰ってないし、アタシ、この家に一人なんです」


 そして。

 少しだけ声が小さくなる。


「だからちょっと淋しいっていうか、心細いっていうか……。一番、安全なのは、センパイの家かなぁって──」

『お前なあ』


 翔太は言う。


『いくら、俺の家と瑚桃の家が近いからって、外出は危険なんだって。今のところ家にいるほうがいいだろ。お願いって言うから何かと思ったら、そんな……』


 そこで瑚桃は声を弾ませ、名案顔で言う。


「い、いや。外出しないで済む方法あるじゃないですか!」


 だが。

 そのときだった。

 不意に。

 前触れもなく。

 ふと、耳の奥が、きん……と鳴った。


 同時に、通話音声に、ぶつっ、とノイズが走る。

 画面が一瞬だけ暗くなる。

 スマホの黒い画面に、瑚桃の顔だけがぼんやり映った。

 頬はまだ、さっきの赤みが残っている。

 その目だけが、少しだけ不安そうに見える。

 そして、そこにまた、見慣れない文字列が浮かび上がってきた。


 ERROR: ACCESS_POINT//OPEN

 SIGNAL_LOKI::TRACE

 PROTOCOL_RAGNAROK//INIT

 TARGET::FOUND

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