06 初めての喧嘩。
「あなた、どこの令嬢ですの?」
「私を差し置いて、あのお二人に近付くなんて」
「なんなのですか? 誰なのですか?」
前に出て発言したのは、どうやら貴族令嬢のようだ。後ろにお付きらしき、燕尾服の老人が控えている。
「令嬢でもないのに、あの方々に近付いたなんてことはありませんよね? 身の程知らずにもほどがありますわ」
冷めた視線で貶してくるが、私は痛くも痒くもなかった。
そんな視線、魔王の家臣達に比べれば軽い軽い。
身の程知らず? 私は魔王の運命の人だけれども?
頭が高いわよ。なんつって。
そっと笑ってしまう。
「何を笑っているの? 目論んだ笑みね、怪しいわ!」
「勝手に嫉妬なさってください。にゃーにゃー騒いでも、別に私は気にもしません」
掌を上げて、私はそう言い退ける。
カッと令嬢は顔を真っ赤にした。
「無礼よ!! あなた!!」
その令嬢の手が振り上げられる。平手打ちがくるとわかり、私は身を退いた。躱す。
危ない危ない。私、今保護の魔法をかけているから、危害を加える人に牙を向ける。
「にゃーにゃーにゃー」
私はからかって、手をパクパクさせた。
令嬢達が見るからに怒ったことがわかる。大いに笑ってやった。
「待ちなさい!!」
令嬢はもう一度手を振り上げたけれども、私は軽い足取りで坂を下る。すると村娘って感じの質素なドレスを着た女性達も、嫉妬で睨み付けて道を阻んだ。
私は重力の魔法を使って、クルリと宙で宙返りしてそのザ・村娘達を避けた。どよめくから、私は笑みとウィンクを送る。
「さよならー!」
その重力の魔法で身体を浮かせながら、建物の屋根に登った。上手くコントロールして、浮きすぎずに、屋根から屋根へと駆け下りる。あっと言う間に都を下りた。
そして、門を潜って結界の外に出る。
「んー!」
ご機嫌なまま背伸びをした。
空は青い色。それを眺めつつ、歩いていく。
けれども、やがて私は転移の魔法を使う。
「ビアンアッティモ!」
呪文を唱えて発動。白い光が、パッと咲いては包み込む。
光が消えれば、魔王の城の前にいた。人間の国から魔王の城の中へ転移することは、私には許されていない。だから城の大きな扉の前。
空は曇天。でも僅かに明るい。
扉を押し開けて、中に入った。
門番がビシッと敬礼する。私のことを見知っているようだ。おつかれさま、と敬礼を返す。
スタスタとレイヴォンの部屋がある最上階へ向かって、階段を上っていく。
「あっれっれーぇ?」
そこに聞こえてきた弾むような声。
どこからしたのか、左右に首を振って捜す。すると、廊下の柱の陰からちょこんと顔を出した。白いファー付きフードを深く被り、白銀の長い髪を垂らしている魔族。
「コー様が一人で出歩いてるー。どうしたのーデスカー?」
付け足されたような敬語で喋る彼は、家臣の一人だ。
ちょっと焦る。怒ったファンクラブの女性達を躱すことは出来ても、魔王の家臣は躱せないだろう。どうしようか。
でも私をどうこうするわけないだろう。魔王のお気に入りなわけだし。
「えっと……お名前は?」
「オレ、ラク。デース」
ラクと言う名の魔族の目はファーで見えないけれど、殺気も怒りも軽蔑も感じない。敵意を抱いている家臣ではなさそう。安心して、胸を撫で下ろす。
「ラクさんでいいですかね?」
「ラクでいいーデス」
「じゃあ、ラク。早いですね、いつもこの時間に起きているのですか?」
「オレは昼の番をしているのーデスヨ」
ひょろっとした長い身体を出した。身長は二メートルありそう。私視点だと、百八十センチ以上は二メートルあるように見える。
なるほど。昼の襲撃に備えているのか。
ということは相当強いのだろう。一番無防備になってしまう時間帯を任せられているのだから。こんなにひょろっとしていて、ニコニコしているのに。
「あ。昼の番をしているのは、オレ一人ではないデスヨ?」
「じゃあ、誰がしているのですか?」
「私です」
コツン、と頭をぶつけてしまった。
ラクと話しながら歩いていたせいだ。よそ見は危ない。前を向いて歩こう。
前を向けば、龍の顔と甲冑を着た魔族がいた。彼もまた見たことのある家臣だ。威圧感がある。
「アクセルと申します。以後お見知りおきを」
深々と頭を下げる彼もまた、敵意を感じなかった。
「こんにちは、アクセルさん。ラクも昼の番、ご苦労様です」
ペコリ、と頭を下げる。
「照れくさいデスー」
「労いの言葉、感謝致します」
「私にそんなかしこまらなくてもいいのですよ、アクセルさん」
「いえ、あなた様は魔王陛下の愛するお方です。敬服する存在でございます」
敬服をするとは、これまた大袈裟だ。
でもラクもアクセルさんも、会釈をして見せる。
愛するお方、か。まだ愛だなんて口に出来ない。
レイヴォンも、愛しているなんて言葉を口にしていない。
愛していると言うよりも、好きって言葉がまだだ。
言葉より先に、口付けをした。
いつか、口にしないといけないな。
そしたら、レイヴォンも同じ言葉を返してくれるだろうか。
「ありがとうございます。レイヴォン様の部屋に戻ります」
「同行致しましょう」
「いいですよ。あと少しですし」
「いえ、あなた様の身が心配です。同行させてください」
「……ではお願いします」
ラクやアクセルさんとは違い、私をよく思っていない家臣がいると遠回しに聞いてしまった。ここは同行してもらおう。
アクセルさんは私を先導するように前を歩き、ラクは後ろでうろちょろと左右に行ったり来たりと忙しなかった。
レイヴォンの部屋に、到着。
「ありがとうございました、ラク、アクセルさん」
「礼には及びません」
「またねーデスー!」
ラクは長い袖に隠れた手を振って、アクセルさんはまた深々と頭を下げた。
私は手を振り返して、扉を閉じる。
「何処に行っていた?」
途端に降ってくる冷え冷えとした声。
目の前に腕を組んで見下ろすレイヴォンがいた。
ひぃ! バレた!
予想以上に怒っていると感じる。魔王の威圧を、ビシバシ感じてしまった。
「……に、人間の国に行ってた」
蛇のような尻尾が、スルスルと身体に巻き付く。嘘を言ったら、首でも締められそう。
「ーー何故」
一言が重くのしかかる。私は固唾を飲んだ。
「レイヴォンに向けられる刺客を見に……」
レイヴォンの大きな手が首にかけられた。
「何もするな。そう言ったのを聞いていたはず」
「……」
ほえー。口答えしたら捻られるそう。
甘くみすぎていた。私なら怒られないと思い込んでいた。大きな間違いだ。
「ごめんなさい……どうしても、あなたを狙う刺客の情報を得たかったの……私があなたのために出来ることだと思って。怒るとわかってて黙って行ったわ。ごめんなさい」
俯いて、素直に謝罪をする。
「……」
そんな私の顔を覆う大きな手が、顔を上げさせた。
琥珀の瞳と、視線が交わる。
「それで……その匂いが刺客の男か。おまえに触れた人間の男」
「え? うん、まぁ……」
蛇の尻尾が、私の右手を掴む。スン、と鼻を鳴らして、吸い込んだ。
「ーーどんな罰を与えようか。俺様から無断で離れた罰。城を抜け出して人間の国に行った罰。他の男に触れた罰」
レイヴォンは真上から私を見下ろした。
いわゆる壁ドンの態勢になってしまっている。
「えっ? 三つも罰!? 最後なんてただの嫉妬」
「嫉妬して何が悪い。俺様の人だ。知らぬ男が触れていいものではない。自覚が足りないのか? 俺様の運命の人だと言う自覚」
嫉妬を認めた。
俺様なのに、認めるのね。すごい。
「私はあなただけの人だけれど、それは自覚しているつもりよ」
「足りない、と言っている」
「……誰にも触れられずに、一生を過ごすのは無理よ」
「だから足りないと言っているんだ」
私の顔を覆う手に、僅かに力が入る。
「無理!」
「……」
怒ったように目を細めた。琥珀の瞳が、鋭くなる。
だって、無理なものは無理だもの。
「約束出来ないことは約束出来ない! それに嘘もつきたくない! 運命の人のあなたなら、なおさら!」
「……」
「だいたい、レイヴォンだって異性に触れないって約束出来ないでしょう? もしも触れたりしたら、その度に罰を与えるの?」
「ああ、そうしよう」
「やだよ」
「生意気な」
「何よ!」
頬を潰されるけれども、私は負けじと声を上げる。
「そもそも、罰って何? 何をするわけ? 運命の人を苦しめるのはどうかと思うのだけれど」
「……では、辱める」
「それ、レイヴォンに出来る自信ないんだけど」
苦しめることを考えていたのか。
怖いな。
レイヴォンを辱めることは、想像出来ない。
「とにかく! 私は他の男に触れられた罰は受けないから!」
「強情だな……」
「私だってレイヴォンが他の女に触られたら嫉妬するかもしれないけれど、罰まで与えたりしないから!」
譲らないと、私は言い張る。
レイヴォンが他の女の手に触れているだけで、イラッとはしそうだけれども、何も罰を与えるほどではない。
「ほう。嫉妬するのか」
「するわよ」
「ならわかるだろう。罰を与えたくもなる」
「だぁかぁらぁ、与えないって!」
レイヴォンは、扉に私を押さえ付けた。
ジタバタするけれども、無駄だ。
レイヴォンの力に、敵うはずがなかった。
「罰は二つだけ!」
「いや三つだ」
「二つだけ!」
「三つだ」
「二つ!」
「三つ」
三本の指が突き付けられる。私は二つの指を突き返す。
認めない。絶対に認めない! 認めないから!
「もう放して!!」
私は魔力を込めて、レイヴォンを弾いた。
やっと解放される。
「っ……」
「少し離れる!!」
「はっ?」
「頭を冷やしなさい!!」
私は部屋を飛び出した。
「待て。コー」
「喧嘩中に呼ばないで! バカ!」
これは喧嘩なのだ。
少し離れよう。スタスタと廊下を戻る。
廊下の先から、歩み寄るルシファンを見付けた。
「戻っていたのですか。刺客の情報は?」
「名前はエイト! 青年! まだ鍛えられている最中!」
「何を鼻息を荒くしている、っ!?」
ズカズカと進みつつ、ルシファンに短く報告をする。
すると、ルシファンが壁に寄った。何かを避けるため。
私の影が私を包み込む。バンッと衝撃音が聞こえた。
「……今、私に攻撃をした?」
振り向いた先にいたのは、手を翳すレイヴォンだ。
「……影の保護の魔法を使っていることはわかっていた」
「でも、攻撃、したよね?」
影の保護の魔法が相殺してくれたけれども、攻撃した事実は変わらない。
「この私にっ……攻撃? 正気なの? レイヴォン」
「喧嘩中なのだろう」
無表情で見据えるレイヴォンは、わかっていなかった。
魔法で喧嘩するとは言っていない。例え言ったとしても加減というものがあるだろう。
影の保護の魔法は、攻撃を弾き仕返しをするものだ。けれども、レイヴォンの一撃で相殺された。それほどの力を私に向けたというわけだ。
「な、何事ですか?」
「部外者は黙って」
「黙っていろ」
ルシファンが口を挟もうとするけれど、私とレイヴォンは黙らせた。
「そっちがその気なら……ーー私は人間の国に逃亡する!!!」
「……はっ?」
私は宣言してやる。
レイヴォンがしかめた顔をする。
「家出してやる!!」
「ま、待ちなさいっ、逃亡が許されるわけ」
「それに触れるな、ルシファン!」
ルシファンが私を止めようと手を伸ばしたけれど、黒い影の刃が走り、危うくルシファンの腕が飛ぶところだった。ルシファンは、間一髪手を引っ込める。
「あなたに物呼ばわりされるのは別にいいけれど、その独占欲をどうにかして!! 私はその独占欲の暴走が止まったら戻るわ!」
「許可などしないぞ」
「あなたの許可なしで家出をするのよ! このバカ!」
「また俺様をバカ呼ばわりか。痛い目をみたいようだな」
「だからその考えを改めなさいって言ってるのよ! バーカ!! 私が大事ならっ……」
私は言いかけて、口を閉じる。
本当に大事なら、私に攻撃したりしない。
本当に大事なら。本当に好きなら。
好きなら。
「……大事なら、なんだ?」
レイヴォンが続きを問う。
でも私はそれを答えなかった。
「考えてみて……私がいない間……」
本当に私が好きなのか。
“運命の人”だからではない。
私自身のことをどう思っているのか。
私を忘れれば、それまでだ。
「ビアンアッティモ」
私は唱えて、その城から出た。
また王都ムーチェの前に来る。
夕暮れになった空が、白い城を赤に染まっていた。
悲しい気持ちになりながら、私はレイヴォンが入れない結界の中に足を踏み入れた。
◇◆◆◆◇
「考えてみて……私がいない間……」
コーが白い光に包まれて、消え去った。
呟くように声量の小さな声で言ったコーの顔が、脳裏にこびり付く。
今にも泣いてしまいそうな表情だった。
コーが泣いた姿は初めてではない。
しかし、あれは嬉し涙だった。
どう考えても、悲しげな表情。
今すぐにでも掴まえて抱き締めてやりたかったのに、俺様の手が届かない場所に消え去った。
「……」
俺様は虚しさと怒りで、魔力を漏らした。
廊下がピシピシと軋み、亀裂を作る。
「……陛下」
恐る恐るといった風に、俺様を呼ぶルシファン。
手始めにこいつを消してやろうと思い付く。少しは気が晴れると思ったが、コーの泣き顔が過ってその気も失せる。
「黙っていろ」
それだけを告げて、俺様は部屋に引き返す。
コーのいない空っぽの部屋。
「コーがいない間に……考える」
ポツリ、と呟く。
何を考えろと言うのだ。
ただ、おまえが欲しいというのに。
おまえが俺様のそばに居ればいい。
それだけではだめなのか。
魔力を頼りに惹かれるがままに、異世界から拾ってきた。
俺様の運命の人。
「……コーが大事なら……」
私が大事なら、と言いかけていた。
大事だから、そばに置きたい。
大事だから、誰の手にも触れてほしくない。
大事だから、心配で堪らない。
「……」
俺様はその場から出る。
ルーチェの国の王都の前に来た。夕陽が鬱陶しい。
睨むように門を見たが、すでにコーはいなかった。
「……チィ」
手を伸ばせば、見えない壁がある。
俺様の手が届かない。鬱陶しい結界だ。
こじ開けて、取り戻してやる。
20180123




