05 潜入任務。
それから、二日後。ルシファンと廊下でばったりと会った。どうやら入れ違いに、レイヴォンの部屋を訪ねているらしい。
王様らしき仕事をしているところを見ていないから、ルシファンがその辺をやっているのだろう。と推測。
「ルシファンさん。私考えたのですが」
「おまえごときの考えなど高が知れている」
毒を吐くルシファンにカチンとくるけれども、私はお構いなく歩き続けるルシファンを追い掛けて提案した。プラチナブロン毛が、無駄にキラキラしていて鬱陶しい。というか羨ましい。私もプラチナブロンドに生まれたかった。
「私を人間の国に送ってください。例の刺客を調べます」
「……」
ルシファンは、驚いた顔で立ち止まる。
ざまーみろ! 驚いただろう!
心の中で勝った気でいたけれども、やがてルシファンが嘲る笑みを浮かべた。
「逃げたいだけの口実だろ」
カッチーン!
ルシファンは私が逃げたいがために言い出したと思い込んだ。
「私はレイヴォン様の所有物です! 彼から逃げる理由は一切ありませんから!」
私は胸を張って言い放つ。
「レイヴォン様を狙うことを阻止したいですし、人間の私なら簡単に調べられることでしょう。風の噂よりも確実な情報を手に入れられる、違いますか?」
魔族は陽の光が苦手だということはわかっている。
それにラーニョさんから聞いた話では、王都は魔族が入れない結界が張ってあるのだという。絶対に入れないというわけではないらしいけれども。だからこそ、人間の私が打って付けなのだ。
「……」
ルシファンはしかめっ面をした。今にも唸りそうなほど。
ざーまーみーろー。べーだ。
心の中で勝ち誇った。
「……魔王様の意見は?」
「何もするなと言いそうなので、許可はもらうことなく行きましょう。寝ている間にひょいっと行って戻ってくる」
「それもそうだが、バレたらどうする気だ」
「私一人怒られればいいです。私が刺客について調べに勝手に行ったことにすればどうでしょう」
それならルシファンも首を縦に振るだろうと、私はニヤリと笑って言った。
私に甘いレイヴォンのことだ。怒っても別に怖くなそう。
運命の人の身が心配だもの。そう言えば許してくれそう。
ルシファンは、ニヤリと笑い返した。
「その言葉、忘れるなよ」
「はい、ルシファンさん」
決定だ。
「そうと決まれば、潜入のための衣装が必要ですね」
聞いていたラーニョさんが言った。
「……衣装?」
私は素っ頓狂な声を出す。
連れていかれたのは、別の部屋。というかクローゼットだった。元の世界の私の部屋の三倍は広いクローゼットには、ドレスがずらりと並んでいる。私のドレスはここから選んできたみたいだ。
そこからは、私の着せ替えが始まった。
夜会用みたいなフリルがふんだんにあしらったドレスを何着も着せられた。
「いやこれで人間の国には潜入出来ないでしょう」
「はっ! 大変です、ルシファン様! 衣装が決まりません!」
「そこまで大ごとなの!?」
部屋の外で待っているルシファンに、ラーニョさんは声を上げた。ただの服だろう。適当に国に馴染むもので構わない。
結局その日は決まらなくて、繕うことになった。
夜食は手早く済ませて、レイヴォンのそばに戻る。
レロリと指に吸い付き、私を食べるレイヴォン。
彼を守るための任務。それに備えて、魔法をどんどん習得した。
翌日には、用意された衣装を着せられる。
絹の布が肌を包み込む。胸元を強調していて、肩を露出したデザイン。下は、ズボンだ。どこか中華風のものだった。足首のところがキュッと締めて、でもぶかぶかとしたデザインのズボンだ。
「これ……人間の国にいても大丈夫なのですか?」
中世風のファンタジーな世界だから、この格好は馴染むのかと疑問に思う。
「はい。大丈夫ですよ。どうして人間の国から来たコー様が疑問に思うのですか?」
クスリとラーニョさんは笑った。異世界の人間なので、私はわかりません。
「私は世間知れずなので」と言っておく。
「格好はこれで決まりですね」
ラーニョさんの納得いく格好に決まったから、ドレスに着替え直して私はクローゼットから出る。
夜食を手早く食べて、レイヴォンの元に戻る。
露出した肩から私の生気や魔力を吸い込んで、レイヴォンも食事を済ませた。
後ろから抱き締められながら、魔法の習得。
そして、日が昇る前に、就寝。
でも私だけは起きていた。疲れているレイヴォンは、あっという間に眠りにつく。私もレイヴォンも規則正しい生活しているからだもの。でも腰に尻尾が巻き付いていたから、それを剥がすのには苦労した。起こさないように、慎重に取り除く。
そして、忍び足で部屋から出る。廊下には、真っ黒なローブに身を包むルシファンが待ち構えていた。ルシファンについていき、クローゼットの部屋に入ってラーニョさん達に例の衣装に着せてもらう。
「送るのは、王都の結界前まで。それからは一人で帰って来れますね?」
「はい。転移の魔法は習得しました。大丈夫です」
「陽が暮れる前に」
「この城に戻ります」
口煩いお母さんみたい。絶対に戻ります、と強い口調で私は言った。
それから、私の肩を掴んだルシファンの転移魔法で、一瞬にして王都のそばに移動する。灰色の煉瓦の壁に囲まれた都だった。それが見えない結界の代わりだろう。
門は自由に入れるように開けてあった。魔族が入れないからって不用心だな。だから私が入れてしまう。
「じゃあいってきます」
「くれぐれも捕まるような愚行はしないように」
「私をなんだと思っているのですか。慎重に調べますよ」
釘をさす黒いフードを被ったルシファンに、ムカッとしつつも私は敬礼をして見せる。それから門を潜った。結界も潜ったのだ。この先は魔族が踏み入れない場所。
都は、白と暖色系の街並み。そして白い城が聳えていた。
ほげーと見惚れる。私はあんぐり口を開きつつも、歩んだ。坂になっている階段を進みながら、城を目指す。
当たり前のことだけれども、人間がいる。ズボンを履いたふくよかな女性が「ここの食堂は、王都一の食堂だよ!」と呼び込みしていた。いい匂いがする。お金を貰っておくんだった。あ、魔族の国と人間の国とはお金は違うものかな。宝石の一つや二つを、持ってくればよかった。
ちょっと覗き込んでみれば、白っぽい甲冑を着た人達が見える。騎士か兵だろう。
「寄っていくかい?」とふくよかな女性に微笑みかけられたけれど、笑みで首を横に振る。
お金ないです。
「なんだい、じゃあ退いた退いた」と追い払われた。
世知辛いです。
長い黒髪を靡かせながら、再び城に向かって歩き出す。手を後ろに組んで、キョロキョロと建物を眺める。言った通り、私の格好は悪目立ちはしていない。馴染んでいるかと言われるとちょっと違う。
まぁ城にいる時の視線の痛さはないから、いいか。
ちょっと眠いし、青い空の下を歩くのは久しぶりでちょっと目が眩む。でも高揚感が、跳ね返してくれる。
弾む足取りで、進んだ。坂を上がっていくに連れて、城が更に大きく見えてきた。そして聞こえてくる黄色い声。
黄色い声?
何かと思いながら、そこに近付いていく。
城壁が見えてきたかと思えば、門のところには人集りが出来ていた。しかも、若い女性ばかり。それもドレスで着飾っているし、各々香水を付けているから、色んな匂いが混ざりこんで気持ち悪い気分になる。一人一人が頭から香水を被ったかのように強烈だ。
「きゃー!! 勇者様! こっち向いてください!!」
勇者だって?
とりあえず避けようとしたけれども、私はそのワードを耳にして止まる。目的の勇者が、黄色い声を上げさせているようだ。それなら気持ち悪い匂いの間に、入っていかなければいけない。
私は息を止めて、その煌びやかなドレスで着飾った女性達の中を掻き分けて、奥に進んだ。その内、息が持たなくなって、きつい香水の匂いを吸い込むことになった。
おえ!
けれども、やっと最前に出れた。周りの女性達は押し合いつつも黄色い悲鳴を上げているけれど、騎士がこれ以上進むことを禁止している。そんな斧を持った腕に凭れて、私は吐き気を堪えた。
「大丈夫かこの人」と心配される。悲鳴で耳が痛いし、匂いがごっちゃ混ぜで臭いし、陽射しでクラクラするし、ちょっと木陰で休ませてほしいかもしれない。
私は、顔を上げた。
女性達が見ていたのは、剣の手合わせだ。
プラチナブロンドの青年と、ブラウンの髪の青年が、剣を交じり合わせた。
「勇者様ぁ!!! 頑張ってください!!!」
そんな黄色い声援が、耳を劈く。
けれども、誰もそれに反応しない。誰が勇者なのか、わからない。どっちだろうか。剣の手合わせに集中しすぎて、全然反応しない。
どっちだ。反応してくれ。ああ、だめ。限界だ。吐きそう。でもここまで来たのなら、勇者の顔を覚えておきたい。視界が霞み、はっきり両方が見えなかった。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
凭れている腕の持ち主の騎士が見兼ねて、声をかけてくる。私は答えられなかった。
世界がクルリと回った気がする。ガクリと首を折った。
「お嬢さん」
揺さぶられて、目を開く。
陽射しで眩む。木洩れ陽だ。琥珀の瞳はもちろんない。
代わりに、明るい青い瞳が覗き込む。
「お嬢さん。大丈夫ですか?」
「……」
プラチナブロンドが木洩れ陽でキラキラしている。
吸い込むとあのこんがらがった臭いは、もうなかった。
起き上がろうとすれば、プラチナブロンドの青年が私に手を貸してくれる。その手を掴んで、上半身を起こした。
「私……気を失ったのですか?」
「気を失って……そして眠ってしまったのです。お嬢さん」
「それは……すみません。ご迷惑をお掛けしたようですね」
「いえ、まだご気分が悪いのならば医者に診てもらいましょうか?」
「いえいえ、眠ったら気分が良くなりました。あの女性達の香水の香りもなければ、気分はましです」
「あはは、同感です」
青年は笑う。同じくあの香りは、嫌だと感じたようだ。
私も笑ってから、名乗ることにした。
「王都の外から来ました。コーです。あなたは?」
「えっ?」
手を差し出したけれども、青年に驚いた反応をされる。
「……ああ、僕はそのっ」
戸惑いが混じった笑みを零して、青年は周りを見た。
周りには騎士がいる。それも位が高価そうなマントを着ていて、装飾も施された甲冑を身に付けた騎士達だ。視線が、私を射抜く。
「リヒト・ルーチェ・キャローラン。この国ルーチェの王太子です。コーさん」
んん!?
私は驚愕で固まってしまった。
まさかの王子様。
「あ、目覚ました?」
少し息を乱したブラウンの髪の青年が来た。
「ほら、水」
そう言って差し出してくれたのは、水筒。私はそれを受け取り、水を飲ませてもらう。
ゴクゴク。美味いな、この水。
「自己紹介はすんだ?」
「たった今したところだよ。ね? コーさん」
「あ、はい。殿下……」
姿勢を正して、リヒト殿下に頭を下げる。
リヒト殿下は、クスクスと笑う。
「コーって言うんだ。俺はエイト・キリハラ」
「エイトは勇者だよ。勇者の話は聞いていますか?」
「え、ええ……魔王を討伐するとか」
「そうです」
ブラウンの髪が、勇者か。見たところ二十歳くらいの若者だ。まだ幼さが残る可愛い顔立ち。明るいブラウンの瞳をしていた。
キリハラ、とは苗字だろう。エイトはキラキラネームか、はたまた日本人とは別の外国人の親を持っているのかもしれない。
手を差し出してきたので、握手をする。
「……驚いた。この国の人間は、握手の習慣がないと思ってた」
「いや、その習慣はないはずだけれど」
しまった。つい。
「もしかして、日本育ち?」
「……はい」
問われてしまっては仕方ない。私はコクリと頷いて見せた。嘘をついて見破られても厄介だ。
「そうなんだ! なんでこの世界にいるの?」
「とある人に異世界から呼び出されまして……」
嘘ではない。
「同じく異世界から連れてこられた人がいると聞いて、見に来てみました」
全然嘘じゃない。
「へー。王都の外にも、それほどの魔法使いがいたのですね」
リヒト殿下が感心する。
魔法使いどころか、魔王だけれどもね。
「桐原エイト。名前はカタカナでエイト」
「私は竜崎幸。幸せと書いて、こう。幸せになるようにと込められた名前です。エイトって由来は何ですか?」
「無限だよ。無限を秘めた子と願いを込められた」
「んー、いい名前!」
「幸もね」
思ったより、いい名前だ。てっきり八という数字に関するかと思ったけれども、無限の方だった。
エイトはしゃがんで、視線を合わせる。
「具合はどう?」
「もう大丈夫。ごめんなさい、特訓の邪魔をしてしまった?」
さらりと探りを入れてみた。
「丁度、休憩するつもりだったんだ。いいさ」
そう言って私から水筒を奪うと、エイトは飲んだ。あの、間接キスだけれどもいいか。
「王都の外から来たと言いましたね。コーさん。女性の身で丸腰はいかがなものかと」
なんで丸腰だって知っているのだ。
「あ、眠っている間に調べさせてもらいました」
どこか申し訳なさそうに微笑むリヒト殿下だった。
王子様のそばに置くのだ。先ず刺客ではないか、調べるのは普通か。
「王都の外って、魔王の配下の魔物が彷徨いてるんだっけ? コー、よく来れたな」
それは聞いていない。
「幸い、転移魔法を覚えたので、それで壁の門まで来れました」
「へー魔法を覚えたのか。すごいじゃないか」
「魔導書から習得しただけです」
「でも異世界から来た住人にしてはやるじゃん」
エイトが褒めてくれる。ニカッと笑う顔が眩しい。
彼は俗に言うイケメンだ。通りで女性達が、キャーキャー言っているわけだ。それに王子様だっていた。気を引くためにあらゆる手を使いたくなるだろう。目を奪う煌びやかなドレスだとか、惹きつける香水だとか。
「そういうエイトは、魔王と戦う準備は順調なの?」
「まだまだだね。王子と互角ってところだもん」
「あはは。でも魔力は、君が圧倒的だ。もっと訓練をして実践を積み重ねていかなくちゃいけないね」
エイトに笑いかけられたリヒト殿下は、そう言った。
なるほど。まだまだ鍛えている最中か。
「特殊な人間なんだってね。エイトは」
「ああ。魔力が尋常じゃないほどあるらしい」
だから、選ばれた。
「それなら自力で帰ることも出来そうだね」
「この国を救ってからな」
人間の国ルーチェを救う、か。
「正義感があるんだね。でも私、わからないの。魔族の国と敵対関係にあるのでしょう? けれども、魔族から攻め込んだことはないって教えてもらったわ」
その昔、魔族と人間の戦争があったというけれど、攻め込んだのは人間の方だと聞いた。ラーニョさん達から。
なんでもダイヤモンドの泉のような宝石の宝庫はたくさんあり、人間はそれを求めているのだという。
攻め込まれれば受けて立つ、という姿勢が魔族の国。魔族の国民を守るために、当然の姿勢だ。
「魔王は悪だってテンプレだろ」
「そうだけれども」
「コーさん。何が言いたいのですか?」
「平和に解決する方法がないのかと思って」
「それがあればとっくの昔に平和協定が結ばれていますよ」
怪訝な視線を感じて、リヒト殿下に力なく笑って見せる。
穏便な解決方法を取ったか、疑わしいけれども。
けれどもリヒト殿下が笑っているから、それは本心から言っているものなのだろう。
「そっか。そうだよね。ねぇ、また会いに来てもいい? エイト」
「もちろん。同じ故郷の人と話すのは、気心知れた感じでいい。また会いに来て」
「うん。私も同じ」
お尻をポンポンと叩いて立ち上がる。言えばエイトは手を差し出したので、また握手をした。エイトが私を信用してくれたみたいだ。
いい一歩。
「じゃあまたね、エイト。リヒト殿下も。お世話になりました」
「僕にも会いに来てくださいね」
「はい、ぜひ」
僕にも会いに……なんて、王子なのに気を持たせる言い方だ。ちょっと引っかかったけれども、笑みを返して手を振る。
城壁と抜けると、女性達が集まっていた。私を鋭い目で見てきて、敵意剥き出し。
王子と勇者に介抱されてお近付きになった私に対する嫉妬が、惜しみなく視線で注がれた。
今年最後の更新です!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
来年も、よろしくお願いします!
良いお年を!!!
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