04 空中散歩。
それから数日、寝て食べては食べられて、魔法の習得をコツコツとした。
夜起きれば、メイドさん達に入浴場に連れて行かれて洗われて、新しいドレスに着替えさせられる。今日は赤黒いドレスだ。そして、朝食もとい夜食。
「今度のおもちゃは長持ちだな」
廊下でばったり合った魔王側近のルシファンが、そんなことを言うものだから、私は一度固まった。
え。運命の人は私が初めてじゃないの!?
私はバッと引き返して、魔王の自室に飛び込んだ。
「私が初めての人じゃないの!?」
「……」
絵画を描いてもらっているかのような寝そべったポージングでいたレイヴォンは、一瞬黙り込んだ。
「運命の人は、おまえただ一人だ」
「……そばに置いた人間も、私が初めて?」
「そうだ」
その答えを聞いて、ぱあっと顔が輝くくらい喜んだ。
「コー様」
ラーニョさんが呼ぶので、戻ろうとした。
けれども、はたっと止まる。前に占いで「初めて」という言葉を使うといいって助言をもらったことがあった。それを思い出した。異性に喜ばれるとのこと。
私はもう一度、レイヴォンの部屋に顔を出す。
「わ、私も……レイヴォン様が初めての人です」
ちょっとニュアンスが違うように聞こえるかもしれない。でも私はちゃんと言った。全力で照れたけれども。
「……」
レイヴォンは、胸の辺りを押さえた。でも相変わらずの無表情だ。
言ったので、私は全力で逃げた。とは言え、食べ終わればまた部屋に戻ってくるのだけれどもね。戻ったら露出した首元を甘噛みされた。
数日が経って、また会ってしまったルシファンが「なんだまだいたのか」という眼差しで見下してきたが、気にしない。覚えたての攻撃魔法を喰らわせたいのは山々だけれども、魔王の側近では敵わないだろう。むむ。
キングサイズのベッドに凭れたレイヴォンの元に、飛び込むように乗った。
「もう数日経ったけれども、そろそろ手紙を送ってもらってもいいですか?」
「……眠る前に、な」
「約束ですよ」
私は微笑む。無表情な魔王レイヴォンは、柔らかな顔をしてくれるようになった。私が微笑めば、満足するみたい。
どこか安らぐそんな関係。
「今宵は、空中散歩と行くか」
「散歩ですか? そう言えば、城の外はまだ見ていないです」
「ちょうどいい。見せてやろう」
ひょいっと抱え上げられた。片腕だけで抱え上げられて、そのままバルコニーに向かう。
レイヴォンが手を払うと、分厚そうなカーテンが開かれた。月明かりが、射し込む。
空は笑っているような三日月がある、明るい夜空だった。
バサッとレイヴォンが、翼を羽ばたかせた。フワッと浮遊感。浮き上がるレイヴォンと私。手摺りに足をつけたあと、飛び上がった。
バサバサと羽ばたきながら、レイヴォンは黒い城を旋回する。魔王の城らしく、巨大で黒い城壁があって、崖の上に聳え立っていた。レイヴォンにしがみ付きながら、私は周囲を眺める。崖から離れたところに、鬱蒼としたこれまた黒い森があった。蝙蝠の群れが、飛び去っていく。静かで不気味な地上だ。魔族の国らしい光景だった。
けれども空は、とても美しかった。
三日月。そして藍色の中に、散らばる明るい星達が川のようになっている。レイヴォンにしがみ付きつつ、左腕を伸ばす。届きそうなのに、届かない。こんなにも高くいても、星は星だ。異世界でも。
「美しいですね」
「……眺めていたいのか」
「はい」
「では重力の魔法を」
「それは名案ですね」
重力の魔法で身体を浮かせる。レイヴォンも同じ魔法を使ったようで、羽ばたくことをやめた。
空中で、私を後ろから包み込むように腕を回す。黒い翼も、私を守ってくれているようだった。そう感じるだけかもしれない。
「運命の人と眺める星は格別ですね」
「ん? そうだな」
レイヴォンの声は、どこか上の空に聞こえた。
見ればレイヴォンの唇が、耳朶を噛んだ。
「っひゃ!」
今日はどうやら耳から吸い付くようだ。
ちょっと性感帯だから、奇声を上げてしまった。
「ちゅうっ」
「んんっ」
唇を噛み締めて、私はぐっと堪える。
「その反応、悪くない」
「……」
れろっと舐め上げられて、私はビクッと肩を震わせた。
私は火照った頬を押さえ込み、空中で悶える。
甘さを感じた。今の空気は、甘い。
一人、笑みを零してしまう。
すると、視線を感じた。振り向けば、レイヴォンが覗き込んで私を見ている。どうしたのかと見つめ返していれば、そっと口付けをされた。触れるだけのそれ。
私は目を瞬いた。
今は吸ったわけではなさそうだ。
「レイヴォン様、今のは?」
「口付けだ」
「……」
食べるためではない、ただの口付けだと言う。
私はまたもや目を瞬いた。
そして、ボッと顔に火がついたように熱くなる。
「なんだ、その反応。初めてではないだろう?」
「ロマンチックな口付けはこれが初めて」
「ロマンチック、か」
「これが私達のファーストキス!」
そう決定させた。満開の星空の中での口付け。
記憶に刻みたい。そんな口付けだ。
「もう一度するか?」
また後ろから覗き込むレイヴォンが、微笑んだものだから、クラッときそうになる。
コクリ、と頷く。私は目を閉じて、口付けを受け入れる準備をした。
額にサラッと彼の髪が触れる。ちゃんと近付いていると感じた。
トクン、と胸が疼く。
「ーー陛下!」
そこで聞こえてきたのは、ルシファンの声だった。
ガクリと首を垂れる。
いい雰囲気だったのに!
なにそれ邪魔しに来たの!?
私はギッと睨んだ。けれども、ルシファンは私のことなど眼中に入れていなかった。
「なんだ。要件を言え。急用なのだろうな?」
レイヴォンは、冷え冷えとした声を出す。
ゾッとした。魔王の一面を見た気がする。見てないけれども。レイヴォンも運命の人とのいい雰囲気を邪魔されて、怒っているのだろうか。
「急用ではありません。しかし、人間が刺客を放とうとしているのです。護衛もなく城を出ないでください。魔王様」
「刺客? なんですか、その話」
おまえには関係ないだろ、と言いたげな視線が一瞬向けられる。
ルシファンこの野郎。
「話は城の中でしましょう」
ルシファンの言葉に従い、私を連れてレイヴォンは城に戻った。そして、玉座に座る。私を膝に乗せて。
魔王の忠実な家臣達が集う。そんな中に、人間の私がいるものだから視線が突き刺さる。鋭すぎて、痛い。
その視線なんて、威圧感で跳ね返すレイヴォンは踏ん反り返っていた。魔王だ。本物の魔王がここにいる。というか、私が膝の上に乗ってしまっていた。
魔王お気に入りの人間ということで、この場にいることを許して。
「刺客とは、何の話だ?」
「風の噂です、魔王陛下」
「人間の王国が魔王様のお命を奪うために、異世界から特殊な人間を召喚に成功したという噂です。魔王様に送る刺客に育てているそうです」
甲冑を着た魔族の大きな人が、地を這うような低い声で告げた。
異世界から特殊な人間を召喚。それは、勇者のことではないか。
そうか。人間側からすれば、国を救ってくれる勇者だけれども、魔王側からすれば立派な刺客だ。なるほど。
テンプレのお出ましだ。
「人間……」と誰かが呟く。視線がいっそう鋭くなったので、私は明後日の方向を見た。
レイヴォンの尻尾が、私の腰に巻き付く。そして右手が頭に置かれて、撫でられる。
手なづけられてますよー。
アピールをするために、私はコテンと頭を預けた。一部の視線が殺気つ。
え、なに逆効果なの。私城を一人で出歩けない。
「だからなんだ」
レイヴォンは、そう言い放つ。
「こちらも何か仕掛けましょう。そう進言致します、陛下」
燕尾服のヒョロッと背の高い青白い顔の魔族が、ニヒルな笑みを貼り付けて言うのだった。
私はレイヴォンの顔色を伺う。
頬杖をついて考える素振りをしたレイヴォンの答えは。
「何もする必要はない」
だった。
家臣達に、動揺が走る。
ドレスとツインテールの少女風の魔族が、前に出た。
「魔王様のお命を狙う輩を野放しにしろと!? 放ってはおけません、陛下! 異世界に繋がる魔法は、反動で回復が遅くなります。今や城の魔術師達は、無防備も同然! 仕掛ける絶好の機会です!」
「二度も言わせるな」
レイヴォンは言っているのだ。放っておけと。
「っ!」と少女の姿をした魔族は黙り込み、下がった。
「コー。案内したい場所がある。行くぞ」
「えっ? 護衛は?」
「必要ない」
刺客の話をしたばかりだと言うのに、レイヴォンは護衛をしたいと言う声さえ上げさせない。有無言わせない空気だ。
視線が、またもや痛い。
背中に突き刺さるけれども、レイヴォンは宙を切って亀裂を作り、そこを通った。視線もなくなる。場所は変わったのだ。
足元はピチャンと水がある。湖だ。
息を飲んだ。
空にある星の輝きに負けまいと、湖の中が煌めきで一杯になっている。無数の煌めきは、空の星の数より勝っているとわかった。
「きれい……」
私は、なんとか声を漏らす。
「これ、なに……?」
レイヴォンの腕を握りつつも、私は湖を覗き込んだ。
けれども、レイヴォンが羽ばたいているから、水面が揺れて見えなかった。でも私は言い当てる。
「ダイヤモンド?」
「そうだ。ダイヤモンドの湖。城から東南の位置にある湖だ。見て損はないだろ」
「損どころか、感動もの……こんな素敵なものを目に出来て……ああ、涙が出てくる」
「……」
ずっと望んでいたもの。
この世とは思えない美しいものを、この目に出来た喜びで涙が込み上がってきた。
嬉しさで涙が溢れるのは、生まれて初めてだ。
「何故泣く?」
レイヴォンは後ろから、そっと涙を舐め上げた。
「あなたが運命の人を欲したように」
私はまた重力魔法を使って、自分だけ無重力状態にする。上手に立つコツは、もうわかっていた。ドレスだけは捲れないように片腕で押さえて、もう片方の手はレイヴォンを離さない。
「私もこの世界を欲したの。自分の故郷とは異なる魔法の世界。ありがとう。叶えてくれて」
指を絡めて握った。その先にあるレイヴォンのまなこを見つめて微笑むけれど、涙がまたポロッと落ちる。
「私を運命の人に選んでくれて、ありがとう。レイヴォン」
今命が尽きたとしても、後悔はない。
魔法を使って、美しい光景の上にいる。
そして、それに負けないくらい美しい魔王の運命の人として存在しているのだ。
これ以上のものなんて、望んだらバチが当たる。
「あ、間違えた。レイヴォン様」
うっかり。心の中でレイヴォンと言っていたからつい。
「いや、それでいい。悪くない」
レイヴォンはそう言うと、私の手を引き寄せた。
そして唇を付ける。また吸うのではなく、ただの口付けだ。
「おまえは運命の人だ。そのままでいい、コー」
私の名前を呼んで、愛おしそうに見つめる。
存在を認めてくれる。私の愛おしい魔王。
グッと引き寄せられた。身を屈めたレイヴォンの顔が、私を覗き込む。見つめ合って、やがて、唇は触れた。互いに求めて、口付けをしたのだ。甘い。とても甘く感じた。
「……」
満足げな笑みを浮かべるレイヴォンに、私も笑みを返す。
心から安らいで、惹かれるそんな関係。
私はレイヴォンの胸に飛び込んで抱き付く。ギュッと抱き締め返された。
それから、レイヴォンに背中を預けて、足元のダイヤモンドの湖を眺める。レイヴォンは好きなだけ眺めさせてくれた。
いい夜だ。でもどんな夜も、明けてしまう。
空が僅かに赤く染まり始めれば、魔王の城に帰った。
そして、レイヴォンは用意した手紙を持つ。
「あ、それを私の世界に送ってくれるの? ……いいの? 刺客がいるのに、余計な魔力を使って。異世界を繋げる魔法は消費が激しいのでしょ? 反動に魔力が戻るのは遅いって」
「問題ない。約束しただろ」
「そうだけれど」
「そんな心配はいらない」
レイヴォンは、私の頬に口付けをした。
心配してしまう。魔王を倒す勇者だ。言い換えると、運命の人を狙う刺客。
ツインテールの魔族が言っていた。異世界とこの世界を繋げる魔法の魔力の消費は激しい上に、回復も遅い。だからレイヴォンは数日、部屋にこもっていたのだ。私を糧にしてても、魔力が戻るのに時間がかかった。
けれども、レイヴォンは魔法の本を一冊取り出す。今までで一番太くてずっしりしていそうな本は、古びていて崩れそうだった。
それを開いて、レイヴォンは呪文を読み上げる。
長い長い呪文を読み上げる最中、私は彼の翼に引っ付いていた。白い光の輪が出来上がる。そこに躊躇なく手紙を突っ込んだレイヴォン。
「置いたぞ」
「ありがとう、レイヴォン」
「さて、眠るぞ」
「うん」
ぐったりとベッドに飛び込むレイヴォンに、道連れにされてベッドに入る。疲れた声。やっぱり頼むんじゃなかった。また暫く、レイヴォンは部屋にこもるのだろう。
私はレイヴォンの鼓動を耳にしながら、あることを思い付く。
レイヴォンを守るために、私が出来そうなこと。
「初めて」発言にキュンとした魔王様。
ここで終わってもよかったのですが、もう少し続けますね。
20171226




