第七章 いつもの商店街
第七章 いつもの商店街
「……少し休んでいけば?」
そう誘われて、凪は返事に詰まった。
ぶつかったばかりの、名前も知らない相手だ。
親切に声をかけてくれたことは分かる。顔色を心配して、腕まで支えてくれた。名刺に書かれた店も、ここからすぐ近くらしい。
それでも、いきなり自分の店で休めばと言われれば、さすがに驚く。
いくら夜勤明けで頭が働いていなくても、少し怪しいとさえ思った。
目の前の女性は、髪も化粧もきれいに整っている。服装にも清潔感があり、話し方もしっかりしていた。見るからに悪い人、という印象はない。
けれど、悪い人かどうかは見た目だけでは分からない。
それに今の自分は、何かあったときに素早く判断できる状態とも思えなかった。
凪は手の中の名刺へ目を落とした。
「あの、誘ってくださってありがとうございます」
なるべく失礼にならないよう、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「名刺もいただきましたし、今度またぜひ伺わせてください」
女性は一瞬、黙った。
断られたことを不快に思ったのだろうか。
凪がそっと顔を上げると、女性は凪の顔を見つめていた。
「そうよね」
少し間を置いてから、女性は頷いた。
「あなた、すごく疲れているみたいだし。早く、ゆっくりできるところに帰ったほうがいいわね」
「あ……はい。ありがとうございます」
「気をつけて帰ってね」
女性はそれだけ言うと、凪に背を向けた。
細いヒールの音が、朝の歩道を遠ざかっていく。
その姿が人の流れに紛れるまで見送ってから、凪はほっと胸を撫で下ろした。
悪い人ではなかったのかもしれない。
本当に、ただ休ませてくれようとしただけかもしれない。
それでも、ついていかなくてよかったと思った。
凪は名刺をバッグの内ポケットへしまい、駅へ向かった。
*
改札を通り、ホームへ下りる。
ちょうど入ってきた電車に乗り込み、空いている席へ腰を下ろした。
先ほどの出来事で、幾分目が冴えていた。
あの女性は、どうして見ず知らずの自分を店へ誘ったのだろう。
顔色が、それほど悪く見えたのだろうか。
凪は窓にうっすら映る自分の顔を見た。
「……悪いな」
思わず呟く。
これなら心配されても仕方がないかもしれない。
それでも今度こそ眠らないように、凪は何度も駅名を確認した。
電車の揺れは相変わらず心地よかったが、目を閉じることはなかった。
やがて、いつもの駅名が車内に流れた。
凪はバッグを持ち、電車を降りた。
見慣れたホーム。いつもの階段。毎日のように通る改札。
それだけで、ようやく帰ってきた気がした。
改札を抜けると、駅前の商店街が目に入った。
朝の商店街は静かだった。
ほとんどの店はシャッターを下ろしている。昼になれば人が行き交う通りも、今は自転車が一台通り過ぎただけだった。
凪は家へ向かって歩き出す。
けれど、並んだ店の中に、一軒だけ開いている場所があった。
こんな時間から営業している店なんて、あっただろうか。
凪は足を止めた。
開いていたのは――。
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① 朝早くから営業しているパン屋。
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② いつもは閉まっているのに、なぜか「OPEN」の札が掛かっている本屋。
こちらを選んだあなたは、第十五章へ進んでお読みください。
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