第五章 路線図の端
第五章 路線図の端
このまま乗っていこう。
そう決めても、凪には行きたい場所があるわけではなかった。
今日は、そんな気分だった。
仕事で何か嫌なことがあったわけではない。患者にひどいことを言われたわけでも、失敗して落ち込んでいるわけでもなかった。
ただ、最近少し疲れている。
夜勤が続いたからかもしれない。眠れていないからかもしれない。何でもないことで気持ちが沈み、普段なら聞き流せる一言が、いつまでも頭に残る。
自分でも分かっていた。
こういうときは、いつもと同じことをしていても、なかなか気分が変わらない。
知らない場所へ行きたい。
ふと、そう思った。
凪はドアの上に掲げられた路線図を見上げた。
毎日のように使っている路線なのに、見ているのは自宅と病院の間ばかりだった。その先にも駅名はいくつも並び、一本の線はずっと遠くまで続いている。
視線でたどっていくと、路線図の端に知らない駅名があった。
「……海、見えるかな」
小さく呟いた。
この路線が本当に海まで続いているのか、凪は知らない。
けれど、路線図の端にある駅は、何となく海に近そうな気がした。
根拠はそれだけだった。
もう一度ホームへ目を向ける。
今ならまだ降りられる。向かいのホームへ移動して、来た道を戻ればいい。
開いたままの扉が、凪の返事を待っているように見えた。
けれど、凪は座席から動かなかった。
やがて発車を知らせる音が鳴り、扉が閉まった。
電車がゆっくりと動き出す。
ホームのベンチも、駅名の看板も、窓の外へ流れていった。
凪は背もたれに体を預けた。
どこまで行くのかは、着いてから決めればいい。
海が見えなければ、それでもいい。
知らない駅で降りて、コンビニで何か買って、また電車に乗って帰る。それだけでも、今日は少し違う日になる。
一定の間隔で響く車輪の音を聞いているうちに、再びまぶたが重くなった。
窓の外を見るつもりだったのに、凪はまた目を閉じた。
電車の揺れが心地よい。
そのまま眠りに落ちるまで、ほとんど時間はかからなかった。
*
ガタンッ。
体が大きく傾いた。
凪の肩が窓にぶつかる。
「痛っ……」
目を開けるより早く、金属が擦れるような音が耳を打った。
電車が激しく揺れている。
バッグが膝から滑り落ち、床を転がった。凪はとっさに座席をつかみ、体を支えた。
何が起きたのか分からない。
眠気は一瞬で消えていた。
誰かの叫び声が聞こえた気がした。
凪は顔を上げた。
その目に飛び込んできた光景は――。
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① 前方の車両が、あり得ない方向へ折れ曲がり、横倒しになっている。
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② 車内に煙が充満し、数人の乗客が逃げ惑っている。
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