第三章 名刺
第三章 名刺
ぶつかった相手は、凪と同じくらいの年頃の女性だった。
きりっと引かれたアイラインに、むらのない口紅。眉も髪もきれいに整えられている。
少し、きつそうな顔の人だと思った。
「あ、ごめんなさい。前、よく見てなくて」
けれど、凪が体勢を立て直すより先に、女性の手が腕を支えていた。
「大丈夫?」
「あ、はい。すみません、私も考え事してて」
ずり落ちたバッグを肩に戻そうとすると、女性は凪の顔を覗き込んだ。
「ちょっと、あなた顔色悪いわね」
「え?」
「どこか具合悪い?」
「ああ、いえ。夜勤明けなので」
凪がそう言うと、女性は「ああ」と頷いた。
「それで。これから帰るところ?」
「はい」
「お仕事、病院とか?」
「看護師です」
「そうなの。お疲れさま。じゃあ、今からやっと休めるのね」
その言い方に、凪は少し笑った。
「はい。帰って寝ようと思って」
女性の手が、そっと腕から離れた。
近くで見ると、まつ毛が長い。耳元には小さな金色のピアスが光っている。凪は今朝、着替えたあとに鏡を見ただろうか。見たとしても、寝癖がついていないか確かめたくらいだ。
思わず前髪に触れると、女性がまた心配そうに眉を寄せた。
「本当に大丈夫? ぶつかったとき、結構ふらついてたから」
「眠いだけです。たぶん」
「たぶんって」
女性が笑ったので、凪もつられて笑った。
「すみません。ちょっと頭が働いてなくて」
「謝らなくていいわよ。私も前を見てなかったんだから」
通行人の邪魔にならないよう、二人は歩道の端へ寄った。
女性は肩に掛けたバッグを開き、小さなケースを取り出した。
「私、すぐそこでお店をやってるの」
差し出されたのは、淡い色の名刺だった。
店名の下に、アロママッサージ、と書かれている。
「マッサージのお店ですか」
「ええ。私がやってる、小さなお店だけど」
凪は名刺と女性の顔を見比べた。
自分とさほど年は変わらなさそうなのに、お店の経営者。
朝から化粧も髪もきちんとしていて、これから自分の店へ行くのだろう。寝ることばかり考えていた自分とは、ずいぶん違う朝だった。
「なんなら、少し休んでいけば?」
「え?」
「お店、すぐ近くだし。そこを曲がったところ」
女性が、通りの先を指さした。
「まだ開店前だから、お客さんもいないの。座って、お茶くらい飲んでいったら?」
「でも、お仕事の準備とか」
「少し座ってもらうくらい平気よ。ぶつかったお詫びもさせて」
凪はもう一度、名刺に目を落とした。
アロママッサージ。
肩も腰も重かった。夜中に何度も患者の体位を整えたせいか、腕を動かすと背中まで張っている。
マッサージを受けるとは言っていない。ただ少し座って、お茶を飲む。それだけでも、気持ちよさそうだった。
けれど、家に帰れば自分の布団がある。
一度寄り道をしたら、帰るのが余計に面倒になるかもしれない。そもそも、今会ったばかりの人のお店に、ついていっていいものだろうか。
「もちろん、早く帰って寝たいなら、引き止めないけど」
女性は急かさず、凪の返事を待っていた。
手の中の名刺は、角まできれいだった。
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① 女性についていき、お店で少し休む。
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② 誘いを断り、家に帰る。
こちらを選んだあなたは、第七章へ進んでお読みください。
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