第二十五章 お揃い
第二十五章 お揃い
「玲奈さんみたいな、格好いい女性になりたいです」
凪は素直にそう言った。
玲奈は少し驚いたあと、満更でもなさそうに笑った。
「何それ。急に褒めても、薬草茶のお代は安くならないわよ」
「お金取るんですか?」
「冗談よ」
二人で笑った。
凪は玲奈の顔を見つめた。
目元をはっきり見せる化粧。艶のある唇。仕事中でも崩れていない髪。
夜勤明けで髪も顔もくたびれている自分とは、何もかも違って見えた。
「その口紅、どこのですか?」
「これ?」
玲奈はバッグから細い口紅を取り出した。
「色、かわいいでしょう。凪さんにも似合うんじゃない?」
「同じの買ってもいいですか?」
「もちろん」
それが、最初だった。
一週間後、凪は予約を入れて玲奈の店を訪れた。
唇には、玲奈と同じ色の口紅を塗っていた。
「どうですか?」
「いいじゃない。似合ってる」
「お揃いですね」
凪が嬉しそうに言うと、玲奈も笑った。
「そうね。お揃い」
その次に凪が真似たのは、玲奈の耳元にあった小さな金色のイヤリングだった。
「同じの、見つけました」
「よく見つけたわね」
「玲奈さんに似合ってたから」
「凪さんにも似合ってるわよ」
「お揃いですね」
玲奈は、今度も笑った。
凪は店へ通うようになった。
マッサージを受ける日もあれば、薬草茶を飲みながら話すだけの日もあった。
玲奈が新しい服を着ていれば、どこで買ったのか尋ねた。
バッグを替えれば、ブランドを確かめた。
靴を褒め、髪を切った店を聞き、使っている香水の名前を覚えた。
次に会うとき、凪は同じものを身につけていた。
「また同じの買ったの?」
「はい。お揃いですね」
玲奈は曖昧に笑った。
化粧。
服。
バッグ。
靴。
香水。
少しずつ、凪から凪らしいものが消えていった。
店の鏡に二人の姿が映る。
顔立ちは違う。
けれど、髪の長さも、服の色も、耳元で光る小さな飾りも同じだった。
「ねえ、凪さん」
「はい?」
「無理に私と同じものを選ばなくてもいいのよ」
「無理なんてしてませんよ」
凪は不思議そうに首を傾げた。
「玲奈さんみたいになりたいんです。玲奈さん、格好いいから」
「でも、自分に似合うものを選んだ方が――」
「玲奈さんに似合うものは、私にも似合います」
凪は笑っていた。
悪びれる様子も、玲奈を困らせている自覚もない。
その無邪気さが、玲奈には怖かった。
玲奈は凪からの連絡へ、すぐに返事をしなくなった。
予約を断る日も増えた。
店へ来ても、身につけているものを聞かれれば、昔買ったものだから覚えていないと答えた。
ある日、玲奈は仕事帰りに新しいバッグを買った。
これまで使っていたものとは形も色も違う。凪には店の名前も話していない。
次の休日、玲奈が店の扉を開けると、凪が立っていた。
玲奈と同じバッグを腕に掛けて。
「おはようございます」
「どうして……」
「何がですか?」
「そのバッグ」
「かわいいですよね。お揃いです」
凪は頬を緩めた。
口紅も、服も、靴も同じだった。
髪は玲奈と同じ長さに切られ、同じように巻かれている。
近づくと、自分が使っている香水と同じ香りがした。
鏡を見ているようだった。
けれど、そこに映っているのは、自分の顔ではない。
「今日は予約、入ってないわよね」
「はい。お休みなので、玲奈さんに会いに来ました」
「帰って」
玲奈の声が震えた。
「どうしたんですか?」
「もう来ないで」
「どうして?」
「どうしてって……」
凪は本当に分からないようだった。
同じ服を着て、同じバッグを持ち、玲奈と同じ色の唇で微笑んでいる。
玲奈は耐えきれず、言ってしまった。
「気持ち悪い」
凪の笑顔が止まった。
ようやく伝わった。
玲奈はそう思った。
だが次の瞬間、凪は納得したように頷いた。
「確かに、同じ人間が二人いたら気持ち悪いよね」
そして、また笑った。
凪は玲奈の横を通り抜け、店の扉に掛かっていた札を裏返した。
OPENの文字が消え、CLOSEの文字が外へ向く。
「何してるの」
玲奈が尋ねる。
凪は答えず、静かに扉を閉めた。
鍵の掛かる音がした。
店の中には、いつもと同じ穏やかな香りが漂っていた。
それから、どれほど時間が経ったのだろう。
入り口の札は、CLOSEのままだった。
小さなテーブルの前に、凪が一人で座っている。
玲奈と同じ服。
玲奈と同じ化粧。
玲奈と同じ髪。
凪はカップを口へ運び、薬草茶を一口飲んだ。
マッサージ台には、玲奈が仰向けに横たわっている。
片方の腕が台から落ち、指先が床のすぐ上で揺れていた。
眠っているのか、その目は閉じられたまま。
凪は玲奈を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「ほんっと、不味い」
小さく笑う。
「ふふふ。ねぇ、同じ人間が二人いたら、確かに気持ち悪いわよね。玲奈」
────────
結末 十 お揃い




