第十三章 声
第十三章 声
「血液の流れをよくするの」
玲奈は凪の持つカップへ目を向けた。
「特に、脳に血液が集中するわ」
凪は口をつけかけていたカップを止めた。
「脳に?」
「ええ」
「それ、大丈夫なんですか?」
看護師として聞き流しにくい説明だった。
玲奈は凪の表情を見て、少し笑った。
「そんなに怖い顔をしないで。危ないものは入ってないわよ」
「でも、血液が脳に集中するって……」
「飲めば分かるわ」
答えになっていない。
すでに一口飲んでしまったことを、凪は少し後悔した。
カップをテーブルへ戻そうとしたとき、こめかみの奥が強く脈打った。
どくん。
心臓が頭の中に移動したような感覚だった。
「……何、これ」
「どうしたの?」
「ちょっと、頭が」
痛いわけではない。
むしろ、夜勤明けのぼんやりしていた頭が、急に澄んでいく。
店内に流れる静かな音楽。壁掛け時計の秒針。湯気の立つ音。外の通りを走る車。
さっきまで気にならなかった音が、一つずつ鮮明に聞こえた。
アロマの香りも濃くなった気がする。
凪は何度か瞬きをした。
『このお茶、本当に不味いのよね』
玲奈の声が聞こえた。
凪は顔を上げた。
玲奈は自分のカップに口をつけている。
今、確かに喋ったはずだ。
だが、唇は動いていなかった。
「……玲奈さん?」
「何?」
「今、何か言いました?」
「いいえ」
玲奈は不思議そうに首を傾げた。
聞き間違いだろうか。
夜勤明けで疲れている。そこへ妙なお茶を飲んだから、頭が勝手に声を作ったのかもしれない。
『今日の最初の予約、十一時だったかしら』
また聞こえた。
玲奈は黙ったまま、壁の時計を見ている。
『まだ時間はあるわね。タオルも補充しないと』
口は動いていない。
それでも声は、すぐ近くからはっきり聞こえた。
凪はカップを握りしめた。
時計を見ることと、十一時の予約を考えること。玲奈の次の行動を自分が勝手に想像しただけとも考えられる。
しかし、タオルの在庫まで凪が知るはずはない。
凪は恐る恐る尋ねた。
「今日、予約入ってるんですか?」
「ええ。十一時から」
玲奈が答える。
「どうして分かったの?」
「……何となく」
背中に冷たいものが走った。
これは玲奈の声だ。
けれど、玲奈が口に出した言葉ではない。
心の中で考えていることが、聞こえている。
まさか。
そんなことが起こるはずはない。
凪はもう一度、玲奈の顔を見た。
きれいに整えられた眉。隙のない化粧。さっきまで親切で格好いいと思っていた女性が、急に分からないものに見えた。
玲奈は微笑んでいる。
「少し顔色がよくなったんじゃない?」
「そう、ですか?」
「やっぱり疲れていたのね」
優しい声だった。
同時に、玲奈の口元は動いていないのに、別の声が凪の頭へ流れ込んだ。
『よかった』
凪は息を止めた。
『これで、次の店主が見つかった』
玲奈は笑顔のまま、凪を見つめている。
凪の手の中には、まだ半分以上残った薬草茶があった。
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① 心の声が聞こえたことを隠し、薬草茶を飲み干す。
こちらを選んだあなたは、第二十六章へ進んでお読みください。
②「次の店主って、私のことですか?」と玲奈に尋ねる。
こちらを選んだあなたは、第二十七章へ進んでお読みください。
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