第十一章 残った乗客
第十一章 残った乗客
目を開けた瞬間、白い煙が凪の視界を覆った。
「え……?」
鼻の奥に、焦げたような臭いが刺さる。
車内には煙が充満していた。
さっきまで静かだった乗客たちが、一斉に立ち上がっている。
「何、これ!」
「火事か?」
「早く逃げろ!」
誰かが叫び、何人もの人が前方の車両へ殺到した。
凪は座席から立ち上がろうとして、再び大きく揺れた車体に足を取られた。とっさに吊り革をつかむ。
煙は天井付近から流れ込み、少しずつ下へ降りてきている。
火が見えるか確かめようとしたが、煙の向こうは見通せない。
「姿勢を低くしてください!」
凪は声を張った。
「ハンカチか服で、口と鼻を覆って! 押さないでください!」
夜勤明けの体は重かった。
けれど、眠気は完全に吹き飛んでいた。
通路で転びかけた年配の男性の腕を取り、立ち上がらせる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか……」
「前の人についていってください。できるだけ低い姿勢で」
男性は何度も頷き、口元を袖で覆った。
乗客は全部で七、八人ほどだろうか。
正確な人数は分からない。煙の中を人影が動き、咳き込む声や足音が重なっている。
凪は最後尾に取り残された人がいないか、座席の下まで確かめた。
「誰かいますか! 動けない人はいませんか!」
返事はない。
振り返ると、先ほどの男性が前方の扉へ向かっていた。
その少し先を、スーツ姿の女性と学生らしい二人組が進んでいる。
「ゆっくり! まだ時間はあります!」
そう声をかけた直後、煙が急に濃くなった。
視界が真っ白になる。
凪は口元を腕で覆い、その場にしゃがみ込んだ。
何も見えない。
ほんの数秒だった。
煙が薄れ、人影が再び見えたとき、学生の一人が消えていた。
凪は目を凝らした。
一人はまだいる。
だが、その隣にいたはずの、同じような制服姿の子がいない。
「もう一人は?」
残った学生へ声をかける。
学生は振り返らなかった。
聞こえていないのだろうか。
「一緒にいた子、どこへ行ったの!」
返事はない。
煙がまた濃くなった。
凪は目を閉じ、咳き込んだ。
次に視界が戻ったとき、スーツ姿の女性もいなくなっていた。
悲鳴は聞こえなかった。
倒れる音も、別の車両へ移る扉の音もしていない。
ただ、そこにいた人だけが消えている。
「待って……」
凪は前方へ進んだ。
年配の男性の背中が、煙の向こうに見える。
「止まらないで! そのまま前へ!」
呼びかけながら、凪は男性を追った。
白い煙が二人の間を横切った。
一瞬だけ、男性の姿が隠れる。
煙が流れ去ったあと、そこには誰もいなかった。
凪は足を止めた。
「……嘘」
通路には、男性が落としたらしいハンカチだけが残っている。
凪は拾おうとして、手を伸ばすのをやめた。
おかしい。
火災だけではない。
この煙は、ただ視界を奪っているのではない。
車内の人間を、一人ずつ消している。
凪は前方を見る。
残っている乗客は、あと二人。
制服姿の学生と、黒いコートを着た男。
「煙に入らないで!」
凪が叫んだ。
「姿が見えるところにいて! 一人にならないように――」
煙が天井から落ちてきた。
凪は近くの座席にしがみつき、必死に目を開けていた。
白い煙の向こうで、人影がぼやけていく。
やがて煙が薄れた。
学生は消えていた。
残っているのは、黒いコートの男だけだった。
男は逃げようともせず、通路の中央に立っていた。
煙の中で、凪をじっと見ている。
「こっちへ来て!」
凪が手を伸ばす。
「一緒に出口を探します。早く!」
男は動かなかった。
代わりに、ゆっくり首を傾げた。
「あなた」
低い声が、妙にはっきり聞こえた。
「まだ自分も、乗客だと思ってるんですか?」
凪は伸ばした手を止めた。
「……どういうこと?」
そのとき、背後で音がした。
振り返ると、車両の扉がわずかに開いている。
隙間の向こうは暗く、ホームがあるのか、線路があるのかも見えなかった。
男は凪を見たまま、もう一度言った。
「ここに乗ってきたのは、本当にあなたですか?」
煙が再び、二人の間へ流れ込んできた。
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① 男に「どういう意味?」と問い詰める。
こちらを選んだあなたは、第二十二章へ進んでお読みください。
② 開きかけた扉から、一人で車外へ逃げる。
こちらを選んだあなたは、第二十三章へ進んでお読みください。
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