第十章 縦向きの海
第十章 縦向きの海
前方の車両が、あり得ない方向へ折れ曲がっていた。
脱線事故。
凪の頭に、真っ先にその言葉が浮かんだ。
車両は大きく傾き、横倒しになっている。連結部分は不自然にねじれ、その先がこちらから見えなくなっていた。
凪は座席をつかんだまま、周囲を見回した。
自分のいる車両は傾いていない。
床は床のままだ。吊り革も真っすぐ下がっている。荷物だけが先ほどの衝撃で散らばり、通路を転がっていた。
窓の外にも線路が見えた。
凪たちの車両は、まだ線路の上に立っている。
では、前の車両はどこへ倒れたのか。
「大丈夫ですか?」
凪は立ち上がった。
膝が震えている。
それでも、体に大きな痛みはない。頭も打っていない。自分が動けることを確かめると、看護師としての習慣が先に働いた。
「けがをした人はいませんか?」
返事はなかった。
さっき叫び声を聞いた気がしたのに、車内は妙に静かだった。
乗客の姿も見当たらない。
眠る前には、離れた席に何人かいたはずだ。いつ降りたのか。それとも、前の車両へ移ったのか。
凪は床に落ちた自分のバッグを拾い、肩に掛けた。
そして、前方へ歩き出した。
一歩進むたびに、足元で小さな破片が鳴る。
連結部分に近づくと、異様な光景がはっきり見えた。
前の車両は横倒しになったのではない。
線路の外へ倒れたわけでもなかった。
凪のいる車両に対して、直角に折れ曲がっている。
こちらの床と、向こうの車両の壁が繋がっていた。
「……何、これ」
事故では説明できない。
車両だけが、別の重力に引かれているようだった。
向こう側では、座席が壁に並んでいる。吊り革は横向きに伸び、窓は頭上から足元へ続いていた。
凪は連結部分の手前で立ち止まった。
前方車両の窓の向こうに、青いものが見える。
空だと思った。
けれど、白い泡が流れている。銀色の魚の群れが、窓の向こうを横切った。
海だった。
青い海が、壁のように立っている。
波は下から上へ昇り、白い雲の代わりに魚が泳いでいた。
「海……」
眠る前、自分が口にした言葉を思い出す。
海、見えるかな。
「いや、見えるかなって、こういう意味じゃないんだけど」
思わず口から出た。
もちろん、誰も答えない。
凪は頬をつねった。
「痛い」
夢なら、ずいぶん律儀に痛みまで再現している。
そのとき、前方の車両から音がした。
かすかな声だった。
「……誰か……」
人の声だ。
助けを求めている。
凪は反射的に一歩踏み出した。
だが、連結部分の向こうでは、床の向きが九十度変わっている。足を入れた途端、どちらへ落ちるのか分からない。
その背後で、空気の抜ける音がした。
振り返る。
自分のいる車両の扉が、ゆっくりと開いていた。
駅ではない。
扉の外には線路も地面もなく、穏やかな砂浜が広がっていた。
車内から一歩下りれば届きそうなところで、白い波が寄せては返している。
前を見れば、誰かが助けを求めている。
後ろを見れば、この異様な車両から出られるかもしれない。
凪は連結部分と、開いた扉を交互に見た。
⸻
① 助けを求める声を追い、向きの変わった前方車両へ進む。
こちらを選んだあなたは、第二十章へ進んでお読みください。
② 開いた扉から外へ出て、砂浜へ下りる。
こちらを選んだあなたは、第二十一章へ進んでお読みください。
⸻




